創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」39話 恋人たちはノマド .af (アフガニスタン2)
38話のあらすじ
古くから東西の文明の文化も戦争も通り、翻弄された地、アフガニスタン。ジョニーと絵美は、大天使ジブリ―ルが見守る青空の下で、23世紀にようやく誰もが食べていけて、戦争のない地となったこの国の首都、カブールの空港に降り立ったのだった。
39話
場所: 地球、アフガニスタン(ドメイン .af)
記録者: 絵美(エミ) マイジェンダー: やや女性 19才
出身地: 日本 趣味: ネコとたわむれること
カブール空港にメタルクラッド飛行船を留めて、ジョニーとあたしは悪路もへっちゃらな4WDジープでアフガニスタンの東部へと向かっている。目指す先はカブールの東、ジャララバードの北東にあるガンベリ記念公園だ。
ゴトゴト、とよく揺れるジープ。悪路を通るので、凹んだり盛り上がったりしたところをハンドルやブレーキやアクセルで乗り越える、人間のタフさと臨機応変な感覚を必要とするところでは、まだ自動運転は使われていない。
それは火星での暮らしも同じで、広大な火星の土地を探査し、ほんのすこしの生活資源を完全な循環技術でもって運用する実験段階だから、そのためのフロンティア・ロボや生活の基盤のコロニーでは、緊急対応が出来るように完全な自動運転や自動制御にはなっていないんだよね。
「慈悲深く、慈愛あまねきアッラーの御名において……讃えあれアッラー……」
ガブリさんという、エジプトから来てアフガニスタンで車の運転手をやっているおじちゃんが、ハンドルを握って陽気に歌っている。ガブリさん曰く、祈りの詩、をとても大切にして、何かあれば歌うひとたちの多いこのアフガニスタンの地に魅せられ、仕事のように詩を大切にする人生を送りたくて住むようになったんだって。
今、ガブリさんが歌っているのはコーランの冒頭だ、くらいはあたしにも分かる。日本でも、古事記に残る神話ではスサノオノミコトさまが和歌を吟じた物語があるし、世界各地の古い神話も叙事詩や、聖書でも詩篇といった、歌は大切なものとして残されている。イスラムの地では、開祖のムハンマドさまが詩人とされていて、そのあとも著名なルミなど、詩人がとても重要な、ヨーロッパだと守護聖人のような立場で受け入れられてきた。口伝での即興詩が常に生まれる、そういう精神的な土壌がアフガニスタンにもあるんだね。
「カカ・ムラドを知っているか? はるか海のかなた、日本からやって来たまことの神のお導きにより、我ら幾千万ものアフガニスタンの者たちを、飢えや病からお救いになったお方……」
ガブリさんの歌は続く。あたしが日本人だ、というのを聞いて、これから赴くガンベリ記念公園の近く、砂漠を貫くマルワリード用水路を現地のひとびととともに作った200年前のお医者さんカカ・ムラド、中村哲さんを褒め称える歌を披露してくれてるみたい。
度重なる戦争や干ばつで、ひとが捨てた砂漠の多かったアフガニスタンの地。水量の豊富な川の近くは、中村哲さんが始めた用水路のやり方が現地のひとたちに受け継がれ、23世紀の今、砂漠から緑の溢れる森や草原や農地へと変わっていた。
21世紀の、中村哲さんが銃弾に斃れたころには、彼のおかげで65万人のひとびとが飢えから救われた、と言われていたけれど。その後、政権がタリバンという、そのころの欧米からは、ならず者として認識されていたグループに移って。銀行のお金が凍結されたりして資金難となったときも、自分のお給料はあとでいいから、用水路を作らせてほしいとたくさんの現地のひとたちが望んで事業は続けられたんだって。
ガブリさんの歌の「幾千万もの」すべてのアフガニスタンのひとたちが、戦争も飢えもない時代を迎えた23世紀の今がある。それは、中村哲さんの遺志を継いで、自然に負担をかけにくく、ひとの手でメンテナンスがしやすく、電気も使わない、江戸時代に中村哲さんの故郷九州で作られた「山田堰」という用水路のやり方が拡がっていったからなんだね。
『カカ・ムラド、彼の望みは今こそ叶い……』
ジープの外で青空を飛ぶ大天使、ジブリ―ルさまも歌をつないでいく。
「ほら、ふたりも歌って!」
ガブリさんがあたしたちを誘う。どうしよう、カラオケやドリームゲームのなかのVRフェスとかで、誰かの曲を聞いたり歌ったりしたことはあるけど、こんなふうに誰かの詩をもとに、つづきを自分で、しかも即興でやるなんて、なんという無理ゲー!
「……じゃあ、僕もやってみます」
「ジョニー!?」
「絵美、大丈夫だよ。ガブリさんとジブリ―ルが歌ってる音の流れは、そんなに複雑なものじゃないし、聞いていれば、なんとか」
やれるんだ!? よーし、じゃあ下手っぴぃかもしれないけど、あたしも即興詩、挑戦してみる。天国の中村哲さんにも届くような、アフガニスタンの調べに乗せた歌を!
(続く)
※ 2022年現在も続けられている、中村哲さんの遺志を継いだ用水路の事業については、ペシャワール会さんの記事を参考にいたしました。
次回予告
ジョニーと絵美の即興詩は、青い空に運ばれて……。7月中旬の投稿を予定しています。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーより本田しずまるさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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