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ヒカルとカイムの夢物語


【第一幕】


 少女は夢を見ていた。とびきり贅沢な夢を。少女の名はヒカル、とびきり活発で明るく、元気な女の子。しかし彼女は他の子たちとは違うある特殊な力を持っていたのです。

 「さー次は何で遊ぼうかしら。そうだ!とびきりでっかいケーキを食べ尽くすのはどうかしら!それ!!」というと彼女の目の前には大きなケーキが現れ、ヒカルはそれに勢いよく食らいつきあっという間に食べ尽くしてしまいました。そうです、彼女は夢の中を自在にコントロールできる力を持っていたのです。

 「あー、これが現実だったらいいのになー。現実の世界ではケーキどころかお菓子だって満足に食べられないんだもの。夢の中くらい贅沢してもいいわよね!」そんなことを1人呟きながら、次は何をして楽しもうかを考えています。そんなに夢で遊んでいたら、その分起きた時に虚しくなるだろうに…。そんな時、ヒカルの背後から何か大きな影が迫ってきました。何か嫌な感じがして、ゆっくり振り返ると、何やらおどろおどろしい大きなぬいぐるみがこちらを覗いているではありませんか!驚いたヒカルは全力で逃げようとしますが、あっという間に追いつかれ、夢の中でヒカルは潰されてしまった。

 がばっ!!とヒカルは飛び起きた。時刻はまだまだ真夜中。身体じゅう嫌な汗をかいている。なんだったのだろう、今の夢は…ヒカルは戸惑いを隠せませんでした。今までこんな夢を見たことがないのに…それに逃げきれなかった…。ヒカルはそれ以来、毎日のように同じ悪夢に襲われるようになったのです。

 「なんか元気ないねー?ヒカル。何かあった?」そう心配してくれるのは一番の親友ミツハ。ヒカルとは違い、とても勉強ができる頭の良い子。昔からの幼なじみでいつもヒカルの相談に乗ってくれている。

 「いやー、最近嫌な夢ばっかり見ちゃって…眠れないんだよね…あはは…。」親友とはいえ、夢を自在にコントロールできる力があるなんて、ましてやその力で普段バカなことばっかりしてるなんて…!恥ずかしくて口が裂けても言えない。

 「あ、やば!部活の時間始まっちゃう!ミツハごめん!また明日ね!」そう別れを告げヒカルは学校の校庭に駆け出していった。ヒカルは陸上部に所属。そのポテンシャルの高さでエースの座を獲得した。もうすぐ中学最後の夏の大会がやってくる。それまでに身体を仕上げなくては!と張り切って練習に励んだ。しかしそんな彼女を邪魔してくるのは、やはりあの【悪夢】だった。

 今日こそは!とヒカルは身構えた。あの悪夢から今度こそ逃げ切ってやる!と意気込んでいるのだ。しばらくすると、今日もまたあの歪なぬいぐるみはやってきた。ヒカルは全力で走り出し、ぬいぐるみもまた、ヒカルを追いかける。ヒカルは頭の中でいろんなものを思い浮かべ、次々と具現化させてはぬいぐるみにぶつけていく。しかしびくともしないようでどんどん距離を詰められる。まずい!と思ったその時、視界に「変なもの」が映った。少し遠くの高い場所から、こちらを見ている「人影」があったのだ。ぬいぐるみに潰される直前に、なぜかその人の声がはっきりと聞こえた。

 「驚いたな。俺たちと同じ力を持ってるやつがいるとは。」

 また嫌な汗をかきながら、ヒカルは目覚めてしまった。また、逃げられなかった…どうしたら良いんだろう…。しかし、さっきの人影は一体なんだったんだろう…?見たこともない人だし、「俺たちと同じ力」とか言っていたけど、どういうことだろう?でも、なんだか嫌な感じもしなかった…。余計に頭がこんがらがって眠れなくなってしまうヒカルであった。

 学校が終わって、部活に向かうこともできずにヒカルはトボトボと下校した。

 「ねぇ、本当に大丈夫?部活まで休むなんて今までなかったのに…本当は何かあったんじゃないの?」今日はミツハが一緒に下校してくれていた。日に日に弱っていくヒカルの様子を近くで見ていて心配なのだ。毎日あの悪夢に襲われると身体のエネルギーがごっそり持っていかれるようで、だんだん部活に参加する体力さえ奪われていくのだ。このままでは夏の最後の大会に出ることすら出来ないのではないか…?そう思うとさらに落ち込んでしまう。

 自分の家が近づいてくると、誰かが家の前に立っているのがわかった。すっかり暑くなっているにもかかわらずその人は厚着をしている。知らない人であるのは間違いない。でもヒカルは、この見知らぬ人をどこかで見たことがある、そんな気がした。そしてその男がこちらに気がつき、目があうとはっきりと思い出した。

 「あ!!夢にいた人!!」指差しながら驚いていると、男はふっと薄く微笑んだ。隣にいたミツハはまるで何のことかわからない、そんな顔をしていた。


【第二幕】


家の中で夢見屋の話

 ミツハには昔の知り合いと説明し、先に帰ってもらった。そして謎の男を急いで自分の部屋に招き、じっと見つめたままお互い静止していた。何者なんだろうか、見るからにただものではない、というか変!雰囲気が明らかに他の人とは違う、そんなことを考えていた。

 「あなた、何者?私の夢に出てきたでしょ!それに【俺たちと同じ力】ってどういうこと?っていうか住所は!?」強気で話すヒカルとは対照的に、その男はとても静かな目線でこう答えた。

 「俺は【夢見屋】という仕事をしている。名前はカイムだ。」話によると、どうやら世の中にはヒカルやカイムのように、自在に夢をコントロールできる人がいるようだ。カイムはその夢の力を使って、悪夢に苦しんでいる人の悩みを解決する、という仕事をしているようだ。夢の世界は、いわば魂の通り道であったり、人の意識が集まっている空間なのだ。夢見屋にとっては、夢の後を追って居場所を特定することは簡単なよう。

 「他の依頼で夢に入っていたら、近くで強いエネルギーを感じたんだ。そこで見つけたのがお前だ。まさか、夢の力を持ったやつだとは思わなかったが。」悪夢というのは誰かから恨まれたり、逆に自分のストレスや悩みによって発生するものらしい。そんなことを言われても、恨まれるようなことをした覚えはないし、自分はストレスとはほど遠い存在だ。一体何が原因なんだろう?そんなふうに唸っていると隣から別の声が聞こえた。

 「俺はあの女が怪しいと思うな。」驚いて見てみると、何と象のようなぬいぐるみが動いてこちらに話しかけているではないか!頭がショートしそうになるが、そのぬいぐるみが言った言葉が気になった。

 「あの女って、ミツハのこと?」

 「俺は夢喰いのバクバク!バク様と呼んで良いぞ!」

 そのぬいぐるみの正体は、カイムの相棒である夢喰い【バク】。夢の世界に生息しているといわれる幻の生物で、カイムのことを気に入って仕事のサポートをしているのだとか。【俺たち】というのはバクとカイムのことだったのだ。夢の中の生き物はバクのようにぬいぐるみの形をしているらしい。だからあの悪夢もぬいぐるみの形をしていたのだ、とカイムは説明してくれた。とても信じられない話だが、目の前で起きているから否定しようがない。何だか自分の常識がどんどん覆される思いだった。

 「さっきの女、ミツハとか言ったか?あいつから夢で感じた負のオーラが見えたぜ。お前きっと何か恨まれているに違いないぞ。」バクはそう言い、カイムも同意している。そんな…ミツハが自分のことを恨んでる?そんなこと、ありえない。だって今まで一度も喧嘩したこともないし、何か怒らせたこともなかったはずだ。昔からミツハはいつも自分のことを優しく見守ってくれて…。

 「そんなこと…!言わないで‼️ミツハなわけないじゃない!」

 バクは怒ったヒカルに驚いていたが、カイムは相変わらず涼しい顔をしている。そんな様子にも腹がたってきて、

 「出ていけバカー!!!」と2人を家から追い出してしまった。あとから外を見てみたが、2人の姿はもうなかった。部屋に戻ると、一枚の名刺が床に置かれていた。【夢見屋】という文字とカイムの事務所であろう住所が書かれていた。怒りを抑えながらヒカルは呟いた。

 「絶対に信じない…!」

 しかしヒカルはそれからも毎日のように悪夢を見続け、みるみる体力が衰えていきました。どんなに頑張ってもあのぬいぐるみから逃れることができなかったのです。

 「ヒカル、本当に大丈夫?何か病気にでもかかったんじゃない?病院には行ったの?」カイムたちの言葉を聞いてから、何だかミツハの言葉をまっすぐに受け取れなくなっている自分がいた。ある日の帰り道、恐る恐る気になっていたことを確かめてみることにした。

 「ミツハ…私に何か直して欲しいこととか…ある…?」その瞬間、ミツハの顔が強張った。今までみたことないような張り詰めた表情だ。さりげなく、何気ないように聞いたつもりだったが、このミツハの反応をみたヒカルは、確信してしまった。【あの悪夢は、ミツハが作り出しているものだ】と。

 その日の夜、ヒカルはある覚悟を決めて眠りについた。なんとしても今日、あの悪夢の正体を暴いて見せると。ミツハが悪夢を作り出しているのなら、その原因を突き止めなくては!

 夢に入るといつものおもちゃだらけの空間を一掃し、真っ白な空間に作り変えた。あの悪夢と真剣に向き合うためには、余計なものを一切排除しなければ、という思いからだ。

 「心境の変化があったようだな」背後から声がした。カイムだ。ヒカルの夢に入り込み、様子を見るつもりなのだ。

 「何か用?あなたの手は借りませんから。これは私の問題なんです。」邪魔はしないよとでも言いたげに、また静かにカイムは笑った。次の瞬間、ピリっとした空気が流れた。【あいつ】が来たのだ。空間を破り侵入してきたそのぬいぐるみはいつもと様子が違い、より一層荒々しくなっていた。ヒカルは走り出した。その後を追いかけてくるぬいぐるみ、明らかにいつもよりも速い!あらゆる障害物を出現させ、空間いっぱいに逃げ回った。

 「ねぇ!あなた、ミツハなんでしょ!?何か恨み言があるなら……!こんなことしないでちゃんと話してよ!私バカだからさ!わかんないんだよー!!!」息を切らしながらそう叫ぶと、ぬいぐるみの身体に異変が起きた。ぬいぐるみの足に…靴が出現したのだ。そして静止したかと思うと、陸上のスタートの構えをして、こちらを睨んできた。その瞬間、ヒカルは【まさか…?】と悪夢の原因が理解できた気がした。そして、あっという間に距離を詰められたヒカルは、一瞬にしてぬいぐるみに潰されてしまいました。


【第三幕】

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