怪談『霊道』
「あ、怖い話っていうのは、私は聞いたこと無いんだけれどね」
看護師である宮里さんは思い出したように言った。
「ウチの息子の、イチロウが、なんかそういう、お化けや幽霊なんかを、よく見るといっていたよ」
イチロウ君は、今は県内の農協で働いているという。
「小さい頃からね、お母さんあそこにおっちゃんがおるよ、とか、今は子供が移動してるから近づかん方がいいよ、って言って、私には何にも見えない場所を指差したりしてたさ」
でも、宮里さん自身には、そういった霊的なものは全く見えないんですよね。
「私は全然。主人もさ。だから、イチロウだけ」
宮里さんの他の親族にもそういったものが見える人はおらず、息子であるイチロウ君だけに、突然霊が見えるようになったのだという。
「私らには見えないけれど……あの子が見えるというなら本当なんだろうね。私と主人は信じてましたよ」
普通の親なら気味悪がったりすると思うんですけどね、と宮里さんは笑った。
「で、あの子が高校生の頃ね、部活の合宿で山のほうの合宿所に行ったのだけれど」
合宿中に、多くの生徒たちが原因不明の高熱にうなされ出したのだ。
「それで、私の働いている病院に何人も運ばれてきてね」
宮里さんは、偶然息子と話すことが出来たのだという。
「イチロウはなんともなかったんだけど」
とても真っ青な顔して落ち込んでいたらしい。
「どうしたの、と訊いたら、お母さん、俺、こうなるんじゃないかと思ってたんだよ、って言って」
どういうことかと尋ねると、
「あの合宿所はね、霊の通り道を横切るように建っているんだよ、それで、道を上手に通れなくなった霊たちが合宿所に溜まってしまって、何人もひどい目にあっちゃってるんだよ」と、答えた。
「あんたそれ、どうして早く言わなかったの、って思わず言っちゃったんですけど」
誰が信じてくれる、こんな話? と、返されたという。
「結局、病院に運ばれた生徒や先生達は、次の日にはなんともなかったようにケロッと治って、帰っていったんですけど」
合宿から帰ったイチロウ君にそのことを伝えると、
「俺、その日の晩の内に、合宿所の窓全部開け放したからな」
それによって、出口を見つけられなかった霊たちがみんな出て行ったのだという。
「大学生になって大人になっていくに連れて、もう霊みたいなのは見えなくなっていったみたいですけどね」
それでも、イチロウ君の霊が見える、という言動を、どうしてそこまで信じれたのですか、と訊くと宮里さんは笑いながら言った。
「そりゃ信じますよ。だってあの子ね、生まれたとき、耳がなかったんですよ」
え?
「丸い顔の両側に二つ、穴が開いているだけで。耳がなかったんです」
他の皮膚を耳の形に形成し、後からくっつけたのだという。
「耳がなかった代わりにね、そういうものが見えるように生まれたんだ、って私と主人は納得してたんです。でも、歳重ねるごとに耳が本物の自分の耳になっていくでしょ? だから段々見えなくなってきたんだなあって。そういうことなんですよ」
そうですか。
※登場する人物名は、全て仮名です。
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