人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 三十六話「ソルムンデお婆さんの息子」
登場人物紹介
織田信長: みなさんご存知、尾張生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春)」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。
助左衛門: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋または呂宋助左衛門。
ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。
天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。
三十五話のあらすじ
ソルムンデお婆さんの入れ歯を見つけた信長公たちは、済州島に沈む美しい夕日を見たあとに、参鶏湯という温かな鍋料理を頂きながら、夜を迎えたのでした。
三十六話
ソルムンデの用意した簡素ながらに広い家に招かれ、信長一行は客人として寝具を用意してもらっていた。日の本を離れてからは、初めての地面の宿りだ。
「波の揺れぬ場所で眠れることが、これほどありがたいとはのう」
信長は感慨深い、といったふうで床に入る。
「敵のいないところで眠れる。うれしいな、ノッブ」
となりの布団で、身長が高い黒人侍にはすこし小さめな布団から足を出し、にょきにょきと指の遊びをしながら弥助が応じる。
「ほんとに、おばあちゃんの家に泊めて頂いてるみたいですね、上様」
ジョアンも楽しそうだ。
「明日は出発やな。夜更かしせんと、ぐっすり眠れるところで寝ておかなあかんで~」
安らぎの持てる家のなかで、つい夜更かしをしそうな一行を、助左衛門がたしなめた。
すると。
ダッダッダッ。
部屋に、ひとの足音が近づいてきた。
「むっ、何事ぞ」
「ノッブは、オレが守る」
手元に刀を置いていた信長と弥助は、即座に構える。
入ってきたのは、李朝(李氏朝鮮)の古い時代の官吏のような恰好をした壮年の男性だった。
『夜分に失礼する。そこもとたちが、我が母ソルムンデを助けてくれたひとびとか』
「我が母とな?」と信長が問う。
『失礼。私は母ソルムンデの500人の息子の代表、オ・シンと申す者にて。礼を言いに、雲に乗って馳せ参じた次第』
「そうでござったか。これは儂らも失礼した」
「お婆さんの息子のオ・シンさん。びっくりした! 敵かと、思った」
信長と弥助はそれを聞いて、警戒を解いた。
『私たち500人の息子は、この世の李朝を陰ながら守る、かの地の祖の神、檀君王のもとにて働いておりまする。李朝の地に来られた際には力になりますゆえ、今後ともなにとぞよしなに』
「あい分かり申した。ひとまず儂らの船は澳門を目指すものの、何かあれば李朝の地へも寄ることが出来ればこちらも心強うござる。まずはこれからすこし飲みまするか、オ・シン殿」
『それは良きことにて』
オ・シンが家の者を呼び、ささやかな宴が始まる。
「夜中の宴会が始まっちゃうね、助左くん」
あわてて弥助と助左衛門とともに、布団を片付けたジョアンがこっそりとささやく。
「おっさんらの楽しみやさかい、しゃあないわ」
助左衛門も苦笑する。
「大丈夫だ。すみっこで、起きたふりして、眠ればいい」
弥助も笑ってそっと答えた。
信長とオ・シンとの談笑はつつがなく終わり、眠りについた一行が旅立ちの支度を整えたのは、昼を過ぎたころだった。
『ふぇー、ふぇー。旅の無事をのう』
『また会いましょうぞ、信長殿』
ソルムンデと、オ・シンが浜辺で見送っている。
「世話になり申した。ソルムンデ殿、どうかお元気で。そしてオ・シン殿、また李朝の地にこの船が寄るときには、よろしくお願い致す」
『来訪を心待ちにしておりますぞ』
ふたりの見送りを受け、小舟が浜辺から遠ざかる。
『ノッブ! 済州島のお菓子はおいしかったネ』
老婆からもらった、みかんクァジュルの最後のひとつをぽいっと口に放り込んで、ゴブ太郎が小舟の楷を漕いだ。
(続く)
※ 檀君王は、朝鮮半島で最初の国づくりをしたと伝わる神話に登場します。彼のもとに、ソルムンデお婆さんの500人の息子が仕えているというストーリーと、オ・シンという代表者の名は神話と神話を組み合わせた創作のものです。(オ・シンは、五百羅漢をまたは五百応真と言うことから名をお借りしています)
次回予告
明の国のうち、一部を居留地として認められたポルトガルの港、澳門。信長公一行は、キャラック帆船「濃姫号」で寄港します。
どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりumuさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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