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プロテスタンティズムの倫理と効率的市場仮説


プロテスタンティズムの倫理


 カルヴァン神学の特徴は,「神の絶対性」を徹底したことです。すべては神の御業であり,すべては神の御心です。人生の幸不幸を決めるのは神です。事業の成功と失敗を決めるのも神です。誰と結婚するか決めるのも神です。もちろん,誰が救われるか決めるのも神です。神は,予め「救われる人間」と「滅びる人間」を定めておられる。これが,カルヴァン神学の予定論です。
 絶対的な神の観念を抱く時,人間は疑問に思います。「果たして私は救われる定めなのだろうか?」と。しかし,どんなに祈っても,どんなに聖書を読んでも,その答えは得られません。すると,人間はこう考えるようになります。「もし私が救われる予定ならば,私は正しく生きるはずだ。私は神の栄光のために働くはずだ」と。こうして,「自分のためでも家族のためでも社会のためでもなく,ひたすら働くために働く」というプロテスタンティズムの倫理が成立したのです。すなわち,労働が自己目的化したのです。
「祈りつつ働け」「救われる確証を得るために,ひたすら労働せよ」カルヴァン主義が浸透した国家から,後の経済的覇権国家(オランダ・イギリス・アメリカ)が続出する所以です。

効率的市場仮説


 プロテスタンティズムの倫理的中核は,「神の主権」を尊重したカルヴァン主義の信仰です。が,時代とともにその信仰心は薄れ,労働倫理だけが残りました。しかし,人間という存在は,神なくして生存できません。真の神を失ったのなら,偽りの神(偶像)を担ぐ必要がある。そこで登場したのが,市場(マーケット)という神です。古代イスラエル人が真の神ヤハウェを捨て,異教の神バアルを慕ったように,現代人はイエス・キリストの父である「愛と正義の神」を捨て,全ての価格を決定する市場を神の玉座に据えたのです。
 カルヴァン主義の「神の絶対性」は,「市場の絶対性」として受け継がれました。つまり,「いま現在,利用可能な情報が市場価格にはすでに適正な形で織り込まれている」という考えです。これを,効率的市場仮説と呼びます。建国の偉人たちは,神の全能を信じました。現代の凡人たちは,市場の全能を信じています。市場は,過去の情報をすべて織り込み,未来さえも予知できると考えたのです。

神と市場


 キリスト者であり聖書研究者である私は,はっきり申し上げましょう。カルヴァン主義の神観は間違いです。聖書の神は,自由な思考と創造的な行動を求める神です。決して,奴隷を使役する独裁者のような神ではありません。神は,子の自由な発育を願う父なのですから。いずれにせよ,この誤った神観と予定論が,キリスト教徒に「私は選ばれている」という意識を植え込み,白人至上主義を生むきっかけとなりました。
 投資家として資産運用する私は,はっきり申し上げましょう。効率的市場仮説は間違いです。市場は,決して合理的ではなく,むしろ非効率的で歪んだ環境です。理由は簡単です。効率的市場仮説は,市場に参加する全ての人々が合理的であり,「あらゆる情報を正しく認識する個人」を前提にしています。しかしながら,そんな人間は少数です。いや,ほとんどの人は,心理的バイアスと歪んだ経済行動パターンを有しています。経済学者ケインズが喝破したように,「市場は不均衡を自動的に調整する全能者ではない」のです。なぜなら,もし市場が効率的であるのなら,ドットコムバブルやリーマンショックは起こらなかったはずだからです。

市場を出し抜く方法


「歴史から学べることは,人が歴史から学ばないということである」(バフェット)

 では,どうすれば市場を出し抜き,富を得ることができるのでしょうか?それは,群衆の心理的傾向を読み取り,認識の歪みを逆手に取ることです。人間は,利益を得られる局面では確実性の高い選択肢を好み,損失に直面する局面では賭博性のある選択肢を好みます(プロスペクト理論)。
 具体的に考えてみましょう。AI半導体を設計するエヌヴィディアという企業があります。飛ぶ鳥を落とす勢いの企業です。この企業は3回連続「神決算(アナリスト予想をはるかに超える業績のこと)」を連発しました。しかし,株価は上昇しませんでした。なぜなら,エヌヴィディアの株価は,すでに2~3倍上昇していたからです。人々はこう考えたのです。「株価はもうこんなに上がったのだから,もう上がるはずがない」と。つまり投資家たちは,バブルによる高値掴みを恐れたのです。
 しかし,経済的変革が起きる時,革新的企業の株価が爆裂に上昇することは歴史が証明しています。IT革命におけるマイクロソフトがそうでした,スマホ革命におけるアッブルがそうでした。これらの企業は皆,株価が2~3倍になった後,さらに10倍・20倍に成長しています。今回のAI革命も同じです。つまり,神決算を連発しても株価がウロウロしていた400~500ドル近辺(2013年10月~12月)が,エヌヴィディア絶好の買い場だったのです。実際,2024年2月11日現在の株価は721ドルであり,アナリスト予想は1000~2000ドルです。

今回のまとめ


 カルヴァン神学の「冷酷な神」も,効率的市場仮説も間違いです。信仰は,「自分こそ救われる人間だ」と驕り高ぶるものではありません。信仰とは,己の罪を悔い改めて,神の救いを待ち望む行為です。投資行動は,「俺こそバイアスのない合理的人間だ」と驕り高ぶるものではありません。投資とは,自分のバイアスを自覚して,売り時と買い時を見極める行為です。信仰は己の罪を,投資は己のバイアスを,両者とも「己の心の歪み」を自覚しなければなりません。「謙虚さは国を興し,傲慢さは国を亡ぼす」という言葉があります(箴言16-18)。この言葉は,個人にも当てはまります。
 

参考書籍です。
①マックス・ウェーバーの社会学について

②アダム・スミスの経済学について

③ケインズ経済学について

④シュンペーターの経済学について

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