人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 三十三話「ソルムンデお婆さん」

登場人物紹介

織田信長おだのぶなが: みなさんご存知、尾張おわり生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春おだのぶはる)」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助やすけをアフリカへ送り届ける旅を始める。

弥助やすけ: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともにつ。

ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。

助左衛門すけざえもん: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久いまいそうきゅうの弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋なやまたは呂宋るそん助左衛門。

ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。

天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。

三十二話のあらすじ

平戸の港にて、助左衛門の妻となった松浦まつら氏の姫、まつの見送りを受けて信長公一行は日の本をいよいよ離れます。ポルトガルの居留地であるマカオへと向かう船は、ひとつの島、済州島ちぇじゅとうの近くを通ることになりました。

三十三話

順風満帆。良く晴れた空の穏やかな秋の日差しを受けてキャラック「濃姫号」が一路、海原うなばらを西へと進んでいく。みんの国の領土のひとつをポルトガルの居留地としたマカオへと、信長一行、ゴブリンのゴブ太郎、そして天使ナナシを乗せたこの西洋帆船は向かっているのだ。

「いい天気じゃのう、蘭丸」

「はい、上様。このお天気と風の調子なら、早くマカオに行けそうですね」とジョアンが信長に答える。

「住吉の方々や、豊玉姫さまのご加護かの? ありがたいことだわい」

パン、パン、と手をたたき、信長は日の本の神々に航海の無事を祈った。

「ノッブ!」

船の舳先へさきに立ち、前方の様子を望遠鏡で探っていた弥助が、声をあげた。

「なんじゃ、弥助」

「島がある」

「ほう」

「……それから……」

弥助は、信長にどう言おうか迷った様子でしばらく黙っていた。だが、報告はせねばならぬと割り切った様子で、次の言葉を口にした。

「その島に、お婆さんが座ってる」

「なんじゃと?」と、さすがに驚く信長。

「この場所の島いうたら、今は李朝りちょう(李氏朝鮮)の領地になってる済州島やな。なんやろ、やっぱり神さまやろか」

助左衛門も不思議そうな顔をした。

「どれ、望遠鏡をわしに貸せ、弥助」

「分かった」

弥助とともに舳先へ立ち、望遠鏡をのぞいた信長は、確かに巨大な老婆が済州島の最高峰、火山として稜線の美しい漢拏山はるらさんに腰をかけて、こちらへ大きく両手を振っているのを、見た。

ふぇー、ふぇー、ふぇー!

遠くから、老婆の声とおぼしき音も聞こえてくる。

『そこの船のひとよ。神々の世界にて、話は聞いている。ナーわたしはソルムンデ。頼みごとがある、と言っています、公』

天使のナナシがそれを聞いて通訳した。

「ソルムンデ、とな?」

『済州島を作ったと伝わる神さまですよ。彼女はチマというスカートに土を入れて海へと運び、それによって島が出来たとか』

「それであんなに大きな体というわけじゃな。ソルムンデ殿! 儂らにどのような御用じゃ!」

海の向こうの、島に座るソルムンデに信長は大声で聞いてみた。

ふぇー、ふぇー、ふぇー。

返事が聞こえる。

『小さくなって島を歩いていたら、ナーの入れ歯を、無くしてしまった。どうか探してほしい、そうです』とナナシ。

「なんと……大切な入れ歯を無くしたとな。これは聞かずに素通りというわけにもいくまい。ゴブ太郎よ、済州島に向けて船を進めよ」

『分かったヨ、ノッブ!』

分身したゴブ太郎が船の帆を操り、キャラック「濃姫号」は済州島へと寄港することになった。

(続く)

※ ソルムンデお婆さんの伝説は、済州島に古くから残る神話のひとつです。着古したチマ(民族衣装のスカート)に土を含んで運んでいたら、それがこぼれてたくさんのオルム(山)になったそうです。500人の息子がいたという別のお話もあり、こちらについてはまた次回に。

※ ソルムンデお婆さんが腰をかけていた漢拏山は、世界遺産の「済州の火山島と溶岩洞窟群」として登録されている自然保護区域です。秋の紅葉が美しく、今も多くの観光客が訪れます。「カンナサン」「ハンナサン」「カマオルム」「チンサン」「ソンサン」など、過去にはさまざまな名前がありました。分かりやすくするため、この物語では現在の名称を用いています。

※ 現在のお話になりますが、済州島には「済州神話ワールド」というテーマパークがあり、さまざまな神話をテーマとしたアトラクション施設が楽しめるそうです。世界が落ち着いて、海外旅行も気楽に行ける日常が戻ったら、筆者の行きたい憧れの場所のひとつです。

次回予告

済州島で、老婆ソルムンデが無くした入れ歯をみんなで探します。そして、それは意外なところに見つかったのでした。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりumuさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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