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中国語の「以上」「以下」、基準の数を含まない説を検証

華村と申します。好きな説は「下層YouTuber、地獄説」です。

先日、中国人の同僚と話をしていたら「中国語の「以上(yǐ shàng)」「以下(yǐ xià)」は、基準の数を含まない」という話が出てきました。たとえば「五以上」と言うとき、5はその指す範囲に含まれないというのです。

小さなころから「以上、以下(いじょう、いか)は基準の数を含むんだよ」と口酸っぱく教えられてきた日本人にとっては違和感があります。

Google検索したところ、同じことを断定的に書いている日本語記事もたくさん見つかりました。

しかし、他人の言うことを鵜呑みにしていてはいけません。実際の中国語における「以上」「以下」の定義や運用について、調べてみました。

辞書での定義

まず手持ちの中日辞書で「以上」「以下」を引いてみましたが、基準の数を含むかどうかについてはっきりした言及はありません。

以上以下.001

続いてオンラインの中国語辞書(https://www.zdic.net/)で引いてみましたが、ここにも言及はなし。

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(順序、程度、数、位置などがある一点よりも上であること。)

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(順序、程度、数などがある一点よりも下であること。)

他にもいくつかの辞書にあたってみましたがどれも似たり寄ったりで、基準の数を含むかどうかについては言及されていません。

ちなみに日本語の国語辞典では、「以上」「以下」ともに基準の数を含むことが明記されています。例えばweblio辞書での「以上」の語釈はこちら。

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法律上では、日本語と同じ使い方

辞書だけでは解決しそうにないので、出来る範囲で調べてみることにします。

とりあえず百度(中国最大の検索エンジン)で調べようと検索窓に「以上」とだけ打ち込んでみたところ、すぐに「以上以下包括本数嗎」(「以上」と「以下」は基準の数を含みますか?)という予測ワードが出てきました。中国のみなさんも同じことを疑問に思っているようです。

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予測ワードのおもむくままに検索してみると、百度知道(Yahoo!知恵袋のようなQ&Aサイト)などから「民法や刑法の条文における「以上」「以下」は、基準の数を含む」という記述が複数見つかりました。

さっそく全人代(国会に相当する、中国の立法府)のページで条文を確認しました。民法、刑法どちらにも「以上」「以下」や、その他の数量・期間を表す言葉の指す範囲が説明されています。

第一百五十五条 民法所称的“以上”、“以下”、“以内”、“届満”,包括本数;所称的“不满”、“以外”,不包括本数。

(第155条 民法における”以上”、”以下”、”以内”、”届満”は全て、基準の数を含むものとする。”不満”、”以外”は全て、基準の数を含まないものとする)

中華人民共和国民法通則
http://www.npc.gov.cn/wxzl/wxzl/2000-12/06/content_4470.htm
第九十九条 本法所称以上、以下、以内,包括本数。
(第99条 本法における以上、以下、以内は基準の数を含む。)

中華人民共和国刑法(修訂)
http://www.npc.gov.cn/wxzl/wxzl/2000-12/17/content_4680.htm

どちらも基準の数を含むと明言されています。これだけを見れば、やっぱり日本と同じように「以上」「以下」は基準の数を含むのではないかと考えられます。

中国人のみなさんに聞いてみよう

しかし、中国人が日常のなかで「以上」「以下」を実際にどう解釈・運用しているかはわからないままです。

数人の中国人の友人にも聞いてみたところやはり全員が「含まないんじゃない?」という回答ですが、どうにもサンプルが少ない。

そこで、Twitterで中国人のフォロワーさんに向けてアンケートをとってみることにしました。4月20日から25日にかけて、こんなアンケートを出してみました。

結果は「含まない」が多数となりましたが、「含む」も負けないくらいの票数を集めています。しかしアンケート結果よりも「自分はこう思う」というリプライをたくさん頂くことができ、それらが大変参考になりました。いくつか紹介させていただきます。

もとの数を含む必要があるときは誤解を避けるために、”五个及以上” ”五个及以下”のように”及”をつければいいと思います。
文法やを詳細に学んだわけではない個人の意見です。
「五个及五个以上」「不低于五个」なら、5個を含みます。「五个以上不包括五个」なら、5個は含まれません。「五个以上」なら定義上5個は含むべきと考えますが、現代では通俗的に含まないものとして扱われています。誤解を避けるため、カッコ書きや注釈がつけられます。

頭が混乱してきましたが、「一般的には基準の数を含まない。含む場合には注釈や明示が必要」という部分でみなさん共通していると言えそうです。

言葉の定義上は基本的に含むっぽい(法律などでは「及」などがなくても基準の数を含むとされている)のに対して、日常の場面では含まないと考えている人が多いというのは、なんだか不思議です。

推測ですが、法律のように精確さが求められる場合は別として、日常では「以上」「以下」を使う場合に各々が有利な解釈ができる余地を残すように、あえて意味を曖昧にしておく方がいいという判断を社会全体でしているんじゃないかと予想しています。

例えば「20歳以下入場無料」と銘打ったイベント会場があったとして、中国の20歳は(20歳ちょうどを含むかどうか書いてないな…)と考えつつ、とりあえず入ってみた上で「20歳ちょうどだから無料でしょ?とくに注意書きもしてないし」と交渉を始めそうな気がします。イベント会場の側も「いや、20歳”以下”っていうのは20歳を含まないんですよ」とやり返すかもしれません。

ある事柄や言葉の解釈を巡って「自分はこう思ったから」を軸に交渉ごとをするのは、日本人と比較した場合の中国人の大きな特徴のように思います。日本人は個人の思いよりも規範的にどうあるべきかを重視しがちですが、中国人は規範よりも自分への具体的な影響を優先して考える傾向があります。

そうした態度は日本人から見ると厚かましく見えてしまうことも多いのですが、これこそ文化の違いというやつなので理解に努めなければいけません。それが多様性を受け入れるということです。

言葉の定義の話をしていたはずなのに、いつの間にか文化の違いにまで話が広がってしまいました。

まとめ

ここまで分かったことを以下にまとめます。

・中国語の「以上」「以下」が基準の数を含むかどうかは辞書などにもはっきりとは規定されておらず、明確な基準はない

・法律の条文には「以上」「以下」が指す範囲が(日本語と同じく)基準の数を含むことが明記されているものがある

・日常の場面では基準の数を含まないという解釈が一般的。文書など誤解を避けるべき場面では「五及以上」のように注記する

以上のようになります。

書きながら「以上」と「以下」がゲシュタルト崩壊してきました。

以上の調査結果は中国語のド素人以上アマチュア以下専門家未満によるものでありそれ以上でもそれ以下でもありませんのでご注意ください。

以上、お読みいただきありがとうございました。


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