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【掌編小説】ローゲの涙

……これはいましめだ。我を愛してはならない。尊敬してもならない。お前からの憎しみとあざけりこそ、我が喜びと知れ。

神々の王ヴォータンが、義兄弟として迎えるローゲにその戒めとして告げた言葉を、火の神はこころに刻み付けていた。

城の門は開き、帰還したヴォータンと、火の神ローゲを新しく迎えるための、華やかな神々の宴が待っている。

城の外では霜の降りる地で巨人たちが凍え死んでも、飢えに苦しんだとしても、敵なのだから仕方がない。

城のなかで安穏を楽しむ神々の考え方はそんなものだ。

神々を憎む醜き敵、巨人の血を引く半神ローゲを寛大にも迎え入れた王ヴォータンの、なんとお優しいことか!

宴が始まり、神々の王ヴォータンを誉めそやす言葉が城のなかに溢れる。

ローゲお前だけを城に迎え入れ、その微々たる優しさを最大限に讃える神々に決して同調してはならないのだ、門に入る前にローゲは確かに王みずからが耳朶にささやくのを聞いた。

さあ、ローゲよ。栄光と誉れの神々の一柱として、迎えられた喜びを踊り歌え!

宴もたけなわになると、神々のだれかが言う。

……嗚呼。恐ろしくも誇り高く気品に満ちた貴方を、この身を義兄弟として扱ってくださる恩遇の貴方を、貴方は愛しても尊敬をしてもならないと。憎しみとあざけりこそが、喜びと。

ローゲは神々の前で、一粒の涙をこぼした。

見よ、火の神ローゲが一滴の水をこぼすとは!

主神がそう冗談を飛ばし、神々は一堂に笑い声をあげた。

神々の仲間となれた、歓喜の涙でしょう? と誰かが言う。ローゲは決意した。

貴方が望むのであれば、あざけりと憎しみと、嘘と悪智慧、この口に見事乗せてみせましょう、と。

「あっはは! 霜の巨人たちはかつてあなたがた神々に多く殺され、城の外で見捨てられて今も凍えて死んでいく。見栄と虚像ばかりの宴を、まことに嬉しく、この火の神ローゲ、ありがたくかしこみ思うこと限りなく!」

ローゲの皮肉に神々の宴の場が一瞬、凍り付く。その言葉に満足そうな笑い声をあげて応じたのは、主神ヴォータン。普段は凍てついた王者の瞳が、ローゲの罵声に優しく緩むのを、火の神は確かに見た。

追随する神々のひそやかなあいそ笑いが、主神と火の神のまわりを埋め、次第に増えていった。

ローゲは戒めを守ったのだ。

(了)

※作品補足

北欧神話は北欧を始め、ドイツやイギリスも含む沿海のバイキングが活躍していたあたりに強く残る神話ですが、狂気の神としての色合いが強い今回のお話は、リヒャルト・ワーグナー氏作の「ニーベルングの指輪」をもとにしたドイツ語読みの神々のお名前に致しました。ローゲのイメージは、あずみ椋さんのマンガ「ニーベルングの指輪」のローゲそのもので、美形皮肉屋な青年です。

霜の巨人については、神々と敵対していたり、協力したりというさまざまな伝説があり、ヴォータン、オーディンさまの息子であるトールさまが殺しまくっている伝説も残っているようです。そのトールさまのお話と、物語の時系列としてはロキさまが義兄弟になるときは、ロキさまの義兄弟のお話のほうが先で、そのときには巨人一族と神々一族との仲は悪くなかったかもしれないのですが、先に殺しまくり、今も見捨てていることを強調して神話の設定をすこしアレンジしています。

部長と悠凛さんの北欧神話作品にも、去年の暮れに開催された、3周年イベントのお題「怒りを歌え!」のほうにもすこしだけ寄せた内容に挑戦してみました(*^_^*)

3周年記念祭イベント作品のアンソロジーはこちら

※ 記事の「note神話部」という名称は、今年より「神話創作文芸部ストーリア」と改名になり、再出発をしています。

ここまで読了いただき、誠にありがとうございます。

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