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vpixiv事件の「呪文」は、本当に有効なのか?

こんな事件がネットを騒がせていました。

日本のイラストや小説の投稿サービスである「pixiv」について、その内容をほぼそのままミラーした「vpixiv」というサイトが発見されました。もちろん本家pixivの許可など取っているはずもなく、無断転載にあたるものです。

そして、それがおそらく中国から行われているものだ、ということもわかりました。pixivは本来、中国側からのアクセス規制により通常の方法では中国国内から閲覧することができないのですが、それを回避して中国から見られるようにする意図のものと思われます。

このことが日本のネットで騒ぎになり、すぐにpixiv側がデータ取得リクエストを遮断する措置をとりました。現在では当該サイトを訪れても、「このサイトは永久に閉鎖しました」という旨のメッセージ(中国語)が表示されるのみになっています。

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この騒動に絡んで、無断転載への対策として「天安門事件」「台湾独立」などの中国国内で政治的にセンシティブな文言をプロフィールページに書き込んだり、作品にそれらのタグをつけるという方法がpixivユーザーのみなさんの間でシェアされていました。

なかにはこれを、「呪文」や「魔法の言葉」としているようなものも見られました。

ここに、僕は少しひっかかりました。本当にこれが対策として有効なのか、疑問に思ったのです。

まず、これらのワード自体はたしかに中国国内でセンシティブな言葉(中国語では「敏感詞min gan ci」という)として扱われているものですが、これらのワード自体に反応して自動的にあるサイトが見られなくなったりするというケースは、それほど多くないように思います。

たとえば「天安門事件」についてですが、この文言が書かれたページが中国のネットでは存在できないという訳ではありません。このワードを中国の検索最大手である百度で検索すると、センシティブとされる1989年の天安門事件についてはたしかに情報が出てこないものの、1976年の「四五運動」といわれる政治闘争については結果が表示されたりします。

百度の検索結果より

「台湾独立」なんかにしても同様です。たしかに台湾の独立を強く訴える内容などがすぐに消されてしまう、といったことは考えられますが、たとえば「『台湾独立』を目論む勢力は絶対に許さない」というような文言が出てくる場合もあるわけです。ワードに自動的に反応するのであれば、そういった内容もすべて規制・削除されることになってしまいます。

現実には、ネット上のコンテンツの規制などは各プラットフォームがそれ用に人員を配置して行っている部分もあり、完全に自動化されている部分はそれほど多くないというのが個人的な認識です。
(2022/09/03追記:この部分に関して、複数のご意見をいただきました。下部に追記しています)

なので、今回の「中国のネットにセンシティブなワードが放り込まれたから、すぐに見られなくなった」というストーリーが、どうも腹落ちしません。

実際にこの方法でアカウントがvpixiv側から見られなくなったというpixivユーザーの方もいたようですが、前述のpixiv本体によるデータの遮断とそれが重なっただけじゃないのかな、と個人的には推測しています。

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もうひとつ、このvpixivというサイト自体に関しても、少し疑問があります。

Twitterでフォロワーさんから教えていただいたことをもとに確認したのですが、件のvpixivというサイトは、中国向けにインターネットサービスを提供するのに必要である「ICPライセンス」を取得していなかったようなのです。

本来、これを取得したサイトはページ下部にそのライセンス番号が書かれているのですが、当該サービスが生きていた頃のキャッシュを見る限り、その形跡はありませんでした。ということは、このサイトは中国でも大手を振って展開しているものではなく、おそらく個人単位でコソコソとやっていたものだと考えられます。

前述のICPライセンスを取っているちゃんとした企業の提供するサービス、それも大手のサービスであれば、本当にちょっとしたことでアップロードしたものが消されたり、規制をくらうということはあり得ます。それこそ前述したような、自主規制の体制がそこに存在しているからです。

いっぽうで、そのライセンスすら持っていなかった野良サイトのvpixivとやらが、そこまでの管理体制を持っていたかどうかというのは疑問です。まずはセンシティブな文言が書かれたということに気がつかないといけないし、それをしらみつぶしにチェック・削除していく作業も必要です。vpixivがそういったリソースを持っていたというのは、あまり現実的ではないような気がします。

ストーリーとしては、vpixiv側がセンシティブなワードに恐れをなしたというよりは、単にコソコソやってるのが日本側にバレて大騒ぎになった気配を察知、あわてて雲隠れした、というほうがしっくりきます。

やはり、いわゆるセンシティブなワードで中華パクリサイトを撃退した! ということの蓋然性は、それほど高くないように思えます。

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誤解なきように付け加えておくと、この「呪文」にまったく意味がないと断定したいのではありません。日本側の反応としてセンシティブなワードがみられたことがある種の威嚇になった可能性はゼロではありません。また今回の件以外で、中国での無断転載への対策としてこの方法が有効な場面も存在するかもしれません。

またもちろん、無断転載それ自体に関しても許されざるべきことであり、何らかの措置が講じられるべきことではあると思います。pixivユーザーのみなさんの権利が、適切に守られるべきなのは当然のことです。

ただ、ここまで書いたように、今回の件に関しては先方の閉鎖と「呪文」との間には、それほど強い因果関係はなかったのではないか、というのが個人的な見立てです。

その意味で僕が少し気になるのは、この方法が中国における無断転載への自衛手段として有効であるということが、ほとんど確定事項として広まりつつあるように見えることです。

仮にこの方法がそれほど有効ではないのだとしたら、作品にこれらのワードを関連させる意味はあまりありません。また、一時的な防衛策にはなったとしても、すぐに何らかの形で回避されてしまうことも考えられます。

ましてや、そこで扱われるのは政治的にセンシティブなワードそのものなわけですから、それが別種のリスクを生む可能性もあります。たとえば、一部の過激なグループに反中国的な勢力とみなされてしまい、何らかの妨害を受けて活動に支障が出るケースなどです。「呪文」の運用には、くれぐれも慎重であるべきだと考えます。

最後に個人的意見をまとめておくと、

・今回の件について「呪文」が機能したのかどうかには、少し疑問が残る

・そのほか無断転載対策としての「呪文」の効果は、完全には否定はできないが、それほど万能なものではないと考えられる

・「呪文」を運用することには、別種のリスクもある

ということになります。

くどいようですが無断転載を肯定するものでは絶対にありませんし、また今回pixivユーザーのみなさんが取られた措置を否定する意図は一切ありません。

ただ、中国にそれなりに関わってきた人間の見立てとして、今後のご活動の参考としていただければと思い、これを書いてみました。

お読みいただきありがとうございました。

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(以下、2022/09/03追記)

センシティブなワード検知の自動化に関して、技術的には可能ではないかという意見を複数いただきました。

代表的なものとして、深圳で技術関係の活動をしている高須正和さんのものを紹介します。

そのほかvpixiv自身に関しても、変更がほぼリアルタイムで反映されているのを見た人や、措置を講じた人のプロフィールだけが見れなくなっていたケースもあったということで、検閲はある程度自動化されていたのではないかというお話をいただいたりもしています。

このあたりは、僕が技術的なことについて理解が足りないまま書いてしまった部分があるかもしれません。このあたりを踏まえて、改めて記事をご参考いただければと思います。

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