人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 一話「本能寺の変」
登場人物紹介
織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人となって一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。
助左衛門(すけざえもん) 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。
一話
……ははっ。さすがに十兵衛(じゅうべえ)もぶち切れたか。
信長は死を意識した。天正10年6月2日。1582年6月21日の未明だった。圧倒的な信頼を置いて守護を任せていた部下の明智光秀が、反旗を翻し、信長の寝所とする本能寺に攻め込んできたのだ。
射(い)られた火矢によって、寺はどこもかしこも炎上している。信長も、光秀の兵から放たれた矢や、兵の攻撃によって満身創痍(まんしんそうい)の状態だ。
「上様、御覚悟を! 兵は私が引き受けますゆえ」
小姓の蘭丸が、寺の奥の部屋にそっと信長を残し、戦いの場に戻っていった。
覚悟か。
人間五十年、とかつて桶狭間の戦いに臨(のぞ)むとき歌った「敦盛(あつもり)」の一節、そのままの人生になった。
……思えば、裏切られ続けた人生よ。
少数の兵を率いて桶狭間の戦いに勝利したのも、そののち斎藤道三の娘、濃姫を正室に迎え、美濃を手に入れたその勢いもつかの間だった。初めは和しておきながら、のちに敵となった者たちは。
浅井長政に始まり、武田信玄、上杉謙信、毛利輝元、松永久秀、荒木村重。
世に自分の実力を知らすべく多くの書状に使った「天下布武」の印だけでなく。有力な武将や公家に送る大切な書状には、麒麟(きりん)が現れるという太平の世を望み「麟」の字を使った花押(かおう)の印を表してきたというのに。
願いと反比例するかのように、敵は増えた。
……上様は、先に人を信じすぎるのです。
屈託のない意見を、蘭丸に言われたことがある。
……そうかもしれぬな。
信長は口角をゆがませて笑った。
だからこそ、裏切って敵となった者は容赦せず叩き潰すようになり、それがさらなる敵を呼ぶことになった。ついには今日、全幅の信頼を持って守りを任せていた光秀によって本能寺を攻められ、自らが滅ぼされることとなったのだ。
「是非もなし」
さあ、死ぬか。
信長は燃え盛る炎の中で、覚悟を決めた。
……すると。
『公、公。死ぬのはすこし、待っていただけませんか?』
炎の向こうから、何者かが語りかけてきた。そこにあるのは天井にも届くかの勢いの火だ。
「……何者ぞ」
怪しむ信長。ふっと急に火の勢いが弱まり、そこにひとりの若者が浮かび上がった。その背にあるのは、大きな白い左の羽根と、黒い右の羽根。
『わたくしは……天使のナナシ、と呼んでいただければ』
「む。天使とな!? その姿……カピタン(ポルトガルの商館長)や、宣教師が言っておったとおりじゃな! 死にゆく儂(わし)に迎えが来たのか」
『そうとも言えますし、そうでないとも言えます。公よ……今一度、改めて生きてゆく気はありませんか?』
ナナシと名乗った、白と黒との翼を持った天使は微笑んだ。
……こやつ、もしかすると天使ではなく悪魔とやらかもしれぬわい。ふ、儂にとってはお似合いか。
「面白いことを言うな、天使ナナシよ。話を聞こうではないか」
『……感謝致します、公』
シン、とたちまちのうちに本能寺の奥の部屋で、信長と天使ナナシがいるところの火が静まった。
(続く)
次回予告
二話は……命を救った天使ナナシの依頼により、信長は市井のひとりとして黒人侍弥助を助け、すこし不思議な世界を生きてゆくことに決めます。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりノラ猫ポチ(猫の写真だけの場所)さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
※この小説はちょっとタイトルが長いので、通称「信長の大航海時代」(笑)で覚えていただければ幸いです。今後ともよろしく……。
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