複数のPCR検査の感度が独立ではないことを説明してみる

この話が最も話題になっていた頃は私はツイッターアカウントを持たず、たまに見ているだけであったが、議論を興味深く見ていた。ちょうど前回の記事で検査について書いたので、複数のPCR検査の感度が独立でないことの説明を試みてみる。

もともとの主張は概ね以下のようなものだと思う(数値に違いがあるかもしれないが、数値の違いは概念には影響はない)

仮に鼻腔スワブによるPCRの感度が70%、唾液PCRの感度が70%であるとすると、2回とも偽陰性の確率=0.3×0.3=0.09
よって少なくとも1つが陽性になる確率= 1-0.09=0.91

上記の事象を言い換えると、1つめの検査が陰性でも陽性でも、もう一方の検査の感度は一定で変わらない(=70%)ということになる。これは偽陰性になる要因がランダムであれば正しい。実際に検体採取とそれ以降で偽陰性をきたす原因としてランダムな要素が多いのではないだろうか。

独立であるという主張の背景は以下のようなイメージを持っているからだと想像する。

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しかし、過去の記事で述べたように、臨床感度では検査で検出できる閾値に達していない患者がどのくらいの割合で混ざっているかが重要な要素である。

前回の記事より図を再掲。

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なぜ複数の検査が独立でないか、以下の図のように理解するとわかりやすい。まずは単純化してランダムな要因によるエラーのない場合を考える。以下の図では10人の患者中3人が感染間もなく、検査によって検出されない。残りの7人は100%検出される。この集団で陽性になる確率は70%である。我々が臨床的には感度が70-90%という場合はこのような集団の状況を反映し、感染後間もなく、検査で検出されない患者を含んでいる上での数字である。

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ここで、一回目の検査が陰性だったとしよう。次の検査が陽性になる確率は何%か? 一回目の検査が陰性であれば患者群Aであったことになり、次の検査の陽性となる確率は0%である。

感度に影響を与える要因がランダムなものだけであれば、先述のように2回目の検査で陽性になる確率も変わらず70%だ。しかし、上記のような現象が臨床では起きているため、臨床的な感度の数字を複数の検査が独立として用いると実際の結果とは合わなくなる。

複数検査が独立であるという主張は臨床的な感度、例えば70%-90%という数字がこのように集団の特性を反映した数字であることが認識されていないからだと考える。

次に上記のようなウイルス量が少ない患者でも少ない確率で検出される可能性があると仮定して計算してみる。数値を変えてみても同様である。例えばウイルス量が少ないものの20%の確率で検出される患者と、ランダムに発生するエラーがなければ90%の確率で検出される群が混じっているとする。すると、以下のような状況になる。(注)

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この集団における臨床的な感度は0.2×0.2+0.8×0.9=0.76→76%である。この数字を用いて、2回の検査が独立だとして1回は陽性になる確率を計算すると→1-0.24×0.24=0.9424になる。

しかし実際には

Aの群で検査を2回行い1回陽性になる確率は
(1-0.8×0.8)=0.36
Bの群で検査を2回行い1回陽性になる確率は
(1-0.1×0.1)=0.99
この2パターンが混在するので
0.2*0.36+0.8*0.99=0.864

と独立を想定したときより感度が低い。

想定されるツッコミ→各群では結局複数の検査が独立ではないか?各群ごとの感度を用いればいいのでは?

理論上はそうだが、臨床では目の前の患者がAに属するのかBに属するのか簡単にはわからない。臨床医はその臨床経過からこの患者では偽陰性の率が高そうとか、低そうとか想定するのだが、正確にはわからない。

また、本来は上記よりもっと複雑で、様々な状況の患者が混在している。1人1人の陽性になる確率はわからない。仮にその個人でランダムな要因を考慮して検出される確率がわかれば、その数値を用いて複数検査が独立として最低1回は検出される確率が計算できるでしょう。しかし、そんなことは現実にはありえない。手元にある数字は多様な患者を含む集団で臨床感度を推定した70-90%という値である。この数字を用いて複数の検査が独立と仮定し、複数検査の感度を推定するのは誤っているのである。

注)これらの数字は説明のためのもので、数値自体に特に意味はないことを断っておく、単純にこのような現象を説明するためのもので、数値に影響されない。集団の1人1人がすべて同じ確率で陽性にならない限り上記と同様の事象(独立を仮定して計算した最低1つの検査が陽性になる確率と、実際に最低1つの検査が陽性になる確率の不一致)が起きる。

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