人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 五十八話「船の上の昼食」
登場人物紹介
織田信長: みなさんご存知、尾張生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。
助左衛門: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋または呂宋助左衛門。
ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。
天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。
五十七話のあらすじ
偽司祭の悪鬼ファルソディオをなんとかするため、虹の竜を呼び出す世界の12の秘宝を求める商売と冒険の旅を始めた信長公一行。アミ族総出の見送りを受けた一行は、スパイスと海産物を積み込み、台湾の緑島を出港したのでした。
五十八話
台湾の東に浮かぶ緑島を離れ、信長一行は琉球の島々の領海へと向かっている。時刻はお昼どきだ。
「そろそろ飯を作るで、ジョアン」
「うん、助左くん。アミ族のひとたちから頂いた新鮮な海産の干物が入ったんだった。それを使おう」
「よっしゃ。ほんなら火の術の練習がてら、俺が魚を炙るわ」
『それならば、こちらを使って頂ければ、楽に火が通りますよ』
天使ナナシが、昼飯の準備に取り掛かろうとしたふたりへ助力をし、ふっ、とその手に七輪と炭とちいさな網のセットを現した。
「わあ、お魚がうまく焼けそうな道具ですね、ナナシさま」とジョアンが目を見張る。
『これは日の本の、今のときからすこし先の時代で使われている料理道具ですよ』とナナシは答えた。
「せやな、ジョアン。俺らの故郷で使ってた、冬に暖をとるための炉にも似てるんやけど、なんかそれよりも便利そうやな。その網は初めて見るわ~。どない作りになっとるんや? えらい便利でなんぼでも売れそうやで」
『針金、という細い金属を糸のようにしたもので網を編むのです。しかし、技術としてまだこの時代には普及させてはタイムパラドックスを起こしますので、使用はここだけに留めておいてくださいね』
ナナシはそっと、助左衛門に言葉でくぎを刺した。
「なんや、ナナシはんはケチやなあ!」
『この神々のいる世界は、神々の見えない世界と密接につながっているのです。こちら側での小さなことが、現実世界とあなたが思う地球の世界に強く影響するのですよ。特に便利な金網については、この時代にはリサイクルも難しいですし』
「ちょ、ちょっとよくは分かりまへんけど、さいでっか。まあ、今からの料理に使えることは、感謝しますわ」
助左衛門は肩をすくめて諦めた。
ジョアンが魚の干物を取りに行っているあいだに、助左衛門は七輪のなかの炭へ、住吉神社の神々から与えられた神術によって小さな火を起こした。
「助左衛門よ、毎日の煮炊きで、そのくらいの火はいつでも出せるようになったようじゃな」
信長が助左衛門の神術の扱いの成長を見て、労う。
「おおきに、信春はん! すみよっさんから教えてもろて、堺の町を船出してから二か月になりますさかい、そらすこしは身につきますわ」
助左衛門が照れる。
「平戸を出てもそのくらい経つか……まつ殿に会いたかろう」
「そらそうや! 澳門で買うた、お菓子のおみやげも『氷凍結』にして取っておいてるし、アミ族の方々から頂いたスパイスも『まつさん、料理に使うてや~』言うてノロケてみたいですやん」
「ならば、琉球で秘宝を探したあと、李朝(李氏朝鮮)や北の蝦夷の地へと向かう前に、一度平戸へ戻ろうぞ」
「ほんまでっか!」
信長の提案に、助左衛門は顔を輝かせた。
「そうだ、助左。会えるときに、愛しいひとには会っておいたほうが、いい」
弥助も信長の言葉に笑顔を見せて同意した。
「おおきに、おおきに、信春はん、弥助の兄貴!」
助左衛門はその決定に、あらんかぎりの力で感謝をした。
「お魚を持ってきたよ、助左くん! あれ、どうしたの?」
「ジョアン! 琉球の地で秘宝を探したあとに、まつさんのいる、平戸へ戻れることになったんや! 一度持つべきものは、察しのいい上のお方やなあ~、フフフーン♪」
助左衛門が、鼻歌を歌いはじめる。
「そっか、良かったね!」
上機嫌な友の様子を見て、ジョアンもつられて嬉しそうな顔だ。
「ナナシさま、お魚を持ってきましたけど、網の上に乗せればいいのですか?」と続けて尋ねる。
『はい、そのあとに火へ風を送るのです』
「了解です。風よ!」と、ジョアンは覚えたての神術「風の舞い」を唱えた。
神術の練習ともなる昼ごはんの準備は、そうして出来ていった。
「ふむ、良い具合に魚が焼けて、美味いものじゃ。天使ナナシよ、この七輪のひと揃え、商売の品にはほんとうにできぬものかのう?」
焼き上がった鯛の塩焼きを食しながら、信長は重ねて問う。
『公のお願いといえど、こればかりは無理なのです。大量の金網がオーパーツとして出てしまいますから』
天使ナナシは申し訳なさそうに、しかしきっぱりと断った。
「この鯛の塩焼きは格別にござるぞ。まあ、ナナシ殿も食いなされい」
信長は魚の身をちぎって天使に差し出す。
『天使はモノを食べなくても良いのですが……確かに美味しそうですね。では、ひと切れだけ頂きましょう』
ナナシはそっと鯛の塩焼きをひと切れ、頬張った。
「どうじゃ、美味いでござろう? かような美味いものを楽に作れる道具を、広めたとしてもバチは当たるまいに」
『……美味しいものをありがとうございます、公。それでもやはり、こればかりはどうしても出来ないお話なのです』
信長と天使ナナシの掛け合いは、しばらく続きそうだった。
(続く)
※ 七輪の道具は、古代から体を温める道具としては存在していたのですが、天使ナナシが出したのは現代のもの(笑) 料理道具として現代のかたちに定着したのは江戸期のようです。京・大阪では七輪ではなく「かんてき」とも。金網については、明治以降の技術のようです。
次回予告
琉球の地へと到着した信長公一行を待っていたのは……。どうぞ、お楽しみに~。
※見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーより地武太治部右衛門さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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