「過去未来報知社」第1話・第92回
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「アカシが……私の……?」
ふっと周りの風景が変わる。
気がつけば、笑美は空中に浮いていた。
眼下に、うずまく緑の渦と、
谷底に落ちそうになっている笑美とアカシが見える。
「えっ?!」
「これは、あの10年後のアカシがむかえた過去だ」
振り向けば、大家が隣に浮いている。
「ここは、一体どこなの?」
「いくつもある並行世界の一つだな。"あったかもしれない今日"」
「あったかもしれない……?」
「10年後のアカシが存在せず、お前も何も説明されることもなく、
ただ六合の餌になった今日、ということだ」
「あっ!」
落ちそうになったアカシを庇い、笑美が谷底に落ちていく。
次の瞬間、笑美は病室の上空に浮いていた。
ベッドの上には、包帯でぐるぐる巻になった笑美と、その手を握っているアカシ。
「私……?」
「お前は一命を取り留めたが、谷底でボロボロの状態で発見された」
大家は笑美の肩越しからベッドの上の笑美を覗き込む。
「世間では谷底へ足を踏み外した事故、ということいなっているが、
六合に食い尽くされ、抜け殻になったお前さん、だな」
ベッドの上の笑美の目は虚空を見つめ、何も喋らない。
窓の外の季節が移り変わって行く。
違う服装のアカシが、何度も出入りしていく。
最初は派手だった服装が地味なものに変わり、
あまり風貌を気にしないようになっていく。
「お前さんが自分の身代わりになったと思ったアカシは、
その後、仕事を辞め、お前のためにだけ生きるようになった」
「えっ?! でも私がこうなったのって……!」
「勿論、アカシは関係ない。まぁ、一緒に巻き込まれないようにした、
という点では助けた、と言えなくも無いが……」
病室にアカシとは違う人影が入ってくる。
目を凝らす笑美の襟元を掴むと、大家は宙を飛んだ。
病室が霞のように掻き消える。
再び、緑の谷底が映る。
大勢の人間が右往左往している。
「杉並静子は見つかったか?」
「いえ、どこにもいません!」
大家と笑美がふわり、と地面に降り立つ。
混乱のせいか、誰も気がついていない。
「おい!」
強く肩をつかまれ、笑美は振り返った。
緊迫した表情の男が、笑美を睨んでいる。
(どこかで見たような……)
「静子を見なかったか?」
「静子?」
「ああ、もう! 女優の杉並静子だよ!」
「飯島さん!」
遠くから走ってきたスタッフが男を呼ぶ。
「いたか?!」
男は走っていく。その後姿を見て笑美は気付く。
「若詐欺……。飯島さん?」
「そう。50年前の餌はこの町出身の女優・杉並静子だった」
こともなげに言う大家を笑美は睨みつける。
涼しい顔で大家は答えた。
「言っとくが、静子はこのことを知っていたんだぜ。
自分で餌になる道を選んだんだ」
「……どうして?」
「色々と、背負っていたようだからなぁ。お前と同じで」
ふっと景色が消える。
もとの緑の谷に笑美と大家は戻っていた。
眼下に、谷底に向かって何かを叫んでいるアカシ。
笑美を支えている慶太。大家がいる。
「え? なんで私と大家さんもあそこに……?」
「簡単だ。俺は10年後の大家で、お前さんは今生霊になっているからだよ」
慌てて自分を見下ろす笑美。身体が半透明に透けている。
「……どうして、大家さんまで10年後から来ているの?」
「あの男が、俺との約束をちゃんと果すのか、見届けに来たのさ」
「約束?」
大家は腕を組み瞑目する。
「ただの人間が、いくら六合だからって簡単に10年前の世界に来られると思うか?」
笑美は戸惑う視線を向ける。
「六合には俺たちの一族がいる。管理人の許しがなけりゃ、時は超えられない。
アイツはな、過去に戻るために俺と契約をしたのさ」
「……なんで、過去に戻る必要があったの?」
大家は片眉を上げてみせる。
「分からないのか?」
「……私にどうして分かるの」
ため息をつくと大家は慶太を指差す。
「折角口がきけるんだから、本人から聞くといい」
「え? きゃ!」
笑美は急速に慶太に掴まれている笑美の体に引き寄せられていく。
「待って! 大家さんの契約って何なの?!」
大家は薄い笑いを頬に浮かべた。
「俺との契約? 大したことじゃない。
10年前の俺を殺す、って約束をしたのさ」
「えっ?」
「なんだよ、こんな時に!」
気付くと、困惑顔の慶太が見下ろしている。
笑美は自分の身体に戻っていた。
>>最終回
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