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鍼治療は抜管から退院準備までの時間を短縮する:ランダム化比較試験(AcuARP)

背景

 現代の手術管理では、手術室の回転率上昇と外来手術の増加が求められている。術後早期回復に向けて、疼痛・術後の悪心嘔吐(PONV)・麻痺性イレウス・疲労や睡眠障害の発生を抑える、もしくは最小限にする必要がある。

 鍼治療が術後疼痛、オピオイド消費量、オピオイド関連の副作用、術前の不安の軽減に対し有効性があることは、システマティックレビューによって明らかとなっている。PONV予防における制吐薬とPC6(内関)の刺激に差がなかったというコクランデータベースによって支持されている。

 このエビデンスに基づき、われわれは、鍼治療が抜管から麻酔後準備室(PACU)からの「退院準備完了」までの時間を早めるかもしれないという仮説のもと検証を行った。


対象と方法

 本研究は、単施設・患者/評価者盲検化・ランダム化比較試験である。対象は、婦人科腹腔鏡手術における標準麻酔設定での術後回復において、以下の群わけで効果を検討した。

  • Press needle acupuncture (ACU)群

  • Press plaster acupressure(APU)群

  • no treatment(CON)群

Main outcomeは、抜管からPACUからの退院準備完了するまでの時間とした。

Sample sizeの計算は、G*Powerを使用し、Cohenのd=0.4、5%のα誤差、80%の検出力、15%の脱落率に基づき、75人のサンプルサイズを推定した。
当クリニックにおける婦人科腹腔鏡検査後の回復までの推定時間は45~60分である。この時間を25%短縮(すなわち11〜15分)することは臨床的に意味があると考えられる。

・介入
手術の12~24時間前に、12箇所の経穴に鍼(0.2mm×1.5mm)もしくはplaster acupressure(PYONEX ZERO)を行った。
使用経穴は以下の通り;
GV26(水溝)、CV17(壇中)、LI4(合谷)、HT7(神門)、LR3(太衝)、ST36(足三里)、PC6(内関)

得気はpress needleであったため、出すことが必須にはなっていない。鍼は、患者の退院に応じて72~96時間留置した。治療は、少なくとも120時間の鍼灸トレーニングを受けた3人の鍼灸師によって行われた。


結果

 女性75名が対象となり、2例は開腹手術に変更したため(n=2)、1例は試験の継続を希望せずミダゾラムの投与を希望したため、1例は誤ってミダゾラムを投与したため除外となった。

 抜管から退院準備期間までの時間は、CON群(46(36-64)分、p = 0.005)およびAPU群(43(31-58)分、p = 0.028)と比較して、ACU群で有意に短縮した(30(24-41)分、Kruskal-Wallis-Test p = 0.013)。

さらに、TCI停止から抜管までの時間は、CON群(19(14-26)分; p = 0.029)と比較して、ACU群(12(7-22)分;p = 0.028)およびAPU群(13(9-20)分;p = 0.017)では有意に短かった。
 麻酔薬や導入5分後の麻酔深度に群間差は認められなかった。フェンタニルの総投与量中央値は44μg、プロポフォールの総投与量中央値は1197mgであり、群間に差はなかった。

 不均等な手術時間のバイアスに対処するため、手術時間が極端に短い、極端に長い、を除外した分析が行われたが、抜管から「退院準備完了」までの時間における全体的な群間差は依然として有意であった(p = 0.015)。

 PONVに罹患した患者数はAPU群とACU群でCON群より少なかった。
CON群では吐き気が11例、嘔吐が7例であったのに対し、APU群では吐き気が8例、ACU群では吐き気が6例、嘔吐がそれぞれ3例と1例であった。嘔吐の発生率はCON群と比較してACU群で有意に減少した(p = 0.018)。試験介入による重篤な副作用はみられなかった。


考察

 抜管からPACUからの「退院準備完了」までの時間の中央値は、ACU群で対照群より16分短かった。一方、APU(触圧のみ)は抜管から「退院準備」までの時間に大きな影響を与えなかった。このことは、鍼刺激によって誘発される特異的な効果が、鍼治療を触圧治療よりも優れていることを示唆している。鍼は細胞を機械的に刺激し、その後に内因性物質が放出され、神経求心性(A線維とC線維)を活性化することが示されている。


 我々の研究も先行研究同様、術後回復期における鍼治療の有益な効果を示している。GV26への刺激は、鍼の効果とは無関係に、覚醒を促進するのに特に効果的である。ACU群とAPU群は、TCIポンプを止めた後、CON群の患者より6~7分早く抜管できた。これは、先行研究の眼科手術中の患者を対象とした結果や、動物実験の結果と一致している。鍼治療は脳内のノルアドレナリン作動性神経伝達を活性化し、麻酔薬の中枢神経抑制活性を低下させると考えられている。しかし、2つの介入群で覚醒が早かったのは、麻酔薬の注入を停止した時点で、麻酔状態がすでにあまり深くなかった可能性もある。


 この試験の特に優れた点は、麻酔薬の消費量の違いによる影響を除外できることである。TCIポンプの使用により、適用量を客観的にモニターすることができた。またTCIポンプを止めた時点では、推定効果部位濃度にも推定覚醒時間にも差はなかった。TCIにおける麻酔薬とオピオイドの効果部位濃度は、すべての患者について等しく設定された。本研究での濃度は、臨床使用範囲の下限にあった。

 先行研究における鍼治療の効果の大きさのばらつきは、鍼治療の特徴の差よりもむしろ対照群が受けた治療の差によって主に引き起こされるため、本研究では術後の来院回数、患者と過ごした時間、注意はすべての群で同様に提供された。したがって、研究群間の患者ケアの違いによってもたらされたバイアスは考えにくく、観察された群間差はむしろ介入群における末梢刺激によって誘発された生理的機序との関連が示唆される。
 抜管までの時間が短くなる傾向は、覚醒期に麻酔科医とその麻酔チームによって刺激されたGV26への触診が介在している可能性があり、一方、回復時間の短縮は鍼(needling)に特異的な効果のようであった。


結語

 本研究は、婦人科腹腔鏡検査において、鍼治療が抜管からPACUからの「退院準備」までの時間を短縮できることを示した。抜管(覚醒)までの時間の短縮や嘔吐の発生率の減少に対する鍼治療のさらなる効果については、慎重に解釈する必要がある。


***自分メモ***

・水溝への刺激が覚醒、それ以外が退院準備期間の短縮という考察は興味深い。そうだと言える根拠はどこなのだろう?(介入はすべて同じ時期から貼り付けしていたと解釈したけど)
・PONVの予防のための内関の効果の検討、国内でやりたいな〜(計画したい)薬剤と差がないってとてもすごいと思うのよね。



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