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茶色くて、丸かったので。

【良くない思い出や感情というものは、一人の心の中に沈めたままだと、何も変化がなく、やがて染みになっていつまでも残ったりするが、言語化すると、たくさんの面を持つようになり、色んな人の目に触れることで反射し、その色を変えてくれるため、私は、私の大切な思い出や感情を、言語化して世に放つことで、さまざまな色の光が、どこまでも伸びていくのを楽しむことができるのだ。】
≪ルクレシア・ホセ・レオン≫(1974)

我が家の庭には、色んな生き物がやってくる。それは、蝶であったり、亀であったり、蛙であったり、そして猫であったりもする。
始めにやってきたのは、白く、ところどころ茶色で細い、美人だった。
体の細さや顔の小ささに比べて、随分と耳が大きく見えたその猫を、家人と『耳男』と呼んでいた。
メスなのに耳「男」とは、と思うかもしれないが、猫に漢字なんて読めないから、構わないのだ。
坂口安吾に想いを馳せて名付けていた。
耳男は、気が向いたときにフイ、とやってくるだけの猫だった。
たまに庭で耳男の姿を見られた時などは、良い日になる予感がした。

ある日、耳男の傍に別の猫が現れていた。
「旦那か?」と思ったが、それにしてはよく似ている。というより、似すぎている。初めの頃はどちらがどちらか区別がつかなかったほどだった。
ほどなくして、新しい個体は耳男の弟である、と結論付けがなされました。
同じく細くて小さな顔の割に大きな耳を持っていたので、『福助』と名付けられることになる。
大槻ケンヂに想いを馳せて名付けられた。

かくして、見ているだけで惚れ惚れしてしまう美人の耳男と、ハンサムの福助による美形姉弟は、しばし我が家の庭を耽美に染め上げてくれたのであった。

そんなある日のこと。
美形姉弟コンビに、新たなメンツがひょこっと加わっていたのでたいそう驚いた。
まず、二匹に比べて明らかに小さい。小柄である。というか、子供だ。待て、生まれたばかりじゃないのか、これ?
目も開いてるんだか開いてないんだかわからないその小さな個体は、耳男と福助に比べ、体は、白より茶色部分の面積が多めだったため、茶丸、と名付けられた。

名付けられた、って書いているが、彼らが我が家の飼い猫だったことは一度もない。
個体を区別するのに名称があった方が便利だったので、そうしただけのことだ。
家にあげたこともないし、そもそも警戒心強くて近寄らなかったし、ご飯だって「くれ」と言われた時にあげるだけだったし、食ったら二人とも、すぐにどこかへ消えていってしまうのだった。

耳男、福助、茶丸、揃い踏みの頃。

この茶丸は一体どこから生えてきたのか?
その答えは少し経ってわかることになる。
しばらくして、茶丸の目が開き、茶丸が小さいなりに一人で庭を走れるようになった頃、耳男が、姿を消したのだった。

「子育てはこれでおしまい」
そんな耳男の書置き代わりに、福助の茶丸の二匹は、ポツリと庭に座り込んでいた。

茶丸は、美人だった母親に似ても似つかないほど、変な顔だった。
まず、生まれて少し経っても、右目が開かないままだったし、たまに開いても極端に小さく、「ひょっとして右目は見えていないのかもしれない」などと心配したものだった。
更に、鼻も悪いらしくて常に鼻水が垂れていたし、喉も弱くて鳴き声はいつも掠れ声だった。
その内、成長と共に右目も大きく開かれていき、鼻水も止まるようになった。鼻の穴はいつも真っ黒で、くしゃみばかりしていたけれど、その声はいつまでたっても掠れたままだったけれど。

耳男が、出産の場所に我が家を選んだのは庭の中であまり外敵も現れず、「くれ」と言えば住んでいる人間が素直に食べ物を提供してくれるからだろう。
ここなら安全だ、と判断し、そして茶丸を世にリリースした。

そして、耳男はこの家から出ていった。

福助ももう大人だ。いずれ出ていくのだろうな、そして茶丸もやがては、と考えていたのだが、福助は茶丸の傍から離れようとしなかった。
茶丸も、福助相手に喧嘩を挑んだり、福助のご飯を奪おうとしたり、やんちゃし放題だった。

耳男の代わりに育てなければ、と使命感を抱いていたのかもしれない。
耳男にそう、命令されていた可能性もある。
そんな風に考えてしまうほど、福助はハンサムなのにいつも奥手で弱虫で、繊細で神経質そうな顔をしていた。

反対に茶丸はそれは伸び伸びと自由に育っていた。
何より、生まれた時から環境に人間がおり、その人間がご飯をくれるのである。
人間に対する警戒心はゼロに近く、足音が聴こえただけで逃げ出す福助と反対に、茶丸は全力で人間に駆け寄ってくるのであった。

小さくて茶色くて丸くてふかふかの生き物が、足元に寄ってきておでこをすりすりさせながら掠れ声でにゃーんと鳴く。
これをされて頬が緩まない人間など存在せず、茶丸はやがて人間の生活の一部に融合していくのだった。

変な顔の茶丸(左)

つまり、朝、人間が目を覚ますと、同時に縁側で寝ていた猫たちも飛び起き、朝ご飯をねだる。ねだる方法は既に耳男から伝授されている。
昼間は大変自由に生きる。庭で寝たり、追いかけっこをしたり、少し冒険をしてみたり。
夜、人間が仕事場から帰宅すると、駆け寄ってきて、おでこを摺り寄せたり、時には人間と一緒に家の中へ駆け込む(そしてつまみ出される)。それが晩ご飯がもらえる時のルーティンと化していく。

茶丸と福助を飼っているわけではないため、「この二匹にとっての世界が、この家の庭だけになったらどうしよう」という不安は常にあったのだが、ある日、近所を歩いていると、福助と茶丸の姿を見かけることが増えてきた。
徐々にだけれど、二匹一緒ではあるけれど、世界を拡げつつあるのだ、という事実に、安心すると同時に、少しだけ寂しくもあった。
そんな人間の自分勝手な思いなど知る必要もなく、二匹にとってあくまで我が家は、「比較的安全でご飯がもらえる場所」として定着しつつあった。

そんなある日。

福助が、左の後ろ脚を引きずっていた。
見ると、大きく縦に傷があり、血が滲んでいた。
一目で、他の猫にやられたのだ、とわかった。
福助は、喧嘩で傷を負ったのだ。
普段から臆病で引っ込み思案な福助が、自分から喧嘩を売る姿は想像できない。きっと、他の猫の縄張りにうっかり足を踏み入れてしまい、やんちゃな茶丸が応戦しようとでもしたのだろうか。福助は、茶丸を護るために前に出て、そして怪我をしたのでは?
俺は猫ではないので、もちろん真相は訊けないままだったけれど、やがて怪我も治り(傷は残ったまま)、普通に歩けるようになってからも、福助は以前よりも庭の外に出るのを避けるようになった気がした。

茶丸は、そんな周りの変化にまだ気が付いていないのだろう。やんちゃのままだった。前の道路を横切り、向かいの家の屋根を歩いているところを、よく目撃した。

福助は喧嘩以来、外が怖くなってしまい、茶丸は成長と共にどんどん行動範囲を広げていっていた。

それでも耳男がいなくなってから、ずっと行動をしてきた二匹だ。
夜はくっついて寝ているし、ご飯も一緒のお皿で仲良く場所を譲り合って食べていた。もっと小さい頃は福助のご飯さえも奪おうとしていた茶丸も、福助にちゃんと気を使うようになっていた。

茶丸にとって、福助は、母親の弟である。
つまり、叔父さん、というわけだ。
やんちゃで人間を恐れず、自由気ままに駆け回る茶丸と、臆病で常に一歩下がり、距離を置いてじっと見ている福助。
親子でも兄弟でもない、その珍しい環境は、自分の中で二匹を、より特別な存在に高めていたように思う。
尊い、などと。

茶丸は、玄関の前にいることが多かった。そこで寝ていることもしばしば。
玄関にいると、俺が煙草を吸うために外に出た時、すぐに近寄れる場所でもあった。
煙草が灰になるまでの間、玄関先に腰掛け、茶丸を撫でることは、日々の決まり事、と化していた。

玄関前を城とする茶丸。

茶丸にとって、玄関先は、自分の城、という認識だったのかもしれない。
耳男、福助、茶丸が庭先に現れるまで、我が家の庭では別の猫がレギュラー化していた。
四肢の先っぽだけ白いその個体は、『雪駄』と呼ばれていた。
雪駄は、「我が家がご飯あげる必要はないのでは?」と思うくらい毛並みも艶々で、でっぷりと太った「お姐さん」猫だった。恐らくだが、我が家とは別に、キチンと毎日ご飯を沢山食べることのできる家(小屋)を持っている。そんな雪駄には長年、我が家の庭のレギュラーを務めていただいていたのだが、耳男率いる若手トリオが我が家の庭でコーナーを持ち出してから、「やれやれ」といった表情を浮かべた後、次第に顔を出さなくなっていた。
その雪駄が、「最近どう?」と、顔を出すのが、玄関先だったのである。
そんな時、俺は「雪駄さんじゃないすか。ご無沙汰しております。ぼちぼちやらせてもらっておます」などとへいこらしながら、雪駄にご飯をあげていた。
茶丸は、そんな雪駄に近づきながら、「先輩が今更何の用すか?」と、掠れ声で威嚇しながらそのご飯を奪おうとして、よく雪駄に顔面パンチをされていた。
そしてそんな時、雪駄はいつも「やれやれ」といった表情のまま、少しだけご飯を残して去っていくのであった。
雪駄が消えた途端、その残飯に飛びつく茶丸と福助の姿を見て、「これが勝者の余裕、そして元気なだけで食えない若手の余裕のなさか……」と震えるのであった。何の話だ?

事件はある夜突然に。(フェリスはある朝突然に)
その日の夕方も、雪駄が「どないや」と玄関先に現れたので、俺は「へえ、あんじょうですな」と一人でブツブツ会話しながらご飯を差し上げていた。
茶丸はやはり雪駄に文句を言っていた。
茶丸にしてみたら、我慢の限界だったのかもしれない。
なにしろ、彼にしてみれば、玄関先こそは、自分の城、なのだ。
いつまでも、先輩面の姐さんがのっそりと現れてご飯を食べていく姿は、我慢ならないのである。
そこまで茶丸が追い詰められていたことに俺が気づいたのは、その日の深夜のことだった。
寝る前に一服、とガラリと咥え煙草で玄関を開けた俺の足元のサンダルが、ズルリ、と滑った。
何事? と戸惑う俺の鼻先につーん、と嗅ぐわしい匂いがフルスイングで叩きこまれてくる。
茶丸が、玄関先に脱糞していた。
嘘だろ、マジかよ、もう寝るところなのに、という思いとショックが頭を駆け巡る。
同時に、可愛い子猫だから許すけれど、これが人間の成人男性だったら通報するところだぞ、というやるせなさも頭を駆け巡る。
深夜に、ティッシュで糞を片付け、水で洗い流しながら、「もう二度と雪駄はこないと思うよ」と、玄関先でゴロンとする茶丸に話しかけた。
そしてもちろん、福助は少し離れたところでそんな様子を見ていたのだった。

先日、台風二号が石垣島にこんにちは、した。
福助と茶丸の二匹は大丈夫だろうか、とよぎったが、二匹にとって、何も今回が初めての台風ではなく、去年も経験しているため、そこまで心配もしていなかった。
結果、台風自体もそこまで大きくなく、ルートも少しずれていたため、二匹は相変わらず元気に朝を迎えていた。
でも、台風の間も、やっぱりぴたりと身を寄せ合って、夜を明かしていた。

台風の日。

福助と茶丸は、そうやって、成長しながら、世界を拡げながら、それでも手を伸ばしたい時はお互いに掴める距離で、時にはぴったりとくっついて寄り添って、丸くなって夜を明かして、朝になってまた年を重ねていくのだ。
今日まで、そう思っていました。

ええと。ようやく俺の筆は、今の俺の時間に追いついたのです。
こんなフレーズを書くのは二回目で、一回目はこの時だったな。

2023年6月6日。今日の記録。

朝目が覚めて、仕事に出かける前、福助が縁側でご飯をねだっている。
いつもだったら茶丸の方が大きな声でねだっているのに、その姿が見えない。世界を広げた結果が出ているのかも知れない。
お腹が空いたらまた来るだろう、なにより、茶丸は、福助よりもずっと子供で、まだ一歳になったばかりなのだ。
福助に「茶はどこいってるの」と話しかけながら、普段より少なめのご飯をあげる(一人分なので)。

お昼休みで一時帰宅する。
庭先で寝ていたりする茶丸の姿が、やはり見えない。
福助は少し遠巻きにこちらを見ている。
お昼ご飯を上げる習慣はないので、人間だけがご飯を食べ、また職場に戻る。

夕方、職場から帰宅する。
帰宅前に「家の前の道路を掃除しよう」と決めていたので、ドラッグストアで指定ゴミ袋を購入し、帰宅。
昨日までなら真っ先に飛びかけてくる茶丸の姿は、やはりない。
福助だけが、少し遠巻きにこちらを見ている。
福助一人分のご飯を上げてから、湯船にお湯がたまるまでの間、という計算で、家の前の道路の掃除を開始する。箒とチリトリで、落ち葉や枯れ実などを集めてゴミ袋に詰めていく。
掃除をしていると、ゴミ袋に茶丸や福助が良く顔を突っ込んでいた思い出がよみがえる。「何かいいものあるかも」という行動だ。
今回、ゴミ袋に福助は顔を突っ込もうとはしない。けれども、普段より、俺と距離が近い気がする。
目が合うと、普段よりも大きな声で鳴く。
「ご飯食べたんだったらチビ(茶丸)探してきな。道に迷ってるかもよ」などと話しかける。
湯船にお風呂が溜まったので、掃除を切り上げて入浴する。

入浴後、人間の晩ご飯の支度をする前に、少しだけ、外に茶丸を探しに行ってみようか、と思い立つ。
まだまだ明るかったし、家の前の、自分が掃除した道路を確認したりするのは気分が良くなるため。
庭から外に出ていこうとする俺の後ろに、福助がついてきて、大きく鳴く。
家の外の道路まで出ようとした時点で、ひと際、福助の声が大きくなる。
「何?」と思って福助を振り返るが、福助は、俺を見てはいない。
俺の正面にある、道路を挟んだ駐車場の方を、見すえたまま、すごく大きな声で鳴いている。
福助の視線を辿る。
道路の向こう側の駐車場が目に入る。
駐車場入り口の片隅。
白くて、茶色い、毛皮が見える。
俺の背後で、福助は鳴き声のボリュームを更に上げる。
叫び声に聞こえる。

──福助は、怪我をして以来、一層、臆病に拍車がかかり、外へは出なくなった。
茶丸は、元気一杯に、道路の外へ飛び出していた──

俺は左右を見て、車が来ないことをきちんと確認し、道路をゆっくりと渡り、駐車場へ足を踏み入れる。
白くて、茶色い毛皮が、駐車場の、片隅に、横たわっている。

その毛皮は、白よりも、茶色の面積が多い。

但し、丸くはない。
伸びている。
鼻先から、手足まで、毛皮は伸びきっている。
毛皮の、白の部分には、いくつもの黒い斑点が、羽音と共に増えたり減ったりしている。
毛皮の鼻先は、黒い。
目はビックリしたみたいに見開かれていた。口も大きく開いている。
そしてその顔は、血で真っ赤に染まっていた。
その体の周りに点滅する黒い斑点の羽音と、道路の向こうの背後からの鳴き声が、一際大きくなる。
そしてやはり、福助は決して、道路を横切ってこちらへは近づいてこない。

毛皮は──茶丸で、息もせずに、冷えていた。

すぐに俺が理解できたのは、「車に轢かれた」ということだった。
顔と頭が、へっこんで血塗れになっていた。
次に理解できたのは、「誰かが、道路の真ん中に置き去りにはせず、駐車場の隅に移動してくれた」ということだった。
潰れてしまった頭部以外は、蠅と蟻が集っているとはいえ、とても奇麗なものだった。

まず、俺はとてもビックリしました。
次に、「あーあ」と思い、その次の瞬間には、「他の人に見せないようにしないと」と思いました。

とりあえず、回れ右をして、自宅へ戻り、先ほど集めたばかりの落ち葉の詰まったゴミ袋を抱えて、駐車場へ戻り、茶丸の上へ落ち葉を被せ、その姿を隠す。
「通行人や駐車場利用者がビックリしてしまう」のを、防ごうと思った行動であり、その次のことなど何も考えていない。

この時の俺は、目の前の前の出来事に対して、スイッチをパチンパチンと切り替えているだけの、反射に近い状態で、その先や、今後のことなどは、全く、一切、考えられなかったし、想像もできない視界狭狭(せませま)人間になっていたことを告白します。

落ち葉を被せて茶丸の姿をとりあえず一目から隠した俺は、次に、「他人様の駐車場に置いといてはいけない」に思考がチェンジします。
別に、茶丸は我が家の飼い猫ではないという認識だったとはいえ、それでも。
我が家のお庭で過ごした時間は、向かいの駐車場以上だったはずだから、と考えてしまう限りは、我が家のお庭に運んであげたい、という結論に至りましたので。

幸い、道路の掃除をしていたばかりなので装備が揃っていました。
再び軍手をはめて、駐車場に茶丸を迎えに行き、落ち葉ごと抱えて、我が家に戻ります。
戻ったはいいが、そこから先どうするんだ?
後先考えずに行動するからこういうことになるんだよ。

まあ、あれだ。
茶丸はさ、ずっと我が家の庭で育ったし、我が家の庭が大好きだったんだと思うよ。良く寝てたしさ。だからね、我が家の庭に埋めてあげるってのも、良いんじゃないのかな。
などと、遠巻きに見ている福助に語りかけながら。

ふと、道路を振り返ると、さっきから、おそらく朝からずっとそこにあったのに、けれどもその瞬間までまったく目に入っていなかったものが飛び込んでくる。
それは、道路の真ん中に拡がった黒い染みで、その染みは、車の進行方向へズズッ、ズズズズッ、と、細く薄く伸びていて。

茶丸の命の残滓が、道路に、黒く、染みになって残っていた。
俺は、染みにそっと手を合わせたのでした。

連れて帰ってきた茶丸の体を庭先に横たえ、庭の柔らかい土の部分をなんとか探しあて、スコップをザクザクと振るっていると、その間に福助は、おっかなびっくり、冷たく固いまま伸び切った茶丸の体に、顔を近づけて、すんすん、と匂いを嗅いでいました。
ああ、挨拶できたねえ。
恐らくだけれど、あれで、福助にはこの一晩の間に、茶丸に何があったかは、すんすんと、理解できたんじゃないのかな。
突然いなくなった甥っ子に、改めて──もう、動かなくなってしまったとはいえ、出会えた。
道路の向こうの駐車場の隅ではなく、二人で過ごしていたお庭に、横たわっている状態で。
すんすん。

だからね、福助。
お前は、茶丸の分も生きようね。

茶丸に土を被せ終え、盛り土の周りを、庭の方々にあった赤瓦の破片で装飾し、線香を炊く。

南無。

うん。
これでようやく、茶丸の埋葬ができた。
埋葬とか葬儀は、手順だ。
生きてる側が手順をキチンと踏むことで、人は己の心の負担を和らげるのである。

もし。
俺が今日、家の前の道路の掃除もせず、落ち葉がゴミ袋に溜められてなかったら。
夕方に風呂に入らず、道路の様子も確認しようと思わなかったら。

茶丸が今日死んだのは仕方ない。
それは、俺の範疇を超えている。

でも、もし俺が今日、茶丸がもう死んでいたことに気づかずに暮らして、今後も毎日「今日も茶丸来なかったな。明日は来るかな」などと思いながら日を重ねるよりも、茶丸を、今日、お庭に埋葬できたことは、やがて、その次に繋がる経験になると思うのです。なってくれ。

俺は今日(6/6)、お庭に、我が家の庭を拠点にしていた猫の、お墓を建てました。
木の根っこや、小石がたくさんあるお庭で、とっても苦労したんですが、なんとか柔らかい地面を探し、掘って、横たえて、土で埋めて。
丸い、お墓を作り、線香を炊いてやることが出来ました。

ありがとう、茶丸。
沢山のニコニコとアハハハと、イライラとキャッキャッを俺に与えてくれて、感謝だよ。


茶丸は、我が家の庭で眠ります。


彼が産まれた庭です、
彼が走り回った庭でした。
彼のお城となった、庭でした。
でも、彼は、その庭から飛び出た瞬間、潰えてしまいました。
それでも、彼の心底は、この庭の遥か彼方を、見据えていたと思います。

そんな彼が心底安心できる場所になれば、と、我が家の庭の、茶色い地面に、穴を掘って、埋葬しました。

はい。
その盛り土の色と、形は─────














追記。

嘘みたいな本当の話だけど、さっき、いなくなって以来、初めて耳男が、来た。(左で首伸ばしてエアコンの水飲んでるのが福助)

奥で目を光らせている耳男。

どういう連絡網!?

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