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創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」34話 恋人たちはノマド .ae(アラブ首長国連邦6)

33話のあらすじ

ドバイの屋内スキー場のレストランにて、アラブ首長国連邦の子どもたちと語らう、守護者ガーディアンとなった火星探査機、アル・アマル。火星の生活を教えてほしいと乞われ、鉄板となった高級レストランで出てくるゆで卵のことを語りだす火星滞在経験者のジョニー。その様子を絵美と大天使ジブリ―ルは優しく見守っていたのだった。

34話

場所: 地球、アラブ首長国連邦(ドメイン .ae)

記録者: 絵美(エミ)  マイジェンダー: やや女性 19才

出身地: 日本  趣味: ネコとたわむれること


新しい守護者となったアラブ首長国連邦初の火星探査機、マーズホープオービター。彼と、あたしたちが火星滞在の経験を子どもたちに伝える時間は盛況のうちに終わって。

レストランでは、アラブ料理のひよこ豆のスープや、ハムールと名のついた、日本ではハタというお魚の塩焼き、フリードという野菜と鶏さんのお肉とパンの煮込み、そしてラクダのミルクを使ったホットチョコレートを頂いた。もちろん、子どもたちもいっしょに。

『おいしいデスカ?』

マーズホープオービターが、ジョニーとあたしと子どもたちが食事をしているところを見て、ピコピコと興味深そうな音をたてた。

「うん、すごーく、おいしい」

はふはふ、と料理を食べたあとで、あたしは彼に答える。

あこがれマス。香りとは、味とはどのようなものなのでショウネ』

マーズホープオービターのその言葉は、すこしうらやましそうな調子に聞こえた。

「そうか……コミュニ・クリスタルでも、さすがにそこまでは出来ないか」とジョニー。

『いえ、はるか昔に作られた私、アル・アマルの機能が追いついていないのかもしれマセン』

今度はちょっとシュンと落ち込んだような感じの言葉。外見は古いロボットそのものだけれど、コミュニ・クリスタルを通して伝わってくるマーズホープオービターの雰囲気は、とても感情が豊かな気がする。香りとか、味とかは分からないのが、なんとも不思議な感じ。

「そういえばものを食べるロボットって、23世紀の今でもいないね、ジョニー。マンガのなかでは、ドラえもんはおいしそうにどら焼きを食べてたけど」

あたしは昔読んだ、今では貴重な紙媒体のドラえもんのマンガを思い出した。ご先祖さまが持っていたものを代々受け継いできて、うちの家に残ってたやつ。セリフのコマの言葉は23世紀と同じだけど、ちゃんと扱わないとすぐに破れちゃいそうな古本だった。全巻と長編シリーズまで、あたしは夢中でぜんぶ読んだっけ。

「確かにね、絵美」とジョニー。

なんならドラえもん、栗まんじゅうとか、ごはんとか、ふつうにパクパクと食べていたような。マンガの中でドラえもんが生まれた22世紀を通り越して、23世紀の今ここでは、匂いや味はドリームゲームを使った仮想現実の世界では人間に対して再現できるけど、マーズホープオービターの時代も今も、現実世界のロボットには必要がなかったということなのかも。味や匂いを波動の周波数や、蓄積したデータとの参照によってこの味、香りは良いと告げることはできても……おいしい、と食べることを楽しみにできる機能を、ひとびとはロボットに持たせなかった。もしそうなら、なんだかとても寂しいね。

『もしも、私以外の何かになることが出来るとするのナラバ、一度生き物となって、おなかがすいた、そしておなかがいっぱいという気持ちをぜひとも感じてみたいものデス』

「そんな! アル・アマルさまがほかのなにかになってしまったら、守護者じゃなくなっちゃう! やめてくださいっ!」

と、いっしょに食事をしていた女の子が力強く言った。

「おなかがすくなんて、いいことばかりじゃないんです。わたしたちの国のアラブ首長国連邦、そしてようやくそのまわりの国のひとたちも、土地に草原や森や農地が増えて食べていけるようになりましたけど、200年前はアフガニスタンの地で、千万人以上ものひとびとが、おなかがすいて死にそうな状態だったといいます」

アフガニスタン! ドメイン名が「.af」で、次に行くところだ。昔から戦争が多いところで、20世紀から21世紀のあいだにも大きな政変がいくつか起きて、多くのひとたちが飢えに苦しんだ、と言う情報はあたしも知ってる。日本人のお医者さんが始めた農業が、現地の人たちに広がっていったとも、そのあとに首都カブールで世界樹ビルのプロトタイプみたいなものが始まって、とにかく食べられる植物を外でも建物の中でも育てた、とも。23世紀のアフガニスタンは、どんなところになっているのだろう。

「砂漠や、水と食べ物が少ない土地で、戦争や紛争をしていたところはどこもそんなものだったんです。わたしたちはその歴史を忘れませんし、だからこそ弱くて死にそうなひとたちを見たら、今でも放ってはおけません。おなかがすかないアル・アマルさまは、とても恵まれておられるんですよ」

『これは、お嬢サン、失礼を致しマシタ』

マーズホープオービターが驚いて、真摯に謝る。

「あ……いえ、わたしこそ、ごめんなさい。おいしい食べ物の匂いや味を一度も体験したことがない、というのもお辛いことですよね」

女の子もはっと我に帰り、謝った。

「23世紀の今は、そのころよりもずっと幸せになりましたよ、ぼくたちは」

男の子がそっと会話に入り、ハムールの塩焼きのお魚をおいしそうにムシャムシャと食べる。

うん、食事をおいしく頂ける、というのは、戦争や紛争、そして飢餓がほとんどなくなった今でも、絶えることのない感染症などの病気にかかってしまって、匂いと味とが分からなったり、消化の力が衰えて食事そのものをできなくなることがあるから、本当にありがたいことだよね。地震や火山活動や、それらにともなってしまう津波とか、気候変動の影響で大きな自然災害が発生して食事どころではなくなる場合もあるから……。

ひよこ豆のスープ。ハムール、フリード、そしてラクダのミルクを使ったホットチョコレート。こうして現地のおいしいものを平和に頂けることって、生きているなかでもしかすると最も幸せと感じられるひとつ、なのかもしれない。

「主に感謝を。そして、我らの大天使ジブリ―ル、新しい守護者アル・アマルにも」

男の子が祈りの言葉を述べる。あたしたちも、それぞれに祈りを捧げた。その気持ちを受け取ったジブリ―ルさまは。

『主と、アル・アマルや多くの天使たちの祝福が、長く長く、あなたがたに恵みをもたらしますように』

スズメ柄の翼をはためかせて宙に浮いたまま、そうおっしゃって、柔らかな微笑みを浮かべた。

『みなさんが、料理を食べたあとに笑顔になっていマス。……それが、おいしいという特別な感情なのデスネ。それなら、私アル・アマルもいっしょに笑うことができマス』

ピッピッ、とうれしそうな電子音が、マーズホープオービターのホログラフから伝わってきた。

(続く)

次回予告

ドバイの屋内スキー場を、オフタイムとなったジョニーと絵美は遊ぶことにします。2月中旬の投稿を予定しています。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりmio_39さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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