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片頭痛患者に対する鍼治療が脳卒中のリスクを軽減させる

背景

 近年、片頭痛患者において脳卒中のリスクが増加する、という報告が散見される。前兆のある片頭痛(Migraine with aura;MWA)は虚血性脳疾患のリスク因子であるが、特に45歳以下のMWAでその傾向が強い。最近では、MWAだけでなく、前兆のない片頭痛(Migraine without aura;MWoA)も含めた片頭痛群でも、片頭痛ではない人と比べて脳血管障害のリスク増加との関連が示唆されている(調整済みハザード比:1.49, 1.63)。しかし、片頭痛の予防的薬物治療が将来の脳血管障害を減少させる明確なエビデンスはない。
 鍼治療は何千年も前からある伝統医学であり、片頭痛に対する代替療法として使用されている。Sham鍼と比較して、片頭痛頻度や重症度、鎮痛剤の使用回数などの減少がSystematic reviewなどで報告されている。その他、さまざまな研究で片頭痛患者の痛みや生活の質(Quality of Life)の改善に寄与することが明らかとなっている。さらに、脳卒中治療に鍼灸を用いると、脳卒中後リハビリテーションに優れた補完・代替療法を提供することなども多くの臨床試験で明らかになっている。そこで本研究では、片頭痛患者において鍼治療が脳卒中の長期的な予防(Protection)となるか検討した。

方法

使用データは、台湾のNational Health Insurance Research Database(NHIRD)を用いて2,000,000人のデータから無作為に抽出した。
2000年1月1日から2018年12月31日までに少なくとも2回外来もしくは入院治療を受け、片頭痛と診断された方(分類はICD-9もしくはICD-10)を対象とした(n=123,691)。その中で、片頭痛と診断された後に鍼治療を受けた患者を鍼治療群(acupuncture user)、残りの患者を非鍼治療群(acupuncture non-user)とした。また診断されてから最初に鍼治療を受けた日をコホートの指標とし、非鍼治療群は鍼治療群が開始した年と同じ年に無作為に月日を割り当てた。
<除外基準>

  • 20歳以下(n=3540)

  • 2017年12月31日より後がコホート指標である(n=18,362)

  • コホート指標日前に脳卒中の既往がある(n=9976)

これらを除外して、年齢・性別・都市化レベル・職業・月収・ベースラインの共存症・服薬を合わせた群を1:1の割合で二群化した。Primary outcomeは脳卒中の発生率である。

統計解析
両群間のベースラインの差はStandardized mean difference(SMD)を用いた。SMDは0.1以下であると無視できる差とする指標である。脳卒中の発生比は一変量および多変量Cox比例ハザード回帰を行い、脳卒中のハザード比(HR)と95%信頼区間(CI)を評価した。Kaplan-Meier法を使って2群間の脳卒中の累積発生率の差をlog-rank検定で推定した。

結果

 鍼治療群・非鍼治療群ともに1354名が解析対象となった。男女比は3:7で性別年齢などベースラインに有意差はなかった。両群ともに片頭痛患者の割合が最も高かったのは40~59歳で平均年齢は47歳であった。最も多かった共存症は精神疾患(44%)、高血圧(25%)、高脂血症(14%)だった。脳卒中の平均Follow-up期間は鍼治療群で13.77年、非鍼治療群で9.71年となっていた。
 鍼治療群のうち387名(1000人年当たりの発生率は20.76)、非鍼治療群のうち636名(1000人年当たりの発生率は48.38)がFollow-up期間中に脳卒中をおこした。調整済みCox比例ハザード回帰モデルでは、鍼治療群においては非鍼治療群よりも有意に脳卒中のリスクが低かった(aHR, 0.4; 95%CI, 0.35-0.46)。男女比に有意差はなかった。
 またこれら結果は、性別、年齢、都市化レベル、職業、収入、ベースラインの共存症、服薬で層別したが、鍼灸治療は、すべての年齢層の患者、およびベースラインの併存疾患の有無にかかわらず、脳卒中のリスクを減少させた。本研究では、服薬が多い(3剤以上)片頭痛患者の方が用量依存的に脳卒中発生リスクが低かった。Kaplan-Meier解析により、片頭痛患者における脳卒中の累積発生率が、19年間のFollow-upにおいて、非鍼治療群に比べて鍼治療群で有意に低かった(log-rank検定、p<0.001)。

考察

 本研究では、鍼灸治療が片頭痛患者の脳卒中発症リスクを有意に低減できるかどうかを明らかにし、その結果、鍼灸治療は片頭痛患者の脳卒中発症リスクを約60%減少させることがわかり、脳卒中に対して良好な予防効果を持つことが示された。
 本研究では、片頭痛患者の脳卒中の発生に男女差がなかった。しかし、先行研究では女性において有意に脳卒中発生リスクが高いことが報告されており、本研究と異なる結果である。その原因は以下の理由が挙げられる。

  • 先行研究の多くは"虚血性脳卒中"との関連であり、”出血性脳卒中”と性別との関連は議論の余地がある。本研究は全てを含めた”脳卒中”の発生イベントを算出している。

  • そもそもに男性の片頭痛の有病率が少ない。

  • 比較として、片頭痛のない男性や脳卒中の女性集団などを対象としていない。

本研究では、服薬量が多い片頭痛患者は、脳卒中のリスクが低いことがわかった。この結果の解釈は慎重になる必要もあり、理由としては、服薬量が多い=疼痛コントロールが難しい可能性があり、より頻繁に外来にかかり、積極的に食生活や生活習慣を変えるきっかけがあったのかもしれない。

本研究の限界

  1. 程度の異なる片頭痛における脳卒中のリスクについては検討していない。

  2. 片頭痛患者における鍼灸治療の回数、頻度、タイミング、期間と脳卒中のリスクとの関連は明らかにされていない

  3. 前兆のある片頭痛/前兆のない片頭痛など片頭痛のサブタイプでの検討はなされていない。

  4. 片頭痛患者のライフスタイル(経口避妊薬の使用や喫煙など)は考慮していない

  5. 自費の鍼灸治療(漢方医などによる)は含まれていない

  6. どの取穴をしたかなどのデータはない

結語

19年間の後方視的検討では、鍼灸治療を受けた片頭痛患者は、鍼灸治療を受けなかった片頭痛患者と比較して、脳卒中リスクが有意に低いことが示された。片頭痛患者に適切な鍼灸治療を行うことが、長期的な脳卒中リスクを予防するために有益であることを支持する。




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