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創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」4話 200年後は孤独じゃなかった

3話のあらすじ

火星の共用コロニーで、デートをする絵美とジョニー。最近、感染症によって突然死んでしまったジョニーの姉ローズのことを話していると「コミュニ・クリスタル」に本人からのアクセスが。ジョニーは初めて「コミュニ・クリスタル」で死者と言葉を交わす。絵美は、そんなジョニーの景気づけにと、彼をレストランへ連れて行く……。ここからはジョニー視点の記録。

4話

日時: 2222年2月9日 肉の日(火星自然創生コロニーにて)

記録者: ジョニー  マイジェンダー: やや男性 15才

出身地: ブリテン  趣味: ネコとたわむれること


共用コロニーの農場兼生き物たちのいる植物園のようなパークエリアを楕円形にぐるりと囲む、商店街兼居住区域のパサージュエリアで唯一地球からの直送肉や、コロニー産の貴重な卵を扱っている高級レストランに僕らは入った。

「……良かったよ、持っている服で一番良い物を着ておいて」

「ふふ、あたしも。火星でたまに出来る贅沢なんだもの、楽しまなくちゃね」

絵美と僕は笑い合う。ここの名物は、何と言っても、日によって種類が違うゆで卵。パークエリアの鳥たちから頂く、その日採(と)れた貴重な生卵を使うんだ。添えられる塩も、地球からの直送品だ。火星では、硫酸塩という塩があるとされているけれど、23世紀の現時点では、生活に使う塩はまだすべて地球産だ。

火星に自然創生という大きな目標を掲げている今、地球では資源が無限にあると思いこんでいた20世紀、21世紀までに行われていた環境破壊は止まっている。ひとびとの自然のバランスを取り戻そうとする、珊瑚の移植や海洋生物を守る巨大な保護域の指定や、もともと草地や森であったところの砂漠緑化や自然のサイクルを壊さない森林型農業の増加。この火星自然創生コロニー創設の考えの元ともなっている、生き物のサイクルを利用して、過度の化学肥料や農薬を使わない循環型農業の推進。全人類による地道なゴミ拾い。物理的に作ったモノの完全なリサイクル化など、もろもろの再生活動、先端技術の適切な活用。それが実り、23世紀はゆるやかに大自然の営みが戻り、全人類の営みが人間中心から地球環境や生物とのバランス重視に変わったことよって、人間と生き物たちの共存を成す緑の大地や、浄化技術や人海戦術によってゴミがようやく少なくなった海、大気や土壌、水の汚染が無くなった町が地球にはある。

その、過去の愚行である環境破壊を火星でも起こさないようにするために、火星に生命がいるかどうかや、資源採掘が火星にどのような影響を及ぼすかをシミュレートしながら、火星自然創生コロニーを拠点としてすこしづつフロンティア・ロボによる実地調査を続けているのが23世紀の今だ。どんな物質があって、火星の環境を、生き物が生きていられる仕組みに近づけながら、どれだけ使うことが可能なのか。それはまだ手探りの状態だ。だから、硫酸塩という、塩の一種が火星にあるとは昔から言われていたことなのだけれど、共用コロニーのレストランで使えるような食用塩に加工することが許されるのかどうかは、まだ判定中。僕ら人間の食事に欠かせない塩は、ほとんど地球から持ってくる。例外的に火星で人間や生き物の汗から作るという手もあるけれど、衛生的なこととイメージの問題で、こういう高級レストランで出てくるものではない。

レストランの食事は、共用コロニーで採れたサラダ、地球産の鶏ガラを使った豪華なスープと来て、いよいよ洒落た柄の小さな皿に、斑点模様の殻に包まれたゆで卵が出てきた。これはウズラの卵かな? だとしたら、僕らの共用コロニー産で入手できる卵のなかでは、かなり美味しいほうだ。絵美と僕は、ぱりぱりと殻を割って、ぷるぷるした中身を出すと、地球産の塩を振りかけた。

「わあ! 美味しいね」

「……うん」

故郷のブリテンでは、一個、3ポンドもする卵を使って両親が卵料理をやったこともあったっけ。

「元気ないね、ジョニー。……お姉さんのこと、気になる?」

「ああ、絵美。捨てたつもりの故郷だったけど、やっぱりローズ姉さんが、ね」

「じゃあ! 『コミュニ・クリスタル』で、ここにローズさんを呼んだら?」

「いいのかい? お店のひとに、怒られない?」

「ううん、火星では、遠く離れた地球の家族と、こうして特別な料理を食べたいひとはいっぱいいるからね! お店のひとも慣れてるよ」

「そうか……絵美がいいなら」

「うん! あたしは大丈夫だよ」

「……ありがとう」

絵美の返事を聞いて、僕は「コミュニ・クリスタル」に意識を集中した。ローズ姉さんの姿を思い浮かべる。水晶のような表面に、姉さんの名前が光る文字で出て、僕らの前にホログラフ(立体映像)が現れた。

「……ジョニー。君から、わたしにアクセスしてくれて嬉しいよ」

「神さまのお小言は終わった?」

「うん。こっちは時間や場所が、神さまの世界に近づけば近づくほど関係がなくなるからね。そっちではちょっとの間かもしれないけれど、それはもう、たっぷりと怒られてきたよ」

お茶目な笑顔を浮かべ、ローズ姉さんがひょうきんな口ぶりで言った。

「故郷の、姉さんの葬式には出られないけど……本人がちゃんと神さまのところへ行けたなら、いいや」

僕はほっとした。

「うん。わたしのことはこれで片付いたとして、ガールフレンドのお嬢さんに、話さなくちゃならないことがあるんだろう、ジョニー?」

と、ローズ姉さんが真剣な顔つきになる。

そうだった。姉さんのことに気を取られていて、僕のもうひとつの悩みをすっかり忘れてしまっていた。

「絵美。気の重くなるもうひとつのことを、打ち明けてもいいかい?」

「うん」

「僕はさ……デザイナーベイビーなんだよ、絵美」

「えっ。それって……禁止されているんじゃ、なかったっけ?」

デザイナーベイビー。それは、もともとは親の病気になりやすい遺伝子を改変して、丈夫な子どもを生みだすために開発された技術だ。だけど、やがて容姿や体力や知力が優れた子どもが欲しいと願うひとびとが現れ、命の軽視だと論じられるようになった。23世紀の最先端の技術としては、当初の目的である、親となるひとが持つ命に関わる病気の遺伝を回避する目的にのみ、受精卵の遺伝子改変が許可されているけれど、それ以上のことは禁止されている。バカ親たちは、自分たちはパッとしない人生を送っているのに、自分の子どもにはスーパーマンのような人物になってほしいという俗な願いのために罪を犯してしまったのだ。

「うん。うちの両親が、やっちまったのさ。中身がからっぽの自分たちをブランド物で着飾ったり、より健康になるっていう話を信じて高い栄養食品を買うだけじゃ飽き足りなくなって、自分たちの子どもにまで付加価値を欲しくなったみたいでさ」

「ええ……デザイナーベイビーって、むちゃくちゃすごいひと、っていうイメージがあったけど……ジョニーはふつうだね」

「そうなんだよ! 遺伝子操作なんて、そんなに簡単にスーパーマンを作れるものじゃないんだ。美形で賢くて運動能力にも優れた、まるで神さまみたいな子どもになると思っていたうちの両親は、見た目も体力も知力もふつうの能力を持って成長した僕を、そりゃあもうさんざん馬鹿にしたよ。子どものころから、どんなことをしたって、成果が100%にならなくちゃ、いつも『おまえはダメなやつだ、金をかけて損をした』とか『こんなことならお前なんかいらなかった』が口ぐせさ。自分たちが好きでやったことなのに」

「ひどい!」

「だろ? 絵美」

「……いっぱい苦労したね、ジョニー」

「うん」

絵美に打ち明けられて、良かった。心の重荷が、ようやく取れた気がする。

「ジョニー……そのことについてはね、わたしが知っていることを話してもいいかな」

宙に浮いたローズ姉さんが、両の腕を組んで僕を見た。何か大切なことを話そうとする、姉さんのくせだ。

「何? 姉さん」

「一番上の、わたしたちの兄さんは、体が弱かったことを覚えているかい」

「うん」

「どうやらわたしたちの親は、だからこそ後に生まれたわたしと君に、健康な生活をしてほしいと願っていたみたいなんだ。健康推進のための高級な食料品や、ブランドものに手を出していたのはさ、わたしたちに良い生活をさせたいがためでは、あったんだよ」

「まさか……」

「そのまさか、さ。だからジョニー、君が生まれるときにも、初めはより健康な子どもになってほしくて、許された範囲で受精卵の君の遺伝子操作を決断したんだと思う」

「……あのバカ親たちが?」

姉さんに諭されても、正直、ちょっと信じられない。デザイナーベイビーのくせに、何でこんなことも出来ないのか、お前はグズだ、ダメなやつだとさんざん言われて育ったのに。

「……親たちの、調子に乗りやすいあの性格で、やってはいけない一線を超えてしまったんだろうけどね。……すぐに、親を許す気にはなれないのは当然だからさ、そのことだけ覚えておいてくれないか、ジョニー」

そう姉さんに言われても……地球にいる親たちのことを思うと、怒りがくすぶる。姉さんの感染症による病死によって、自分たちも今は隔離中となっているあのバカ親たちを、僕が許す!? いっそのこと、死んでしまえばいいのにという思いすらよぎる。

「デート中に邪魔したね」

申し訳なさそうな顔をして、ローズ姉さんのホログラフは消えた。

「ジョニー。ゆで卵のあとのデザート、来ていないね」

「あっ……そういえば、そうだね。コロニー産のバナナだったっけ」

絵美の言葉に、僕は我に帰った。店の人に、いらぬ気遣いをさせてしまっていたらしい。……英国紳士の卵としたことが、情けなく思う。

ローズ姉さんのことと、僕の出生の秘密……禁断の技術、デザイナーベイビーであること。それを聞いてくれた絵美には、本当に感謝しかなかった。

「びっくりしたかい、僕の秘密」

「うん。……でも、ジョニーはジョニーだよ。どんな秘密があったって……あたしの大切なひと」

「……絵美なら、そう言ってくれると思ったよ。ありがとう」

さんざんな子ども時代を送った僕だけど、火星に来て……いや、絵美に会うことができて、本当に良かったと思っている。

(続く)


次回予告

ジョニーとのデートを終えて、個人用コロニーに戻りくつろいでいた絵美は、ジョニーから彼の両親に危機が迫ったという知らせを受けて……。

どうぞ、お楽しみに~。

※見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーからオゼキカナコさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。



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