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人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 三十八話「お茶とお菓子を頂きながら」

登場人物紹介

織田信長おだのぶなが: みなさんご存知、尾張おわり生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春おだのぶはる」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助やすけをアフリカへ送り届ける旅を始める。

弥助やすけ: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともにつ。

ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。

助左衛門すけざえもん: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久いまいそうきゅうの弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋なやまたは呂宋るそん助左衛門。

ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。

天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。

三十七話のあらすじ

澳門マカオの港に入った信長公一行は、小高い丘に建つ聖パウロ天主堂の周りに、悪魔のような異形の者が空を飛んでいるのを見ました。不審に思っていると、土地の守り手である海の女神媽祖まそさまと、ポルトガルの国の守護聖人、聖アントニオ氏が一行を迎え、公に「ファルソディオ」について話したいことがある、と告げたのでした。

三十八話

海の女神媽祖を祀る、港の媽閣マカウの近くの、朱塗りの柱のある木造家屋に、一行は通されていた。海の女神媽祖は、『まー姉さん』としてこの家屋でひとびとに混ざり、生活をしているようだ。

食事の部屋には円卓があり、その真ん中にくるくると回転して、料理を自分のところへ寄せる大きな台皿だいざらがついている。

「ふむ、面白い仕掛けじゃのう! ほれ、ゴブ太郎」

信長が興味津々といった様子で台皿を回し、そこに乗った椀の菓子を、ゴブ太郎の前へと動かした。

『わーいわーい! 媽お姉さん、このお菓子はなあに?』

『ふふ、杏仁餅あんにんへいというアル。ゴブリンの子の故郷なら、アーモンドクッキーに近いアルね。となりのお椀のエッグタルトもおいしいアルよ』

『わーい、いただきまース!』

ゴブ太郎はこの地のお菓子、杏仁餅をまずモグモグとさっそくほおばって、上機嫌のようだ。

『お茶はいかがですか? みなさん』

守護聖人、アントニオも茶道具を持ってきて微笑んだ。

「おもろいわあ、こっちのお茶は、香りを楽しむ茶器と、飲む茶器とがほんまに違うねんな」

助左衛門が日の本のものとは異なる茶道具を見て感心する。

『ええ、聞香杯もんこうはいでまず香りを、そのあとにまた違う器でお茶を頂くんです。ポルトガルへもっていく交易の品物としても、お茶や陶磁器のうつわは大好評なんですよ』

そう答えて、アントニオは来訪者である一行の茶の準備に取り掛かった。

『お茶の前に、話しておくアル、私たちの困りごとを』

「むっ……お聞きしましょうぞ」

媽祖の言葉に、信長は居住まいを正す。

『この町の、聖パウロ天主堂に飛んでいたお化けは見たアル?』

「見た! 大きなカラスのような、羽根の生えたお化けだ」と弥助。

『困ったことに、ひとびとにはアレが天使の姿に見えているアル』

「ええ……! どう見ても、悪魔の姿にしか見えませんでしたよ?」

ジョアンも不思議そうな顔をした。

『偽物の天使たちに守られた、聖パウロ天主堂。そこのエセ司祭として、ファルソディオがいるアル』

「エセとな?」と信長。

『キリスト教でない人間は殺せとか、有色の人間は奴隷にして当たり前、何を奪っても壊しても当然だとか、まあそういう、ほんとうのイエス・キリストの教えとは違うものを広めている男なんです。僕は彼の配下のオルガニスト(オルガン奏者)として天主堂に潜り込み、様子を見ているのですが……。みな、夢遊病のようにファルソディオについていくような状態でして』

アントニオが眉をひそめる。

『海の女神として、私がファルソディオのやつを退治しようとすると、力が強すぎて澳門マカオの町ごと潰しかねないアルね』

媽祖はボソリと物騒なことをつぶやいてため息を吐き出した。

「なるほどのう」

『……日の本で、はらいの力を授かったあなた方を心待ちにしていたのです。どうか、ファルソディオをなんとかして頂きたい』

アントニオは切実な思いを瞳に込めて、一行を見た。

わしの統治の時代も、おもに日の本の延暦寺、本願寺といった勢力は下々の者のこころをきつけて儂ら武将の兵といくさをさせておった。そのようなことが、この澳門でも行われているということじゃな」

「ノッブ! 鬼たちの親玉、ファルソディオをやっつけよう!」

「おう、弥助よ。それは儂も同じ思いじゃが、敵の状態が分からぬままでは分が悪い。一度、長崎のときのように様子を探らねばな」

『……僕が案内しましょう。ファルソディオは、澳門の市場にいます』とアントニオが答えた。

「まあ、それでも、とりあえずお茶にしましょう、上様」とジョアンが笑う。

「せやせや、緊張のまえには、ゆるゆるさせてもらわなあかんで。茶をお呼ばれしたんやさかい」

そう、助左衛門も口をそろえる。

「……それもそうじゃな。敵と思うと、どうにも武士もののふの血が騒いでしまったわい。市場に行くならば、我が日の本の焼き物を持って行って、いかような評価となるかも知ってみようぞ、蘭丸、助左、弥助よ」

「分かった、ノッブ」

弥助もうなずいた。

こうして一行は、つかの間のゆるりとしたときを迎え、アントニオがふるまった明の国の茶の香りと味わいとを楽しんだ。

(続く)

※ 澳門の名物菓子、杏仁餅。もともとは、そう名前はついていても杏仁(キョウニン、アーモンド)を使わない落雁らくがんふうのお菓子だったそうですが、現代になるにつれアーモンドクッキーのレシピが定着したようです。エッグタルトは、みんなのフォトギャラリーにも「マカオ」で検索すると出てくるお菓子。どちらも現代のものでございます(笑) ついでに、今回登場したくるくると回る台皿の円卓や、茶道具に関しても、お遊びで現代の中国のものを取り入れております。

次回予告

信長公一行は、澳門マカオの市場でファルソディオと会うことになります。

どうぞ、お楽しみに~。

これまでのお話へのリンク&あらすじはこちら↓

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりKiyofumiさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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