人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 三十四話「入れ歯探し」
登場人物紹介
織田信長: みなさんご存知、尾張生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。
助左衛門: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋または呂宋助左衛門。
ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。
天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。
三十三話のあらすじ
日の本を離れ、西の海へと向かう信長公一行。済州島を通り過ぎようとしたとき、島の最高峰漢拏山に腰をかけた巨大な老婆の神、ソルムンデに「入れ歯を無くしてしまったので探してほしい」と言われ、一行は立ち寄ることになりました。
三十四話
済州島は、火山の島なので深い港湾が無い。このために船が海底に届かずにいられる、出来るところまで近づいて、キャラック「濃姫号」の錨を降ろすと、一行は小舟で透き通った海の水を漕ぎ分けて島に上陸した。
『ふぇー、ふぇー』
海岸で、巨大な体をすっかりと小さくしたひとりの老婆、ソルムンデが出迎える。
『老体のナーでは、難しいところだった、ゴマップスゥダエ、と言っていますよ』
天使ナナシが済州島の神、ソルムンデの言葉を伝えた。
「ゴマップスゥダエ?」とジョアン。
「済州の土地の言葉で、ありがとうっちゅう意味やで、ジョアン」
堺の街で育ち、さまざまなところから訪れる船乗りたちと接して主に東洋のさまざまな言葉を覚えた助左衛門がそっと訳した。
「そっか、カムサハムニダじゃないんだね」
ジョアンははるか西方、ヴェネツィアの地を離れ、ポルトガルの帆船に乗ってアフリカは喜望峰回りの航路で日本にやって来た少年だ。いくつかの土地の言葉にも明るいが、さすがに明と李朝(李氏朝鮮)と日の本のあいだにぽつりと浮かぶ小さな済州島の方言までは及ばなかった。
「それは李朝の言葉で、自分よりも偉いおひとへの『ありがとうございます』やな。ありがとうにもひとつひとつ土地のことばがぎょうさんあるのは、ほんまにおもろいなあ」
「ほんとだね」
ジョアンと助左衛門は笑い合った。
「それでは、ソルムンデ殿の入れ歯を探すとしようぞ、蘭丸、助左、弥助よ」
「分かった、ノッブ!」
信長の一声に、弥助が快く応じる。
「三人は海岸を主に探すが良い。島の山や森のなかは、人手が要るゆえに、ゴブ太郎の分身の出番じゃな」
『入れ歯を探せばいいんだネ! あとでこの島のお菓子が食べたいナ、ノッブ』
『ふぇー、ふぇー』
『あとで、みかんクァジュルをあげようね、だそうですよ』
『わーいわーい! おいら、一所懸命探してくるネ』
ゴブ太郎は、それを聞いてさっそくたくさんの分身を作ると、紅葉を迎えている済州島の美しい森のなかへと入って行った。
「じゃあ、僕らも海岸へ行ってきます、上様」
「うむ。朗報を待っておるぞ」
そうして、若者三人が海岸へと入れ歯を探しに行き、残ったのは信長と天使ナナシ、そしてソルムンデだった。
『ふぇー、ふぇー』
『ナーには五百人の将軍になった息子がいた、公はすこし子どもたちに似ている、そうですよ』
「儂のことでござるか。……さように思うてくださるのは、光栄なことにて。ソルムンデ殿は、我が母に似ておられるかもしれませぬ」
信長はかすかに微笑んだ。若いころ、品行方正だった同母弟の信行とは違い、大うつけと呼ばれた自分を疎んじていた母、土田御前のことを思い出したのだ。
戦国の世の倣いとして、兄の信長と弟の信行とで殺し合うこととなり、実の兄弟が戦わねばならないその姿を母に見せたことは、信長の心に深く悲しみとして刻まれている。信行を誅殺してのちは、母は信長のもとに戻り、彼の子どもたちや、妹のお市の子どもたちの面倒を見てくれてはいたのだが。
母、土田御前は今も存命中だ。しかし本能寺で討たれたと、表向きにはなっているため、アフリカへ弥助を届けたのちに日の本へと戻ってきたとしても、もはや会うことは叶わないかもしれない。
「どれ、ソルムンデ殿。肩でもお揉みしましょうかの」
『ふぇー、ふぇー』
『ゴマップスゥダエ、と言っていますよ』
「ふ、ありがとう、じゃったな」
信長はソルムンデの背後に回り、その小さな両の肩を揉み始めた。
「ん……? なんじゃ」
ふと、ソルムンデの背に視線を落とすと。そこには、ひもでぶら下がった金色の入れ歯が、あった。
(続く)
※ 「カムサハムニダ」と「ゴマップスゥダエ」の違いは、現在の北朝鮮、韓国の地域の言葉と済州島の言葉の違いですが、お遊びとしてこの神話×歴史ファンタジーのなかでも扱ってみました。
※ みかんクァジュルは、済州島の伝統的なお菓子です。柑橘類のエッセンスが入ったポン菓子みたいな感じかも。現代のお土産ですけれども、筆者も食べてみたいという気持ちが高じ、時空を超えてご登場頂きました(笑)
※ ソルムンデおばあさんの子どもに、五百人の将軍がいたというお話は、神話をもとにしています。けっこう猟奇的なお話なので、その詳細はまた次回に。
※ 信長公の生母、土田御前は、大うつけの信長公よりも、弟の信行氏をひいきにしていたという表現はわりとありますが、史実としては信行氏の死後に織田家の面倒をしっかりと見ているので、それほど仲が悪かったわけでもないかもしれません。
次回予告
入れ歯を見つけた信長公は、探していた皆を呼び戻して、ソルムンデお婆さんの手料理を頂きます。
どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりumuさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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