怪談『バケモンGO』
「今みんなやってるアプリのゲームあるじゃないですか」
ネイルショップに勤める河田さんは、自分のスマフォを操作しながら言った。
「実際の町並みや道路が、地図で画面に出てきて、そこにモンスターが現れるから、そしたらボールでゲットするってやつなんすけど」
実際に触らせてもらうと、なるほど、確かに、スマートフォンの画面に出ているゲーム上の地図と、実際に私たちがいる喫茶店付近の地図は殆ど同じであった。
「この状態で、街を歩いてると、時々、モンスターが画面上に現れるんですよ。で、それを捕まえて育てたりするんす」
河田さんが、友人の安井さんと、このアプリゲームをやりながら自宅まで移動していたときのこと。
「私のアパート行くまでに、団地地帯を抜けるのが早いってことがあって、その時もいつもみたいに、団地の中を歩いていたんす」
夕方も暗くなり始めていたという。
「安井は、団地の中なんてやめようよ、って言ってたんすけど」
なんでも、アイテムが貰える「ストップ」と呼ばれる場所がゲーム内には幾つも存在しており、児童公園だとか町のオブジェ、地蔵などに「ストップ」は設定されていることが多いらしい。
安井さんは、団地の中には「ストップ」が殆どないため、不満だった。
「そんでも二人でスマフォ見ながら歩いていたら、突然、安井が驚いて」
尋ねると、画面上にモンスターが大量に現れたらしい。
「で、私のも見てみると、近くにすごいいっぱい集まってて」
画面上に、七匹近くのモンスターが一箇所に集まっていたらしい。
「二人で、ゲットしようと、モンスターにボールぶつけたりしてたんですけど」
河田さんは妙なことに気がついた。
「そこ、「ストップ」でもなんでもないんすよね」
聞くと、ゲーム内でモンスターが大量発生することは珍しくないのだが、それは主に「ストップ」に対して、モンスターをおびき寄せるアイテムを使用した場合に限るらしい。
「だから、モンスターがこんなに集まってくるのって、変なんすよ」
そのタイミングで、安井さんも、その珍しい現象に気がついたという。
河田さんと安井さんは、スマフォの画面と、自分たちが実際立っている場所とを、見比べてみることにした。
「少し離れたところにモンスターが一箇所に集まっていて」
そこは、掃除用具などが入れられている、コンクリート製の倉庫だった。
「どうしてあんなところに、って思って、ちょっと近づいてみようって」
二人でそーっと、倉庫の裏に回ってみた。
「ボッロボロの花束が幾つか置いてあって」
他にも、薄汚れた缶ジュースや、蓋の取れたワンカップの瓶などが転がっていたという。
「なにこれ、っつって、倉庫をよく見たんすよ、そしたら」
倉庫の屋根の部分から地面の花束に向かって、真っ黒な汚れが、真下に飛び散っているように見えた。
「もうずいぶん前の汚れだと思うんすけど、もうずーっとあって、取れないんだ、みたいな」
珍しい汚れだなあ、と河田さんは見ていたが、
「あれ、血じゃない? って安井が言って」
河田さんが思わず倉庫の更に上を見上げると、遠くに団地の屋上部分の縁が、紫色の空を区切っているのが見えた。
「あ。そっか。これ、誰かが屋上から落ちて、倉庫の屋根にぶつかって、血を撒き散らしながら地面に落っこったんだ。ってわかったんす」
そしてその場所にボロボロの花束が供えてあり、モンスターがそこに集まっている。
「なんとなく、ああ、死んだ人に、モンスターがみんなで会いに来てあげてるんだ、ってわかって」
河田さんは、とても優しい気持ちに包まれたという。
「でも、安井が私の腕を掴んで、帰ろうって」
河田さんは、こんな優しいモンスターを捕まえるのも可哀想だ、と思って従い、速やかに家に帰った。
「で、不思議な事もあるもんだねー、って、私の考えを話したんす」
優しいモンスターたちが、死んでしまった寂しい誰かに会いに来てあげてるなんて、ちょっといい話だよね、と。
「そしたら、安井が真っ青な顔で怒ってて」
そう見えたわけ? と訊いてきた。
「あんまり私は意識してなかったんすけど、あの子は画面見てて、もう一つ違うことに気づいたらしくって」
スマートフォンの画面上。
実際に花束が供えてあった場所に、十匹近いモンスターが、一箇所に集まっていた。
「河田、あれは違うよ、って」
それは、花束を中心に、モンスターたちは顔を寄せ合い、囲むように。
「あれは、食べに来てたんだよ、って」
安井さんは、もうアプリを削除してしまったという。
「辞めることはないと思いません?」
そもそもやってないのでわかりません。
※登場する人物名は、全て仮名です。
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