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人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 十七話「神々から魔を祓う力を授かる」

登場人物紹介

織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春(おだのぶはる)」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。

弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。

ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。

助左衛門(すけざえもん): 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久(いまいそうきゅう)の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。

十六話のあらすじ

武士の身分を捨て、冒険商人として西洋帆船「濃姫号」に日の本の焼き物を乗せる作業を進める信長公。出港の準備をしていると、航海仲間となる予定の少年商人助左衛門がすみよっさん、住吉大社の神々が公をお呼びである、と急いで告げに来たのでした。

十七話

信長が住吉大社へと向かっていると、あとからジョアンと助左衛門が追いついた。

「上様! お待たせしました」

「おお、蘭丸。元気そうで何よりじゃ」

「ポルトガルから来たひとたちのなかで、日本の神さまは偽物で、悪魔だという一部のひとのお話も僕の耳には入っているんですけど……。そんなことを言ったら、僕の故郷で大昔に信じられてきたユピテルやウェヌスも悪魔だってことになっちゃいますよね! 僕はイエス・キリストのことも信じてますけど、だからってほかのところの神さまがたは嘘だとか、本当は悪魔なんだっていう考えはおかしいと思っています。だから、こんなふうに日本の神さまたちにお呼ばれするなんて、とても楽しみです!」

ジョアンはニコニコと明るく笑った。相変わらずくるくるとした赤毛の巻き髪と透き通った青い瞳が可愛らしい。信長の顔は自然とほころんだ。

「自分で確かめたいという、好奇心が強いのは良いことじゃ、蘭丸よ。日の本でもそのくらい柔軟に考えられる者ばかりであったなら、儂(わし)も一向一揆や延暦寺、本願寺どもの勢力にはほとほと苦労しなかっただろうて。硬直化しすぎた神仏の教えほど邪悪なものも無いかもしれぬのう。それを収めるにはずいぶんと儂も多くの敵味方の血を流した。ここにおる天使ナナシとて、見えている姿は天使であれ、心は悪魔のようかもしれぬ」

信長が苦い笑みを見せた。

『……そのくらい用心深くしてくださったほうが、わたくしも心強く思いますよ、公』

天使ナナシが優しく微笑む。

「ええ……もうおられるのですか? 僕には見えませんし、声も聞こえないのですけれども」

ジョアンが不思議そうに辺りを見回した。

「なんと。蘭丸、おぬしには見えぬのか。神々や天使、ゴブ太郎の姿が……。これは困ったのう」

信長は思案しながら先頭を歩いた。四人が住吉大社に着き、辺りを見てみると大社の鳥居や本殿などは、すべて焼け落ち野原のようになっていた。

『こんなとこやけどな、神さまのわしらは、もうここにおるで!』

信長、弥助、助左衛門には分かる姿で、信長たちの前に、勾玉を首にかけ、髪を両側の美豆良(みずら)の結い方をした二柱の男と女の神が現れた。

『よろしゅうな! 底筒男命(そこつつのおのみこと)や。三柱の代表として来たんやで』

『我は気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)にて。仰々(ぎょうぎょう)しき名は神功皇后なり』

「おお……日の本の古き精霊の方々がふたりも!」

弥助が二柱の神々にかしこまって一礼する。

『あんたが弥助やな! 神々の世界は、場所がどこであってもすぐに話が通じるんや。はるばる日の本までよう来たなあ』

底筒男命がねぎらいの言葉を弥助に告げた。

「ありがとう、古き精霊の方々!」

「……底筒男命さま、神功皇后さま。戦国の世とは言え、お社(やしろ)が燃えてしまっては不都合もござろう。儂の代で建て直しが出来れば良かったのじゃが」と信長。

『ほほほ! 寺を、ひとびとをことごとく殺し焼き尽くしたそなたがなんと献身的なことを言う』

気長足姫尊は高らかに笑ってみせる。

「まあまあ底筒男命さま、気長足姫尊さま。いつも、ようお世話になってます」

助左衛門がぺこりと頭を下げ、挨拶をした。

「……みなさん、本当に神さまがたとお話をしているのですか?」

ひとりだけ、ジョアンが首をかしげる。

『仕方ないで。ほれ、これであんたさんも、姿と言葉を分かるようになるで。大丈夫や』

そうささやきジョアンの肩をポン、と底筒男命が叩いた。

「わぁ……!」

言葉と姿を受け取れるようになったジョアンが歓声を上げる。

「ほんとに聞こえる! 見える! ありがとうございます、日本の神さま!」

『ひとりだけ声も聞こえへん、姿も見えへんでは、この先苦労してまうでな。特別や』

『伴天連(バテレン)の、この日の本を荒らすやからにまで優しいことよ、底筒男命殿』

気長足姫尊が皮肉を込めた口調で告げる。

『気長(おきなが)はん……。そりゃこの戦国の世のポルトガルだのスペインだのっちゅう国のやつらは、神の教えを説きながら、実のところはあっちこっちを占領して奴隷を牛馬のように船に乗せ、まるで物みたいに売り買いする。あげくに死ぬほどこき使い、略奪さえする二枚舌もええとこなのはわしも知ってるけどなあ。この子は珍しく違うええ子やし、連帯責任でこの子ひとりにその責を負わせても、ええことはないで』

『確かに……。我らがこれより願うことを成就してもらうため、集うてもろうたこの四人に、我らの姿と声すら分からぬ者がひとりおるようでは困るよの』

底筒男命の言葉に、気長足姫尊が相づちを打った。

「ふむ……願いとはなんでござろうか」と信長が尋ねる。

『信長公。日の本はようやくそなたが鬼となってまでも世の平定をせんと戦い、そろそろ終わりが見えておるが……。世界ではひとびとの世が多く戦(いくさ)をするときを続けていて、こちら側の悪しき魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちも盛んにうごめいておる。出来れば信長公、そなたには船で向かう先々の、そうした悪しき魑魅魍魎の輩を征伐してほしいのぞ』

気長足姫尊の告げた言葉に、信長は乾いた笑いで答えた。

「ははは、さんざんひとびとを弑(しい)した第六天の魔王の儂にそのお役目を、でござるか!? さらに魑魅魍魎殺しの道を行けと」

『さよう。我ら神々、そしてそこにおられる天使たちも、こちら側では悪しき魑魅魍魎の跋扈(ばっこ)する世界に苦慮しておる。そなたら四人には、天瓊戈(あめのぬぼこ)でも草薙剣(くさなぎのつるぎ)でも、鬼切丸(おにきりまる)でも神の力によって調達致すゆえ、行く先の悪しき者どもの征伐を、ぜひに行(おこな)ってもらいたい』

「大陸や半島を攻めよ、というのではないのでござるな。悪しき魑魅魍魎の退治と……これは面白うなってきたのう、弥助、蘭丸、助左」

「本当だ、ノッブ!」

「ええ本当に。でも僕と助左くんは生粋の商人なので、武器の扱いはあんまり分からない気はするんですけど。ね、助左くん?」

「そうやなあ。信春はんと弥助の兄貴は、大層な武器が似合ってええかもしれへんけど、俺らは算盤(そろばん)ぐらいしか使ったことはありまへんで」

『なら、そこのふたりは神術(しんじゅつ)を覚えたらええわ』

「神術、というのは何ですか?」とジョアン。

『まあ、ぶっちゃけて言うてみれば魔法やな。この世の木、火、土、金、水または風、火、土、水、光の力を自在に操れるようになる技や。魑魅魍魎を退治する力にも、味方のケガや毒や病気を治す力にもなれるんやで』

「ええ……僕ら、魔法使いになれるって、助左くん!」

「ははは……。天使とか小鬼の付いた信春はんと弥助の兄貴が一緒やから、どんな旅になるんやろう、楽しみやったけど、まさか神術やて! こらおもろいわ~」

『ふたりとも了承でええんやな?』

「はい!」

「もちろんや!」

『しばらくこの住吉に通いなはれ。わしらが一から教えたるよってに』

「儂と弥助も、神功皇后さまのおっしゃられるような名高い神々の武器はさすがに扱いに困るやも知れぬのでな、魔を祓(はら)う力を持つ、神の気を帯びた刀と矛を一振りずつ所望致そう」

『それくらいならすぐに用意するで! 良かったわ~。もし草薙剣や鬼切丸なんぞと言おうもんなら、わしらはひとさまの倉庫から神の力で失敬するところやったで。気長(おきなが)はんは、何でも豪気に言うて困るわ』

『言葉も武器ぞ、底筒男命殿。勇ましく気圧されるほどの言霊を使ってちょうどよいのぞ。信長公よ、そなたの得意とする鉄砲はなくても良いのか?』

「鉄砲は、多く集めて威力を倍増させる兵力になるのじゃが、旅をする者が四人ではのう。数多くとなればゴブ太郎の出番と言えるか」

『おいらは何人にでも増えられるし、何でもたくさん増やせるヨ!』とゴブ太郎。

「そうじゃな、得物(えもの)をもうひとつ頂けるのなら、このゴブ太郎のために1丁の鉄砲も願いましょうぞ」

『ほほほ……それを無限に増やせば、まさに無敵の長篠の戦をどこでも再現できるの、信長公よ』

「ほんとうじゃ。このゴブ太郎には城のひとつやふたつもやらねばならぬところでござる。はっはっは!」

『とはいえ、我らが渡す鉄砲は、ひとには効かぬゆえ、悪しき魑魅魍魎どもを滅すためのみの用途と考えよ。ほほほ』

「なんじゃ。それではゴブ太郎に城はやれんのう。ハハハ!」

『お城なんかいらないヨ! おいしいお菓子がイイ!』とゴブ太郎が頬をふくらませた。

「なんと無欲な。面白いやつじゃのう、ゴブ太郎は。ハハハ!」

『まことに。小鬼にも良きやからもおるのよの。ほほほ!』

気長足姫尊と信長は笑い合った。

『気長はんはさすがに戦に明るいなあ。もちろん魔除けの力を持った、魑魅魍魎を倒す鉄砲の1丁くらい用意するで!』

『……日本の古き神々の方々。旅のご協力を、まことにありがたく思います』

天使ナナシが礼を言った。

「しかし住吉の方々。悪しき者、という物の見方はなかなかに危のうござるな。外見ではこのゴブ太郎は魑魅魍魎のひとつと言えようが、実のところは良き働きをする愛らしい我が仲間じゃ。魔を払う力をありがたく授かりまするが、ゆめゆめ歯向かう者をことごとく弑した本能寺の前の我が人生、二の舞は致さぬようにしとうござる」

信長は神妙な面持ちで己の人生を振り返り、決意を住吉の神々に告げたのだった。

こうして、住吉大社の神々の力を得ることとなった信長一行。焼き物集めと船への積み込みが終わるころまでに、魔を祓う剣と矛と鉄砲の使い方を信長と弥助とゴブ太郎が、神術をジョアンと助左衛門が覚えることとなった。

(続く)

※ 天瓊戈(あめのぬぼこ)は、最初の男女の神さま方、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)さまと伊弉冉命(いざなみのみこと)さまがおふたりで使用され、混沌とした大地をかきまわして淤能碁呂島(おのごろじま)を作られたと伝わる伝説の矛です。時代を下ると「天逆矛(あめのさかほこ)」とも呼ばれるようになり、天照大神さまのお孫さま、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)さまに受け継がれて、国家の安定を願い矛が二度と振るわれることのないようにとの願いをこめて高千穂峰に突き立てたという伝承があります。

※ 草薙剣(くさなぎのつるぎ)は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)さまが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したとき、その体内から見つけた「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」と名が付いていた神剣です。瓊瓊杵尊さまに受け継がれ、その先に日本武尊(やまとたけるのみこと)さまが所持されました。日本武尊さまが敵に追われた際、草を薙いだことから「草薙剣」の名に代わりました。今も熱田神宮に保管されていると伝わります。

※ 鬼切丸(おにきりまる)は源氏の棟梁、源頼光(みなもとのよりみつ)公が伊勢神宮に参拝をしたところ、天照大神さまが夢の中に「子孫代々に伝え、天下を守るべし」と現れ刀を授かったと伝わる源氏相伝の刀です。配下の頼光四天王のひとり、渡辺綱が鬼切丸を借り、鬼の腕を切り落としたというお話も残ります。現在は北野天満宮に奉納されています。

次回予告

住吉大社の神々から直々に魔を祓う武器と技を授かった信長一行。それぞれの力を試してみます。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりユキナさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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