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【中国在住オッサンマガジン】ある中国オッサンの一週間

※このnoteは「中国在住オッサンマガジン」に寄せて、ある架空の中国在住オッサン(広東省・日系メーカー勤務)の一週間を描いたものです。このオッサンはフィクションであり実在の人物・団体とは関係ありませんが、こんなオッサンはきっとたくさんいると思います。

月曜日

出勤。またクソみたいな一週間が始まる。

中国人の部下に「先週言ってた、今日届く予定の新製品のサンプルはどうなった?」と尋ねる。案の定、「今日は来ません、だって先週あの工場は政府の監査があってフンダララ什么什么」とよくわからない言い訳をしていたが、全て聞き流した。それならそれで先週のうちに言っとけや。

キレ気味に「じゃあいつ来るの?」と聞くと水曜日だという。こいつが水曜日と答えるということは、おそらく実際に届くのは金曜日だな。客先に伝える納期を一週間以上先延ばしにしておいて正解だった。

火曜日

自動車メーカーの客からコストダウン要求の連絡がきていた。またかよ。見積もりのとき「ベスト価格でね」って言われたから、もうとっくに利益ねえよ。どうしろっていうんだよ。

俺はこの仕事を始めてから、日本車が大嫌いになった。あいつら完成車メーカーは「お客様への貢献ガーお客様に1円でも安くお届けするためにカンバン方式ガー」とくだらねえことを喧伝するが、その「貢献」とやらにかかる原資は下請けを追い詰めることで捻出している。

もしコストダウンを渋れば「え〜じゃあ次の仕事は〇〇さんに出すしかないね〜」と脅すわけである。クソが。そんなに安いのがいいならクソみたいな部品をクソみたいな工場から買って、クソみたいな事故起こして、クソみたいなリコール騒動になればいい。

それでも中国では、日本の車が人気だ。街中でも日本車がまだまだ目に付く。むしろ中国人は中国車をまったく信用していない。日本の車の方が良いと、みな口を揃えて言う。どいつもこいつもコロっとやられやがって。まあ中国の車メーカーも似たようなクソみたいな仕事してるっぽいけどな。

水曜日

この日は客先からクレームがあっててんやわんや。納品したもの1万個の中に不良が3つ入っていたらしい。内心では「3つくらいどうとでもなるんじゃねえの」「あんたらからの支給部品が届くのが遅くてスケジュールいっつもカツカツなんだけど、おたくの購買は何やってるんすかね」と思っていてもそんなことはおくびにも出さず、謝罪メールを書く。俺はジャパニーズビジネスマンの鑑だ。

中国人スタッフがあれこれ責任のなすり合いをやっているが、どうせ最終的には「これからは見落とさないようにがんばります」レベルのクソ対策しか出してこないのは目に見えている。これをどう彩ってアジリティとフレキシビリティと日本のオ・モ・テ・ナ・シ精神が溢れるパーフェクトな報告書を書き上げるか、腕の見せどころだ。

ちなみに水曜日と言ってたサンプルは当然のように来なかった。それ見たことか。

木曜日

大手家電メーカーのサプライヤー定例会議に参加。先方の購買部長の日本人とやらが「えー今月は〇〇社の〇〇が原因で大幅な遅延が発生しました。…どうしてくれるんだ!」と、あるサプライヤーを名指しで怒鳴りつけていた。日本では絶滅しつつあるはずのパワハラコンプラ無視オヤジが、博物館のような綺麗な保存状態で残されているのが海外の日本人社会だったりするのだ。考古学者の人に、フィールドワーク調査に来ることをおすすめしたい。

最後に内示(今後これくらいの注文を出しますよ、という見込み)が発表されるが、どうせぜんぶ嘘だ。だいたいこんな情報ならメールで出せる。クソみたいなパワハラショーと虚無の注文情報。なんのためにここに来たのか。

車業界もクソだが、家電メーカーもクソだな。こんなことやってるから中国に買われちまうんだよ。実際、俺んちにも日本の家電なんてもう残ってない。うちにあるのはアメリカのパソコンとスマホに、中国の洗濯機と冷蔵庫だ。炊飯ジャーも最近中国製に買い換えてやった。ざまあみろ。

…などと吠えてみたものの、結局そういう奴らを客にして商売をしている以上、自分だってその構造に加担しているクソ野郎に過ぎないことに気づいて虚しくなる。ちくしょう、涙が出そうだ。

金曜日

例の製品サンプルは今日も来そうにない。俺としたことが目測を誤った…さすがに今日届くと思っていた。いつ届くのか聞いても「また一週間延びました」などと要領を得ないことばかり言うので埒が開かず、相手方の工場へ乗り込むことにする。

派手な色の薄汚れたポロシャツを着た、浅黒い肌の老板(社長)が「昨日は工場の停電があったからフンダララ没办法」と嘘か本当かわからない言い訳を並べる。聞いていた報告と随分違うが、そんなことはどうでもいい。大事なのは今日サンプルが取れるかどうかだ。

無理やり生産ラインを開けさせ、なんとか製品サンプルの入手に成功する。一週間かかるんじゃなかったのかよ、とは思ったが、毎週毎日こんなことばかりなのでいちいち気にしていては心が保たないので特に何も言わない。適当に挨拶をして「またよろしく」と作り笑いを浮かべる。

仕事が終わり、週末だしたまには日本料理屋にでもいくかとフラッと立ち寄ってみた。近所の日系企業に勤めているハゲ茶瓶みたいな日本人のジジイが、明らかに釣り合わない年齢の派手な若い女とコソコソ飯を食っていた。日式カラオケで知り合ったのだろうか。国家首席サマの肝入りでそのへんの産業が駆逐されてからもう随分経つというのに元気なことだ。せいぜいケツの毛まで抜かれないように頑張ってほしい。

土曜日

疲れたので家から出ず、動画サイトを見て過ごす。中国は動画サイトのサブスク料金が安くていい。せいぜい月20元程度でMARVELのヒーロー映画が見放題になったりする。

…本当はそれすら払わなくてもなんとかなりそうな気がするが、俺は遵法精神溢れる真面目な日本人なので、そんなイリーガルなことはしない。そういえば違法コピーDVDの店をいまだに見かけることがあるが、この時代に商売として成り立っているんだろうか。

日曜日

動画サイトばかり見ていると体がなまってしまいそうなので、散歩がてら外に出かけることにする。

といっても特に行きたいような場所はない。いかにも中国らしい田舎の猥雑な街並みの中にあえて飛び込んでみたり、汚いけど美味しいメシ屋を探したりするのにも、もうすっかり飽きてしまった。そういうのが新鮮なのは最初だけで、日常になってしまうと鬱陶しさしか感じない。窓からゴミ袋を投げつけられたり、度を超えた汚さに辟易することへのストレスの方が強くなってしまう。

しょうがないので、歩いていける距離のショッピングモールに行く。中国全土で100万ヶ所はあるんじゃないかという、判で押したように同じテナントしか入っていないモール。入り口では体温計測係のオッサンが非接触体温計を左手に持ちながら、右手でスマホをいじっていた。当然体温など測っちゃいない。真面目にやれや。

一階のスタバに入る。注文した品が出てくるとき名前を呼んでくれるサービス(?)があるが、日本名を言うと向こうが混乱するのでいつも「李」とか「王」とか適当な姓を答えることにしている。今日は「楊」にしてみよう。

クーラーの効いた店内で、熱いコーヒーを口にする。来週からも続くであろう、大変な日々に思いを巡らせる。クソ野郎の自分の周りにはクソみたいなことしか起こらないが、世界はおおむねこういうクソみたいなことで成り立っているのだろう。クソったれの自分を奮い立たせて、立ち向かっていくしかない。

コーヒーを飲み干し、店を出る。夕方なのにまだ陽が高くて、真っ昼間みたいに暑い。街は立ち並ぶ店々から流れる大音量の音楽と、車のクラクションでガチャガチャとうるさい。電動バイクが無秩序に走りまわり、気を抜くと轢かれそうになる。

ただ歩いているだけで疲れる街だが、それに不満を言っていても何も始まらない。そんなことを思いながら、家路につく。

また明日から、クソみたいな一週間が始まる。


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