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エッセイ|浅瀬の硝子V_運動音痴だったこと

今日の午後、窓を開け放していたら小学生らしい男の子たちの元気な声が聞こえてきた。なんとか君への応援と、運動会の歌。私にも歌った覚えのある白組の応援歌だった。もうすぐ運動会なのだろうか。たしかにそんな季節だ。

小学生の頃の私は運動がからきしだめで、足も遅ければボールも投げられず、体育は唯一の苦手教科だった。自分は「勉強はできて運動はできない子」だと思っていた。
中学に上がってもその苦手意識は拭われなかったけれど、少し変化もあった。練習を重ねて技術を習得するという体験があったのだ。
体育専任の教師が教えてくれるからなのか、学年が上がったから技術的な指導が増えたのか、中学の体育では地道な基礎練習をたくさん積まされた。正しいラジオ体操、バスケットボールのパス、バレーボールのサーブ。そういったものが試験の対象でもあり、試験に落第しないようにと気合いを入れた記憶もある。運動部に入ったことのなかった私には新しい経験だった。
そうした地味な練習の中で、「身体をこう動かすとこうなるんだ」という論理のようなものが見える瞬間があった。小学生までの私の運動に技術や論理や思考はなく、がむしゃらにやるか運を天に任せるかのどちらかだった。それが、考えながら身体を動かすというステップに進めた。おそらく、小学生から何かの運動に打ち込んだ人や休み時間の外遊びで友達と競った人なんかはとっくに経ていた段階だったのだろうけれど、私はどちらでもなくて、そんなことさえ分かっていなかった。
中高とそんな体育の授業を受ける中で、運動が得意になったとまでは言えずとも、苦手意識は薄れて足も速くなった。球技大会でチームの足を引っ張らずに少しは貢献できたのも、小学生時代の私では考えられなかったことだ。

この近所でもうすぐあるらしい運動会でも、きっと気の重い子やビリになる子がいるだろうけれど、彼らにも知略で走れるときが来たらいい、と思う。

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