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ワクチン接種者で感染者数が多い?‐解釈の注意点


イスラエルでワクチン接種済みの感染者数の方が、未接種者よりも多いためワクチン接種によりリスクが上昇するという説を見かけた。このような粗い分析のデータの解釈には注意が必要である。

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①分母を考慮する
②比べる集団の属性を一致させる

①分母を考慮する

まず、すでに話題となっていたが、接種率が高ければ感染者に占める既接種者の割合が高くなる。単純な例として仮に全人口が接種していたらすべての感染者は既接種者になる。

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ではここで実際に感染者数における既接種者、未接種者の比を基にワクチンの効果を計算してみる(注1)。すると以下のように計算できる。


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なんと20-29歳ではワクチンの効果がマイナス→感染者数増加に!

ちょっと待ってほしい。接種後となっているけど一回接種、2回接種の情報がないのでは?

ここで以下のサイトからデータがダウンロードできた。ウェブサイトはヘブライ語だがcsvファイルは幸い英語。(注2)

するとこれらの数字は

2回接種から20日以上経ている群

一回も接種していない集団

における感染者数であることがわかった。元のテーブルの期間(6月27日~7月3日)でみると1回接種後の感染者はいない。

次にワクチン接種者をみてみると。下記のサイトから以下のデータが得られた。(注3)イスラエルの年齢ごとの人口推計(注4)を用い、接種率を計算(以下の表の2回目接種率)。数値が先のツイートと概ね似ているが若干異なる。その理由は不明だが、利用した人口データの違いかもしれない。

https://data.gov.il/dataset/covid-19/resource/57410611-936c-49a6-ac3c-838171055b1f

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注意点として、先ほどの感染者数の比は2回目接種から20日以上経ている群と、未接種者のみのグループでの比較である1回のみ接種したグループを除いて計算する必要がある。これによって計算した割合が上の表の右端である。

この割合を用いてワクチンの効果を再計算したものが以下。修正前の計算より推定値が高まり、20-29歳でもワクチンによって感染者数が減少していることになる。

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それでも報告されている効果よりもかなり低い!?

ここで②比べる集団の属性を一致させることが重要になってくる。

ワクチンを含め何かの介入の効果を調べる場合はその介入以外の条件を揃え必要がある。実は上記の分析は年齢以外の要素が全く考慮されていない(ここには貼らないが別のアカウントによる似た分析では年齢ごとの接種率が考慮されていない)。ではどのような要素を考慮する必要があるだろうか?

そもそも誰かが陽性者として統計に把握されるためには感染し、検査を受けて、陽性が確認される必要がある。そのプロセスには以下のように、ワクチン以外にもいろいろな要因が影響を与える。ワクチンを接種している群と、未接種の群でこれらの要因が異なっている可能性が高く、単純に比較できないのである。

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例えば以下の要因は陽性者として報告される可能性を高める

リスクがある行動をとるため感染しやすい
医療アクセスがよい地域に居住しているため検査を受けやすい

ワクチン接種者でこのような要因があると感染者数が多くなる→ワクチンの効果が低く見える。

また、既感染者がワクチン接種を避けていたらどうだろうか?

既感染者は再感染のリスクが低下→既感染者かつ未接種者が数に含まれると未接種者の感染リスクが低く推定される→ワクチンの効果の過小評価

このように、ワクチン以外の要因を「調整」する必要があり、そのような手法が疫学研究では用いられる。実際に英国カナダにおける分析ではこのような他の要因を考慮した研究デザイン・統計解析がなされているし、デルタ株への効果ではないが有名なイスラエルの研究もこのような要因が上手く調整されている。

英国による分析↓

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さて、ワクチン接種者で○○の要因が多いかもしれない云々は憶測でしかないという指摘もあるだろう。(追記:注6参照)その通り。他の要因のデータがないため、実際のところはわからない。ワクチン接種者で効果が「高く推定」されている可能性があると他の要因を上げることもできるかもしれない。しかしながら、他の研究からは効果が示されており(低下がみられているが)、どの疫学研究でも効果の推定には限界があるものの、前述のような解析よりは信頼できる。それらを考慮すると現時点でイスラエルにおいてワクチン接種者の方がリスクが高いということは誤りであろう。

SNSで流れてくるような単純な解析は信頼性が欠け、解釈が困難である(注5)。最初の例のように公開されている単純なデータから、正確な効果を推定するのは難しい(不可能に近い)。もちろん分析方法が誤っていても結果として結論が一致することもあるが、外れる可能性も大いにある。

現在のところ、専門家によるより適切な分析がタイムリーに発表されているので、これらの結果を参考にしていくことが大事である。とりあえず、既存の知見と大きく異なるような結果がSNSで流れてきても、まずは内容を疑い専門家による分析を待つほうがよいだろう。


追記(7月15日):年齢ごとの感染者数の推移がありました。上が実数で,下が人口10万人あたりの感染者数。こちらは接種者vs未接種者の特徴の違いを気にしなくてよいのが利点です。ワクチン接種が行われていなかった20歳未満では人口10万人当たりの感染者数が20-59歳と逆転し、その傾向はいまのところ持続しています。このような変化は時間経過に伴い2つの年代に違う要因が働かないと起きませんが、もちろんワクチン接種拡大が最も大きなものです。20歳未満での接種が進めば発生率の年齢ごとの大小はもとにもどるかもしれません。

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脚注

注1)計算式は以下

N=母集団の数、p=接種率、I=罹患率、e=ワクチンの効果とする。
すると、ワクチン接種の集団における感染者数(Cv)は
Cv=N*p*I*(1-e)
未接種者における感染者数(Cu)は
Cu=N*(1-p)*I
すると感染者数の比(r)は
r=Cv/Cu=p/(1-p)*(1-e)
ワクチンの効果e=1-r*(1-p)/p

ここで「効果」と言っているがワクチンの効果は複数に分類できる。上記の計算で推定できるのは直接的な効果。間接効果は上記の計算では含まれていない。間接効果により+αで未接種者・既接種者のリスクが減少している可能性がある。


注2)データセットは以下から直接ダウンロードできる
https://data.gov.il/dataset/covid-19/resource/9b623a64-f7df-4d0c-9f57-09bd99a88880/download/cases-among-vaccinated-84.csv

注3)データセットは以下
https://data.gov.il/dataset/covid-19/resource/57410611-936c-49a6-ac3c-838171055b1f/download/vaccinated-per-day-2021-07-10.csv

注4)人口推計値
https://population.un.org/wpp/

注5)今回のツイ主はデータソースを示し、公式のデータを用いているが、そもそもデータソースがないと情報が確認できないし、ソースがあっても使用したデータが誤って解析されている場合もあるかもしれない。このような点でも流れてくるデータには注意をした方がよいと思う。もちろん私も間違っている可能性があるので、計算などでおかしな点があればぜひ教えてほしい。

注6)以下の情報を教えてもらいました。自然感染指向で自然に獲得した免疫をもつというのは上記に挙げた例にあてはまりますね。これらが「未接種者」に含まれてワクチンの効果が低く推定されます。
未接種者がアラブ地区に偏在してまだデルタが未拡散であると、上の図に例として挙げた感染リスクの違いに関わってきます。未接種者の多い集団でデルタ株が未拡散のため感染リスクが低く、接種者の多い集団でデルタの流入で多いというように条件が異なるとワクチンの効果が低く推定される。




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