怪談『懲らしめ』
「そいつ、ユウキっていうんですけど」
美容師の松永さんは言った。
「同じ美容室にいて。普段は良いやつなんですけど、調子に乗るとこがあるっていうか。いわゆる、『俺は視える』とか言っちゃうやつで」
視える、というのは?
「おばけです。で、そういうこと言うと、女の子とか、怖がったりするじゃないですか。それでますます調子乗っちゃうやつで」
人にスマホや携帯の写真を見せてもらっては、どこそこに幽霊が写ってる、などと吹聴していたという。
「『ここに顔が写ってる。これはここで死んだ男の子の霊だ』とか、『そういえばそこは昔合戦場だったらしいよ』とか、とにかく人の携帯の写真見てはそういうこと言うんですよ」
初めは松永さんたちも楽しんでいたが、毎回言うのでうんざりしていたという。
「だって、ユウキが、ここに顔が写ってる、とか言っても、見たって、特に顔とかには見えないんですよ。無理やりこじつけてる感じが凄くて」
「幽霊が視える自分」を、飾ってたというところだろうか。
「そう思いました。で、俺らでちょっと、あいつ、どうにかしないとなあ、って話になったんです」
松永さんたちは、ユウキのことを色んな人に相談してる内、マエシロさん、という男性と知り合うことになる。
「行きつけのバーのマスターが、『そういうことなら、マエシロさんだ』って言って、紹介してくれたんです」
バーに現れたマエシロさんは、ドレッドヘアがよく似合う大柄な男性だった。
「俺らと会うなり、マエシロさんは『俺、ユタの血だから』って」
ユウキの話を聞くと、「それはまずいね」と言った。
「『そういう嘘ついてると、期待した霊たちが、裏切られたと思って酷いことしてくるよ』」
そう言ってマエシロさんは、自分のスマホを取り出して、操作をすると、1枚の写真を松永さんにメール送信した。
「『これを見せてあげればいいさ』って言われて、マエシロさんとは別れました」
松永さんがその写真を確認すると、どこかの森の中の一本の木を写したものであったという。
「本当にそれだけで。こんなのがどう役に立つんだろう? って疑問でした」
マエシロさんに担がれたんじゃないか、と、仲間内で話すくらい、何の変哲もない写真に見えた。
「で、ユウキと飲んだときに、そういえばさ、って、その写真見せたんです」
ユウキは、それを見るなり、真っ青になっていったという。
「じーっと写真見たまま喋らないから、何が映ってる? って訊いたんです」
ユウキは、「赤ちゃん。真っ黒」とだけ答えたという。
「それからなんですよ、ユウキの様子がおかしくなったのは」
ユウキは、写真に自分が映ることを極端に嫌い始めたのだという。
「記念撮影とか、お店のブログ用の写真とか、とにかくカメラから逃げるようになったんです」
一度、店長がユウキに怒ったらしい。
「そしたらあいつ、『俺が写真に写ると、一緒に写っちゃうから』って」
しばらくして、ユウキは突然美容室に来なくなり、そのまま辞めてしまったらしい。
「で、店長たちと、あいつのTwitter見てみたんです」
辞める前日に、ユウキは一枚の写真を、コメントも無しで投稿していた。
「あいつが自撮りしてる写真でした」
自宅で撮られたらしいユウキの顔面のアップが一枚、残されていた。
「で、お店の女の子が気づいたんですけど」
こちらを見つめるユウキの両目の中に、顔が写り込んでいた。
「目と、鼻と、口が、真っ黒の、赤ちゃんに見えました」
ユウキとはそれ以来、連絡が取れないままだという。
「俺らの間だと、あいつはもう、この先、誰の写真にも一枚も写ること無いまま、消えてくんじゃないかって」
それで、マエシロさんが送った写真は、今どうなってるんですか?
「それが、知らないうちにデータから消えちゃってるんですよ。いや、本当にあれ自体は普通の写真だったんですけどね」
松永さんは、煙草をくわえてから言った。
「懲らしめすぎちゃったんですかね」
さあ、どうなんですかね。
※登場する人物名は、全て仮名です。
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