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人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 三十五話「ソルムンデお婆さんの作った参鶏湯を頂く」

登場人物紹介

織田信長おだのぶなが: みなさんご存知、尾張おわり生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春おだのぶはる)」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助やすけをアフリカへ送り届ける旅を始める。

弥助やすけ: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともにつ。

ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。

助左衛門すけざえもん: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久いまいそうきゅうの弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋なやまたは呂宋るそん助左衛門。

ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。

天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。

三十四話のあらすじ

ソルムンデお婆さんの入れ歯探しを若者三人と、ゴブ太郎に任せる信長公。天使ナナシの訳を通じて老婆と話す信長公は、彼の母である土田御前を思い出し、彼女の肩を揉むことに。そこでなんと、ソルムンデの背にひもでぶら下がっていた入れ歯を見つけたのでした。

三十五話

現代には韓国のハワイと言われる済州島ちぇじゅとうの、戦国の世へさかのぼっても変わらずどこまでも透き通った海。そこに一日の終わりを告げる太陽が、あたりを温かな桃色に染めて沈んでゆく。

「綺麗なものじゃのう。乱世に、忙しく日を過ごしておったときには、かような海をじっくりと見たこともなかったわい」

信長は、入れ歯探しから戻ってきた弥助、ジョアン、助左衛門、そしてゴブ太郎とともに、帰りを待っていた天使ナナシも加わり、ソルムンデが浜辺に用意した焚火たきびにあたりながら夕焼けの空を眺めていた。焚火には鍋がかけられていて、小さな背の老婆は火の加減を見ながら料理を作っている。

「ほんとうだな、ノッブ! オレの故郷、アフリカの大地に沈む太陽も、この海に沈むのとは違うが、大きくて美しいんだ」と弥助が懐かしそうに言った。

「僕の故郷ヴェネツィアは街で、東は海だから、すこし行けば朝日は見られるんですけど……海に沈む夕日は、ほんとうに綺麗ですね、上様」とジョアンも夕焼け空に見惚れている。

「堺の街は、西に海があるさかい、夕日を見られんこともないねんけどな。この済州島の夕日は格別やわ。こんな極楽みたいなところがあるんやなあ」

助左衛門も暖かな桃色に染まった空を、じっと見ていた。

『ふぇー、ふぇー。ここは、ナーわたしが島を作ってから、ずっとそうじゃ。さあ、夕餉ゆうげがそろそろ出来上がるでな。さっそく、おあがり』

入れ歯をはめて、ようやく話せるようになったソルムンデが、皆に夕食のおわんを配った。参鶏湯サムゲタンだ。

「これは……汁に入った肉と、ネギやショウガにござるかな」

信長は日の本では食べたことのない料理とその香りに興味津々だ。

「何の肉だ、お婆さん」

弥助が聞くと、ソルムンデはにやりと悪い笑みを浮かべた。

ナーわたしの肉じゃ』

「なっ」

『冗談じゃ、冗談。ふぇー、ふぇー』

驚いた弥助の顔を、ソルムンデはさもおかしそうに見て笑った。

『とはいえ、言い伝えのなかでは、息子たちに鍋料理を作っていたら、鍋の中に落ちて、ぐつぐつと煮込まれ、息子たちが知らずに食ってあとで気づいた、という話になっているときもあるでなあ。ふぇー、ふぇー』

「それはちょっと猟奇的な物語ですね、ソルムンデお婆さん」とジョアンがかすかに震える。

『ふぇー、ふぇー。島を作ったナーわたしが入る鍋なんぞ、どれだけ大きいのかという話もあろうよな!』

「ふ、さまざまなところに残る神話の物語とは、ときに荒唐無稽こうとうむけいと思うたり、その地を治める者たちの血族を崇めさせるための話であったり、古来からのひとびとの思惑が重なるものじゃが……それは面白うござる。敵将の首を前に、幾度も祝杯をあげたわしじゃ。ソルムンデ殿の肉が入っておろうと、なんのなんの。頂きますぞ」

『ふぇー、ふぇー。豪気じゃの。参鶏湯は鶏肉じゃ。ネギとしょうがとニンニク、酒を少々入れてある料理だでな。安心してお食べ』

夕日が落ちて、暗く、すこしだけ肌寒い夜が訪れた済州島の浜辺で、焚火にくべられた鍋からお椀に分けられた参鶏湯は、一行の口に次々と運ばれ、そのシンプルなうまみと温かさをソルムンデとともに分かち合ったのだった。

(続く)

※ 参鶏湯は半島の地の代表的な料理のひとつ。ニンニク、ショウガ、ネギといった体が温まる食べものが入っているので秋から冬にかけてぴったりです。

※ ソルムンデお婆さんが、鍋のなかに落ちて料理の具になってしまい、息子たちが知らずに食べてあとでそれを知り、泣いたというお話は済州島の神話のひとつです。

次回予告

ソルムンデが世話になったことを知り、500人の息子の代表者が、李朝の地での協力を申し出ます。そして信長公一行は済州島を離れ、ポルトガルの居留地マカオへ向けてキャラック帆船「濃姫号」を走らせるのでした。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりよよぴさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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