人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 二十一話「平戸の姫が来る」
登場人物紹介
織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春(おだのぶはる)」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。
助左衛門(すけざえもん): 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久(いまいそうきゅう)の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。
ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。
天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。
二十話のあらすじ
海賊に襲われたところを、海坊主によって救われた信長公一行。瀬戸内海を抜けて、九州は長崎の港へと向かっていました。
二十一話
海の女神、豊玉姫の加護もあってか、秋晴れのほどよい風の日が続く。海坊主が退散させた海賊たちからこの船はバケモノ付きである、という情報がまたたく間に広がっていったようで、キャラック「濃姫号」を襲う者はあれ以降、いなくなっていた。
数日を経て、北九州の陸沿いの海に入った。場所は平安時代、嵯峨源氏の武人であった渡辺綱(わたなべのつな)の子孫を称し水軍として活躍、そののち戦国時代には中国やポルトガルなどとの貿易で潤ってきた松浦氏(まつらし)の所領、平戸の沖合だ。
「上様、あれを……!」
甲板の上でジョアンが覗(のぞ)いていた望遠鏡を信長に渡す。
平戸の港から、一艘(いっそう)の小舟が近づいてくるのが見えた。
平戸の港は、永禄4年(1561年)に宮ノ前事件というポルトガル人と現地商人の取引のトラブルから発生した争いによって、双方に死傷者が出た。
それ以来、信長一行がこのアフリカへの船旅を始めた天正10年(1582年)の秋に至るまで、ポルトガルの船は平戸を避けている。キリシタン大名である大村純忠(おおむらすみただ)の庇護のもと、イエズス会に寄進された土地となった長崎を今は港に選んでいた。
そのポルトガルと不仲になった平戸の港から、この西洋帆船キャラック「濃姫号」を目指して小舟が来るとは、何事だろうかと信長は思案した。
信長たちが眺めていると、小舟は「濃姫号」に併走するくらいに近づいた。小舟に乗っていた少女が、口を開いた。
「もし、もし、そこの船のお方々。わたしは松浦家の娘、まつと申します。住吉の方々に、お話を伺いました! そのお船に乗られている方々に、力をお借りしたく、懇願(こんがん)に参りました。どうぞ、この平戸の港にお立ち寄りくださいませ」
「なんと、住吉の方々が。これは話を聞かねばなるまい。ゴブ太郎、港に向けて旋回じゃ」と信長。
『分かったヨ、ノッブ!』
分身したゴブ太郎が帆を操り、「濃姫号」は小舟に先導されて平戸の港に入った。
平戸の港に着き、船を降りた信長たちを先ほどの少女が迎えた。つややかな黒髪を後ろに束ね、質素ながら趣味の良い着物に身を包んだ姿は、少女の可愛らしい顔立ちを際立たせていた。
「お立ち寄りくださって、ありがとうございます」
ぺこりと少女、まつが頭を下げる。
「うむ。儂(わし)は小田信春(おだのぶはる)と申す旅の者じゃが、住吉の方々からそなたに知らせがあったとあれば、何事かは知らぬがお役に立たねばのう。先ほどの声はよほど切羽詰まっていたご様子。さて、どうしたのじゃ?」
信長は優しく尋(たず)ねた。
「……小田さま。わたしどもの港の村で、奇怪なことがはやっているのでございます。どうぞ、こちらへ」
まつは四人を先導し、村はずれの家に入った。中では、ひとりの男がウンウンと苦しみの声をあげている。
「……こうして、急に伏せる者がこの平戸を始めとした村々で増えているのです。風邪でもなく、そのほかのなにか、流行り病でもないようで」
まつがそっと視線を落とした。
「それなら、僕が診(み)てみましょう、上様。日の本に来るまでに、多少の医療の心得を覚えましたし、住吉の方々から授かった光の魔法で分かることもあるかもしれません」
「そうじゃな、蘭丸。では頼む」
信長の言葉にジョアンはこくりとうなずき、寝た状態でうなる男の手を取った。
「ウガァァア!」
男は急に暴れ出した。そして、彼の口から真っ黒なぬめぬめとしたものがあふれる。それが見えるのは、四人だけのようだった。ぬめぬめとしたものは、のっぺらぼうの顔を持つひとの姿となった。
『ワレラ、コノモノノ祖霊、インネンナリ!』
ぬめぬめとしたものは、そう叫んだ。
「祖霊の方々!? インネン!? なぜ、子どもたちを襲う!?」
弥助が驚いて尋ねる。
『ワレラノネムルトコロ、アラサレタ!』
怒りを帯びて、ぬめぬめとしたものが叫んだ。
「……なにが起きているのですか?」と、まつが不思議そうな顔をする。
「まつさん。インネンというお化けを知っていますか?」とジョアンが聞いた。
「ええ! このあたりに伝わる妖怪だそうです」
「このひとには、このひとの祖先の霊の、そのインネンが憑(つ)いています。どうも、何か自分たちの眠っていたところを荒らされたと言っているんですけど……心当たりはありますか?」とジョアン。
「荒らされた……ええ! 近年、このあたりではキリシタン大名の配下のひとびとが先祖代々から護(まも)られてきた寺社を潰し、墓を壊したりしているんです。悪魔を信じる者たちの作ったものなどいらぬと……」
「それを怒って、知らせるためにこのひとの祖霊たちのインネンとやらが、霊の供養不足を祟っているのじゃな」
信長は合点がいったという顔をした。
「インネンよ。供養を誓おう。そなたらの愛する子どもたちを解き放ってほしい」
『ウガァァア! ヤクソクダ。ワレラノネムルトコロヲ、アラシタモノドモニハ鬼ガオル……』
信長が供養を誓うと、インネンは空中にその姿を霧散させ、消えていった。
「……ああ、まつさま? それと旅の方々?」
苦しそうにうめいていた男が、とたんに活力を取り戻した。
「まあ! ありがとうございます、小田さま、みなさま!」
まつが礼を口にする。
「うむ。この者のインネンは晴れたが……まつ殿、そなたの一族が及ぶ範囲で出来る限り壊された寺社や墓の立て直しをせねば、また誰かがインネンに憑かれることになろうて」
『インネンってめーわくだネ! 自分の子孫じゃなくて、壊したほうに取りつけばいいのにサ』
ゴブ太郎がぼそっと文句を言う。
「まあ、そう言うなゴブ太郎よ。しかしインネンは気になることを言っておったな」
「せやなあ、信春はん。その壊したほうのひとらに、鬼がおるやなんて」と助左衛門。
「長崎に行っても、用心した方がいいかもしれませんね、上様」と、ジョアンもうなずいた。
「旅の方、救ってくださってほんとうにありがとうございました……これからは、旅の途中、いつでもこの平戸の港をお使いくださいませ」
まつが何度も頭を下げる。
「平戸は良港じゃからな、これからも使わせて頂けるのはありがたい。それで十分ゆえ、儂らよりも、住吉の方々に礼を厚くしてくだされ、まつ殿」
信長はまつに笑ってみせた。
まつ姫と、回復した男からの見送りを受け、四人は気を引き締めて、次の目的地である長崎へと出港することにしたのだった。
(続く)
※ インネンは、長崎の福江や南松浦の地域に伝わる憑き物の妖怪です。死霊、生霊、動物霊といった霊魂や、神仏などがひとびとに憑依することをあらわすそうです。憑依した人間の血族であることが多く、供養不足を祟って、憑依した人間を精神的な病気にしたり、肉体的な病気にしたり、家業の業績不振を起こしたりして知らせるといいます。インネンの望むことを知ることのできるホウニンというひとびとがおり、彼らがその望みを叶えることで除霊すると伝わっています。この物語では、住吉の方々から加護を受けた四人がホウニンの代わりになることと致しました。
次回予告
長崎の港に入った信長公たち。イエズス会に寄進されたこの地で無理なく行動するために、公はあることを提案します。
どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーより*michi*さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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