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救生の坊


【第一幕】


 この世には【鬼】と呼ばれる、恐ろしい生き物が存在する。
彼らは殺戮を繰り返し、顔は醜く、目は血走り、体は血管が浮き出るほどに筋肉が膨れ上がり、とにかく人間離れした様相をしている。
鬼の体は刃を通さず、焼いても死なない。
人々は鬼を恐れ、圧倒的な力を前に、一方的にやられるばかりであった。
だが唯一、鬼に対抗できる者たちがいた。
それは念仏を操る者、お坊様である。人々は彼らのことを【救生の坊】と呼んだ。

 「いやぁ…本当に助かりました。あなたは命の恩人です。危うく森で死かけるところでした。」
山道を歩くふたりのお坊様の姿がありました。
彼らは昔からの仲間というわけではなく、今しがた出会ったようです。
背の低い小坊主の名は【一休】、背が高く、顔に横一文字の傷が入った坊主は【リン】と名乗った。
リンは気を失った狼を担いでいます。
どうやら一休はこの狼に襲われたところをリンに助けられたようです。
なんでもなさそうにリンはこう答えました。
「なぁに礼には及ばんよ。同じ目的を持った坊主じゃあねえか。助け合うのは当然だ。」

リンは異様な雰囲気を纏っていました。まだ若く見えるが、まるで老人のように落ち着いているのです。
多くのお坊様は鬼と戦うため、ただならぬ威圧感を放つものですが、リンからはそのような圧力は感じられませんでした。
「ところでリンさん、その狼はどうするのですか?人を襲った狼なのですから早く対処しないと、また襲われかねませんよ?」
案の定、狼は目を覚まし暴れ出しました。しかしリンが狼を一瞥すると、狼は途端に萎縮しました。
きっと殺されると思ったのでしょう。
ですがリンは手提げから握り飯を取り出し、それを狼に食べさせました。
狼は夢中になって食らいついています。
よっぽどお腹が空いていたのでしょう。
リンはそのまま狼を置いて山道を進み出しました。
「もう人間を襲うんじゃねえぞ。殺されたくなかったらな。」という言葉だけを残して。
その様子を見た一休は、リンを信用し、一緒についていくことにしました。

 それから山を下っていくと、ふたりはとある村にたどり着きました。
食べ物もなくなりかけていたので一休はほっとしました。
どこかの民家に宿泊できないかお願いしようとしたところ、村人のひとりがリンと一休の存在に気づきました。
するとその人は途端に涙を流してふたりに駆け寄ってきました。
リンの足にしがみつきながら、お坊様、ああお坊様と、何度も泣き叫ぶのです。
その声に気づいた他の村人たちも、ふたりのもとに駆け寄ってきて大喜びしました。
この歓迎ぶりは初めてでした。
ですがそれは、この村が鬼の手によっていかに傷つけられているかを物語っていたのです。

 ふたりはある民家に招かれ、たくさんのご馳走でもてなされました。
もてなしてくれたのは村の長と代表者たちです。
「ぷはぁ?!!最高だなこりゃあ!」
リンは村人たちに勧められるがまま、浴びるように酒を飲んでいます。
その様子を一休はドン引きしながら見つめていました。
坊主の間ではお酒は贅沢品として禁止されているのです。
それなのにリンはとんでもない量のお酒を流し込んでいます。
どうもこの人は坊主らしからぬことばかり。
本当に信用して大丈夫なのだろうかと、一休は一抹の不安を抱きました。

宴の場が大いに盛り上がり、しばらくして村の長が切り出しました。
「お坊様、実はこの村には…鬼が出るんです。」
場が空気が一気に張り詰めました。
話を聞くと、この村では一月ほど前から毎晩のようにこどもが鬼の手によって拐われているのだそうだ。
なぜこどもだけを狙うのか、なぜひとりずつさらっていくのか謎に包まれたまま、村は恐怖のどん底に突き落とされていた。
村長と代表者たちはリンと一休に頭を下げて鬼退治を依頼しました。
するとリンは飲み干した酒瓶を床に置き、鋭い目つきでこう答えました。
「私と一休が必ず鬼を退治して見せましょう。」


【第二幕】

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