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創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」40話 恋人たちはノマド .af(アフガニスタン3)

39話のあらすじ

アフガニスタンへとやって来たジョニーと絵美は、新たな守護者ガーディアンを呼ぶ儀式を行うため、大天使ジブリ―ルとともに東部のガンベリ記念公園へと向かう。道中、即興詩を歌い合う詩人の多いこの地の運転手ガブリから、歌い合いを誘われたのだった。

40話

場所: 地球、アフガニスタン(ドメイン .af)

記録者: ジョニー  マイジェンダー: やや男性 18才

出身地: ブリテン  趣味: ネコとたわむれること

僕は200年前にアフガニスタンのひとたちの力となった、伝説の日本人中村哲さんの歌を即興で作る。

「カカ・ムラド、アンクル・ナカムラ、彼の御業みわざは素晴らしく、21世紀の始まりという時代にあって、洪水の時期と渇水の時期との、ひとびとと生きものたちの苦難を緩めるために、マルワリード用水を完成させたお方……」

うーん、初めての即興詩だからか、カカ・ムラドが中心になっておこなった事業の説明寄りになってしまい、歌の節にノッていないのは自分でも分かる。だけどそのくらい、カカ・ムラドは僕ら23世紀の人間にとって、砂漠を緑の大地に変えた先駆者として、むべきかな、のお方だから。

ようやく気候の荒さが人間の暮らせるような状態に戻ったのは、彼のようなひとが200年のあいだを必死の思いで治してくれたからだ。

陸には草原や森や耕作地を、海には大規模な自然保護区や暑さに強い養殖サンゴや海藻を育て、そこに暮らす生きものたちを守るところを。地球上のあちこちに作って水と緑の、大地と海の循環を取り戻してきたからだ。

21世紀初頭、カカ・ムラドがアフガニスタンで緑の大地を作ろうと活動を始めたころは、彼の活動するアフガニスタン東部のクナール川流域は砂漠化が深刻になっていた。

農村に暮らしていた人々はほとんど飢餓きがの状態で、お金で食べ物をすこしでも得るために、軍人や警察官になるか、自爆テロを繰り返す武装勢力に入るか、が日常だったらしい。

それなのに、21世紀にこの国へ怒涛のように入ってきたグローバル企業の展開は、何千万人ものアフガニスタンのひとびとが飢えに苦しんでいる中でひと握りの人間にだけ、首都カブールなどでの裕福な生活を与えた。自由な価値観、というのも、この地に同時にもたらされてはいたのだけど。

輸入によってアフガニスタンに食料が入り、裕福な人間にだけその恵みが与えられ、現地の農村では気候変動、カカ・ムラドは気候変化という言葉を使っていたけれど、砂漠になっていく農村のひとびとは食えないまま。テロで豪勢な結婚式が狙われたり、あちこちで自爆テロがあったり、さまざまな国との戦争があったり、この地域は地震も多いので、その被害があっても助けが入らなかったり、ほんとうに苦難の時代を、カカ・ムラドが緑の大地を作り始めるまでは送っていた。

灌漑かんがい事業は、カカ・ムラド以外のひとびともやっていたのだけれど。彼の前に水を大地に潤そうと計画したひとたちは、主に井戸の掘削や、カレーズと呼ばれる水路で、大地の奥にある地下水を利用して農地を作っていた。だけど、地下水そのものの量が激減をしたので、井戸はどんどんと枯れ、カレーズも利用ができなくなってしまった。

そこで現地の状況を見て、カカ・ムラドは地下水ではなく、水量の豊富な川から直接取水して、農地をうるおそうと考えた。事業を始めたのは、洪水と渇水を繰り返す暴れ川のひとつ、クナール川だった。

マルワリード用水のつくりは、クナール川の支流を一本作るような大規模なもので、日本も国としてカカ・ムラドをしっかりと支え、現地のひとびとと一緒に何年もの歳月をかけて完成させた。

洪水のたびにどこかが鉄砲水を起こしたり、せっかく作った水路が壊れてしまったりもしたけれど、江戸時代の「山田堰やまだせき」という、カカ・ムラドの故郷九州で唯一残っていた水路の作り方は堅牢で、すこしは壊れても、修復すればまた使えた。

23世紀の現在は、このようなコンクリートではない、昔の水路の作り方を参照して、川の流れを無理やり作り変えるのではなく、ため池や人工的な支流をたくさん作って、暴れ川を穏やかな流れに変えるものが普及している。

絵美の故郷の日本でも、21世紀に入ってから、コンクリート製の水流を無理に変える水路は、寿命を迎えたのと、当時の気候変動の影響による集中豪雨で壊れていったのとで、良くないということが分かり、江戸時代のころのひとびとが渇水と洪水とに苦しんでいたのを、藩の殿様たちやサムライのひとたちが先導をして水路事業でもって支援していた、その技術が見直されたんだ。

すこし壊れても、ふたたび修理して使う。200年のあいだ、カカ・ムラドが2019年に襲撃を受けて亡くなってしまったあとも日本の有志のひとびとや現地のひとびとは遺志を継ぎ、川の流れを自然な形で利用する用水路作りはアフガニスタンのいたるところに広まっていった。

「ジョニー、見て! 緑の大地がこんなにも!」

なんとか歌い終えてほっとする僕に、絵美が4WDのジープの窓から、外の景色を見て驚きの声をあげた。

かつての砂漠は、肥沃な緑の大地へと。

人類滅亡も近いとさえ言われ、未来はこのような砂漠ばかりになるだろうとの未来予測も多かった時代から、200年の歳月をかけて、一本の草、一本の木をコツコツと育てていった多くの人々の努力の結晶の緑野りょくやと農地とが、目の前に広がっていた。

「れっきとした神のきざしではないか。死にきった大地もアッラーの力で生き返り、穀物がみのり、それをみんなが食べている……」

僕の歌のあとを、運転手のガブリさんがまたコーランの一節を歌い、継いでいく。

この緑の大地が、200年の歳月をかけて多くのひとたちのひとつの目標となり、今の姿になった。それを見ると、僕らひとりひとりの意識の向こうに、確かに人間をはるかに超えた時の流れの向こうに、無形無音の大いなるひとつの神さまはおられるのだろう、と未だに神さま嫌いは抜けていない僕にすらも思えるのだった。

(続く)

※ マルワリード用水の詳細については、ペシャワール会さんの記事を参考に致しました。

次回予告

詩をうたう順番は、絵美にも回ってきた……。8月中旬の投稿を予定しています。どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりT_GAIさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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