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小説『FLY ME TO THE MOON』第38話 神様お願い

羽鐘・パイロン・虎徹は倉庫に食料を詰め込み、警備室にも保管可能なものを選んで運び込み、遅くなった食事をとっていた。

最初なので食材の在庫を気にした食べ方はしたくなかった3人は、野菜たっぷりのカレーを作ったのだった。

キャンプの定番だが、街が危機的状況でも頭の中には常にカレーが浮かぶものらしい。一般的にはわからないし、医学的に説明されたわけではないが、この3人が集まって『何作る?』と言う状況に陥った時、3人が3人カレーと言ったのだからそれはそれで正解なのだ。

羽鐘は辛口、パイロンは甘口、虎徹は中辛が好みだったが、流石に3種作るのは贅沢過ぎるので、今回はじゃんけんで勝った羽鐘の好み【辛口】となったようだ。


『めっちゃおいしい・・・でも・・・睦月・・・お腹すいてるよね・・・』


『そうじゃな・・・だからってワシらが喰わんって事しても、何にもならんからな、ここを守る為にも喰わねばな』


『そうっすよ、帰ってきたら食べたいもの作ってあげるっすよ』


『うん・・・そうだね、申し訳ございません。』


『パイロンは友情にアツいんじゃな。』


『いえ・・・この中の誰であっても同じ心配をします。』


『うんうん、そうっすよね』


『飛ばさないでください、きたねぇです』


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『はぁ・・・はぁ・・・映画より結構歩くの早いんだよね、ゾンビではなくファンガスに操られているからなのかな・・・こんな時はさ、だいたい挟まれて逃げ道失うのよ、だから私・・・はっ・・・と・・・・』


如月はゾンキーを誘い出し、回り込んでスタジアムに戻ろうとしていた。後をつけてきたら面倒にならないとも言い切れない、如月はなるべくゾンキーの群れをスタジアムから引き離して、まいてから戻ろうと考えていたのである。

しかし、想像以上の多さで移動に手間取っていた。追い詰められず、出会わず、なるべく戦わず。

そんな中、しっかり施錠された建物を見つけたので、

一度入り込んで様子を見ることにした。


『入るところさえ見られなければまぁなんとかなるでしょ・・・っと!』


ガチャン!


鉄の棒で窓を突き、小さめに割って手を突っ込み、鍵を開けて中に入った。施錠して、窓側にはそこらへんにあったテーブルを立てて、バリケードを静かに作り、ひと呼吸する。

『ふぅ・・・気づかれてないわね。この施錠状態だと施錠したまま放置かなここは・・・』

そこは下着ブランドメーカーのショップ

『NO DIE(ノー・ダイ)』だった。

顎髭に黒ぶちの眼鏡にハンチングがトレードマークの創立者。

この創立者【ノゥ・ダイ】はもちろん男性。

幼いころから服が大好きで、幼少期からオシャレだったと言う。

ところが中学生の時、母親のTバック姿を偶然見た時、女性の下着姿の美しさに気が付いた。

『服なんかどうでもいい』そう思った彼は、以来、女性を輝かせるためだけの下着づくりを突き詰め、遂には会社を起こし、今では超人気ブランドにまで成長したのだ。キャッチコピーは『美しさは死なない』

ゼウスに住む女性は一度は身に着けたい最高級ブランドで、例えばブラジャーとショーツ、ガーターベルトのセットだと、一番安くて30万はする代物だ、如月のテンションが上がらないはずがない。

『やっべノーダイじゃんここ!ずっとパンツもブラもつけっぱだし、いいよね!うん、いい!』


そう言うと店内で素っ裸になり、下着を選び始めるのだった。


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『あふぇ!!!!!』


変な寝言を発して目覚めたのは羽鐘。

キョロキョロしてみるが警備室には2人の姿が無かった。

スタジアムに出てみると、パイロンがプレートを持って、虎徹がステージの改造をしていた。


『起こしてくださいよ、寝すぎたじゃないですか』


『いやいや、安全で眠れるときは寝た方がええじゃろ、だーれも悪く思ってないしな、明日はワシが寝過ごすかもしれんし、な、気にすんな』

『パイロンさーん!すみませんでしたー!』

『じゃぁ朝ごはん当番して欲しくて申し訳ございませーん!』

『はーい!了解っす!』


パイロンは常に1つの入口を気にしていた。

そこから如月が来やしないかと気が気じゃなかったのだ。

遠くから作業しながら虎徹が見ている。

『ふふ、ええ仲間じゃのう、あやつは死なん。あの状況でワシに堂々とパンツ見せるなんざただモノじゃねぇ』

『虎徹!聞こえたんですけど!』

『なんじゃ!まだおったのか!』

『如月さんにパンツ見せろとか言ったんでしょ!何してんのよ!このエロテツ!』

『すまんすまん、緊迫しておったで、緊張のし過ぎは危険を招くからのぅ、リラックスさせる意味でな、』

『だからってパンツとか、バッカじゃないの!虎徹朝飯抜き!』

『ぐはぁ・・・・じゃぁ昼飯は・・・』


『ねーわ!』


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下着ショップNO DIEにて朝を迎えた如月。

『もう泥棒とか言ってらんないからね、ノゥ・ダイさん!感謝!』

そう言いながら創立者ノゥ・ダイの写真に手を合わせて頭を深々と下げ、ブラジャーとショーツをお店の一番大きな手提げ袋2つに、パイロンと羽鐘と自分の分としてたっぷり詰め込み、更に自分の鞄にも押し込んだ。


如月はNO DIEを後にした。


人間だった時の習慣が強く残るゾンキーは、早朝にはさほどウロウロしていない。これまでの経験を分析し、如月は早朝を狙ったのだ。午前5:30分、まだ朝もやの煙る街中を軽快に走った。

跳ねるようにタッタッタッと。


白いモヤの中に人影が2つあった。


『2体ならいけるな・・・右手に持った鉄の棒を戦闘用の握りに変えた。』

メリメリと手の皮と鉄が擦れる音がする。

ジリジリと近づくとモヤが徐々に薄くなり、ゾンキーの姿が見える程になってきた。


如月は呼吸するのを忘れる程の衝撃を受けた。

その2体は行方が分からなかった如月の両親。


父親は下半身が焼けただれて殆ど骨と筋肉だったが、明らかに顔が父親そのものだった。

母親は顔の右半分が焼けてしまって判断しにくいけれど、如月が幼いころ、車に轢かれそうな時に飛び込んで救ってくれた代償として付いた新月の形の大きな痣が見間違えようがない証拠として、目の前の女性ゾンキーにの左腕にあるのだ・・・。


『なんで・・・なんで2人で居るの?・・・ゾンキーってそんな感情ないでしょうよ・・・・神様お願い、違うと言って、夢なら覚まして。』


しかし無残にもその願いは夢ではないと言うかの如く、更に現実味を増す。

ゾンキーとなった母親が手に持っているもの…如月が獲得した武道大会のトロフィーだった。

それに気づいた如月の大きな瞳に涙がこみ上げる。


『火事だったんでしょ?家、燃えてたんだよね・・・それ取りに戻って焼けたんじゃないの?お母さん・・・お父さんは?仕事だよね?なんで一緒に居るの?お母さんが心配で帰ってきたの?何がどうなってそんな・・・なんで噛まれたのよ・・・お父さん強いのに!なんで噛まれてんのよ!なんでここにいるのよ!家と方向全然違うじゃんよ!わたしに・・・・私に会いに来たみたいに現れないでよ!ねぇ神様お願い!こんなもの見せないで!お願いだから!神様お願い!』

ゾンキーとなった両親は如月に向かって来た。

父親を突き飛ばしては『神様お願い!』

母親を突き飛ばしては『神様お願い!』

何度も何度も神への願いを繰り返した・・・・。


『生きてる・・・生きててほしいって祈ってたけど、祈り方が足りなかったみたいね、そもそも私、神様信じてないし・・・だからかもね・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。』


如月は棒を構え、迎え撃つ構え。


『たとえ両親でも・・・私を止められないから!』


決意を固めた如月は顎を引き、眼光が鋭くなった。


スッと間合いを詰めると、母親の左膝を横から振り抜き、そのままへし折った。母親は左側に崩れるように倒れるが、踏ん張ろうとしたのか脚を前に出した。自分の膝が前に曲がっているので、突っ張ることがままならず、折れた膝を自分の体重で更に砕く形となり、バリバリと音を立てながら前に倒れ、そのままズルズルと這ってきた。

ゴルフのスイングの要領で如月は母親の顔面を吹き飛ばした。

歯を食いしばり、涙と鼻水をダラダラと流しながら

『如月流活殺術は私が守る!』

そう言うと、父親が来るのを構えて待った。

ゆっくりと唸りながら2歩、3歩と歩みを進める父親。

しかし、父親は踏み込むようにしていきなり飛びかかってきた。

如月流の名残りだろうか、ゾンキーとは思えない踏み込みだった。

父親の右手を、姿勢を低くしてかわしながらカウンターでの縦振りがモロに頭に入り、バカン!と言う音を立てて割れた。


一瞬だった。


母親の手からトロフィーを取り、鞄に入れて如月は立ち去った。

まだ朝もや漂う街の中、両親の死体が見えなくなったのを確認すると、振り向き、深々と頭を下げた。

爆発しそうな感情を抑えてスタジアムへ向う如月。


『だから神様大嫌い・・・・』


静かにそう呟いた・・・・。


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