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リモート合唱を成功させるためのノウハウ

はじめに

 新型コロナウイルス感染症の影響で様々な音楽活動ができない状況で、2月末頃、私がプロデュースしている団【Chor.Draft(コール・ドラフト)】でも、春に予定していた演奏会を延期することとしました。そしてそれと同時に、この自粛期間が長期に及んだ場合のことを想定し、【多重録音による合唱音源の制作】をスタート。1ヶ月ほど実験を重ね、リモートでできること、できないことを見極めてきました。
 4月現在、まだまだ集まって合唱をするというわけにはいきそうもありません。現状、新規の合唱演奏をアウトプットする方法として、リモート合唱というものがあります。今後、リモート合唱に取り組んでいく合唱団も徐々に増えていくかと思います。そこで、いち早く取り組んできた私たちの経験を公開すれば、そのような団のお役に立てるのではないかと思い、手法をまとめてみました。
 リモート合唱で大事なのは、とにかく第1回目を成功させることです。

 今回は、合唱団の運営の方向けに、リモート合唱の第1歩目に役立つ実践的な方法・コツを共有させていただきます。弊団がリモート合唱に挑戦した際につまづいたところや、工夫したポイントを載せています。取りまとめ役、参加者が共に慣れてきたら、この内容からステップアップしていただければと思います。
 本記事が合唱界を盛り上げる一助となれば幸いです。

注意点

・参加者に、実施にあたっての意義をきちんと説明すること。
・参加者のご家族や近隣の方のご迷惑になる場合が多いことを理解すること。
・参加者にとってハードルは高いことが多いが、最後まで諦めないこと。

登場人物

 本記事では各団にこういう役割の方々がいることを想定して記載します。団によって事情は異なるでしょうから、うまく読み替えてください。
指導者
 音楽作りや表現方法の指示を行います。指揮者も兼務しているかもしれません。
運営
 リモート合唱を企画し、曲を決め方法を考えて周知し、取りまとめます。本記事のメインターゲットです。
パートリーダー
ピアニスト
参加者
PC係
 各自の音声を合成(ミックス)する作業があるため、ある程度パソコンのことが分かっている人が1人必須です。ただし全ての作業の中で最も負担の大きい作業のため、ボランティアでやってもらうのはリスクが大きく、今後も続けていくなら、ボランティアでやってもらうよりは、きちんと謝礼を出すようにしてください。
 参考までに、弊団ではクオリティを求めて、5分程度の音源でしたら1人につき1~2時間かけて処理(タイミング調整・音量調整・音質補正・ノイズ除去 etc.)して整え、全体調整では、またまとまった時間をかけて作業してもらっています。

選曲

 練習も一人で行うことになるため、最初は歌い慣れた曲がおすすめです。楽譜の問題もあるので既に団として取り組んだことのある定番曲がいいでしょう。団歌などがあれば、それもいいかもしれません。ただし、その場合は、これはリモート合唱を続けていくにあたって、トライアル的な位置づけ(まずはやってみよう、の段階)であるということをきちんと説明しないと理解が得られないかもしれません。
 テンポ変化のない曲が好ましいです。rit.などがあるとタイミングが合いません。
 無伴奏曲も避けたほうがよいです。各自がイヤホンで聞いているメトロノームの音がマイクに拾われてノイズとなる場合があるためです。

準備

 どれだけ準備に力を入れられるかが勝負です。ここに書いたものはほぼ必須で、各合唱団の性格に合わせて工夫し、より柔軟に準備してください。

人数分の楽譜
 新曲を演奏する場合は、ネット通販で買ってください。幸いなことに流通は止まっていません。スキャンしてコピー等は絶対にダメです。楽譜の面からもやはり最初に挑戦する曲は参加者が既に持っている楽譜の中の曲がいいですね。
 弊団は私が楽譜を作成してPDF(パソコンやスマホで見られるデータ)で配布しています。

楽譜への書き込み指示
 音楽作りに必要な指示は、基本的に一方向になります。双方向ではできないと心得てください。指導者が、この言葉を大切に歌うとか、ここのロングトーンはキッチリ伸ばしきるとか、参加者への指示を事前に練った上で、伝えてください。

メトロノーム音源
 まずピアニストに依頼し、メトロノームの音とピアノ伴奏の音が入った音源を準備してもらってください。スマホ録音で大丈夫ですが、メトロノームの音のほうが大きくなるように録ってください。
 また、ピアノ伴奏だけの音源で録音するのは好ましくありません。そもそも、合唱から始まる曲や、ピアノの長い休符がある曲では、そこでズレてしまいます。

ピアノ音源
 ミックスに使用するための、ピアノのみの音源を別途用意してもらってください。上記メトロノーム音源の、メトロノームなしバージョンです。
 PC係の技術力次第では、ピアニストの方にわざわざ2回収録してもらわなくてもよくなる方法はあります。

練習用音源
 用意したメトロノーム音源を、各パートリーダーに送り、実際に歌ったものを録音してもらってください。参加者に依頼するより前に、お手本となる音源をパートごとに準備してください。

提出物のサンプル
 参加者各自はこういうものを出せばいいという最終アウトプット(歌声だけが入った音声データ)をサンプルとして1つ用意してください。「パートリーダー」に、練習用音源とは別に依頼し、参加者が作業を始める前に用意してください。どれだけ言葉で伝えてもどうしても勘違いや想定外のことは起こりますので、ゴールはこれだと示しておくことが目的です。

提出物の提出先/手順
 「PC係」と相談の上、録音したデータをどこに提出すればいいかを決めておいてください。パソコンやスマホが苦手な方でもわかるように手順をまとめておくべきです。機械の扱いが苦手で、ここが「越えられないハードル」になってしまう方も、残念ながら一定数いらっしゃいます。
 注意点としては、一部のコミュニケーションツールを経由すると音質がかなり劣化してしまうことです。私たちが試した中ではLINEはダメでした。メールの添付ファイルとして送る、などがいいと思います。
 弊団ではクラウド上に借りたストレージに、各スマホからアップロードしてもらう手法を取りました。

参加者が用意しなければならないもの

録音用の機材(スマホ・ICレコーダー)
 録音用です。ファイルを取り出しメールで送れる方はICレコーダなどでもOKですが、ファイルのトラブルを防ぐためスマホにしておくと無難かと思います。

メトロノーム音源を再生する機材(スマホ・タブレット・PC・MP3プレーヤー等)
 この機材からイヤホンでメトロノーム音源を聞き、録音用の機材に向かって歌います。録音にスマホを使う場合は2台目のスマホが必要です。家族に借りるか、機種変する前のスマホが残っていればそれを使うとか、工夫してもらってください。

イヤホン
 音漏れの少ないものが望ましいです。

楽譜(紙・スマホ・タブレット・PC等)
 楽譜を用意します。紙が最も無難ですが、ページをめくる音がノイズとして収録される恐れがあります。PDFで用意すればスマホなどのディスプレイに表示させられます。その場合、上手くやればメトロノーム音源を再生する機材と兼ねられるかもしれません。

静かな環境
 テレビの音や、家族の声、車やバイク、救急車やパトカーの音が入れば録音をやり直さなければならなくなります。ここも「超えられないハードル」になることが多いです。ご家族や近隣の方にはご負担をかけさせることになりますが、今こういう事態になっていて迷惑をかけるが、何時から何時までは録音のために静かにしてほしい…など、家族とよく話し合うようにお願いしてください。
 宅録のコツは調べれば出てきます。例えばクローゼットを防音室に改造した方のブログなど出てきますが、そこまでしなくても、クローゼットや押し入れにこもって録音するだけでもずいぶん違います。

参加者がやるべきこと

 パートリーダーも含みます。
準備
 まずは上記の用意するべきものを用意してください。

練習
 「練習用音源」を利用して、ひとりで練習してください。音程間違いや歌詞間違いは、ホールで歌う時より目立ってしまいます。練習用音源でパートリーダーが歌っている通りに歌えるように練習してください。ただし家での練習になりますので、小声で練習することになり、効率は下がります。
 ひとりで練習するのが苦手なら、ビデオチャットを利用したリモート練習などを企画するのも1つの方法ですが、運営や指導者の負担が増加します。オススメはペア練習です。2、3人で通話(LINEグループ通話など)をしながら、お互いちゃんと歌えているか確認し合うこと。雑談なども交えるとずいぶん気持ちも晴れます。

録音
 例えば1台のタブレットに楽譜を表示させ、1台のスマホからイヤホンでメトロノーム音源を聞き、もう1台のスマホで録音をする。というように、「楽譜を見る」「メトロノーム音源を聞く」「録音する」の3つを同時に行います。それぞれの環境によって方法は異なります。
 発声練習はしっかりしてください。寝起きの声はガラガラとしていますが、ひとりなのでそれにも気付きにくくなります。
 録音用の機材は、口元に近づけすぎないようにしてください。ブレスの音やリップノイズと呼ばれるノイズ音の影響が大きくなります。また小さな声だとやはりノイズの影響が多くなりますし、ボソボソと歌うと合唱らしくなりません。
 容易ではありませんが、ベストの録り方は、ある程度(1m弱)距離を開けて、ハッキリと大きな声で歌うことです。
 合唱に慣れた人ほど、なぜかワンテンポ遅れて発声する傾向があるようです。メトロノームにしっかり合わせて歌ってください。体でリズムを取ってください。
 自分の声が大きすぎてメトロノームの音を見失ってしまう場合は、音量を調整してください。
 1曲通しで歌うのが難しい場合は、1番と2番で分割して音を録るなどのルールを設けてもいいかもしれません。ただし、その分PC係の負担が増えることに留意してください。

提出
 納得いくものが録音できれば、指示された方法でデータをPC係に提出してください。1人で歌っている音声は、発声が完璧ではなかったり、声が震えてしまっているかもしれません。これで大丈夫かな?と思ってしまうかもしれませんが、多くの場合、大丈夫です。他の人の音源を足し合わせれば、いい感じになっていきます。ベストは尽くすべきですが、ある程度は大目に見ても大丈夫なことが多いようです。

PC係がやること

 音声を編集するためのソフトウェアを導入してください。フリーから有償のものまで、選択肢はかなりあります。マルチトラックで編集できるソフトであればいいでしょう。

・Audacity
・Cakewalk by BandLab
 これらのソフトはWindowsで動作するフリーウェアで、おそらくミックス作業可能です(未確認)。

 弊団ではオーディオインターフェースと呼ばれる機材に付属していた「Cubase AI」というソフトを使っています。
 まずは、音声のタイミング合わせの基準となるものとして、1トラック、メトロノーム音源を配置してください。その音源にタイミング合わせて、各自が提出した音源(ピアノ音源含む)を配置してください。
 イコライザが使えるなら、人の声が含まれる帯域以外の音はカットしてください。換気扇の駆動音などが低域で鳴っていると、かなりのノイズです。高周波数をカットしすぎると、こもったような音になるので削りすぎにも注意です。
 また、歌い始めと歌い終わり、また長い休符のところは削除してください。
 音量は、盛り上がる部分で割れてしまわないように調整してください。一人で割れていなくても足したときに割れてしまうかもしれません。音量は奥が深いので調べてください。
 リバーブエフェクターなどが使える場合は、適宜処理してください。リバーブ(残響音)がある程度かかった方が、ひとりひとりの音が合いやすくなります。ただ無暗にかけすぎると、変になります。YouTube等で実際の合唱音源を聞いて比較し、自然なリバーブ感を目指してください。
 Pan(音の左右)も振ってください。例えばソプラノは左耳寄り、アルトは右耳寄りに聞こえるように配置すると、ステレオ感が出ます。もちろんこれもやりすぎに注意です。
 録音環境の異なる音源同士を足し合わせて合唱らしく聞かせる手法については、あまり情報がないようです。試行錯誤しながら完成させていくことになると思います。

最後に

 完成したら、音源をメンバーに配布するなり、YouTube上で公開するなりしてください。YouTubeには収益化機能がありますから、イベントのキャンセルなどでついた赤字分を少しは補填してくれる可能性もあります。
 繰り返しますが「第1歩目はハードルを低く」です。本当に、30秒ほどの曲で、人数を絞ってトライするなどでもいいでしょう。段々と人数を増やし、曲の難度を上げていくようにしてください。コロナ禍の期間でどこまでステップアップできるでしょうか?
 本来、合唱というのは人が集まって歌うものです。ですので、リモート合唱は合唱ではないというご意見ももちろんあると思います。しかし、この状況が数か月、数年続く可能性も否定できない状況である以上、合唱を辞めずに続けたい人にとって、オフラインの同空間で人と声を合わせるという楽しみ方はできないにしても、リモート合唱ならではの楽しみがきっと見つかるのではないでしょうか?
 また、以下は実際にリモート合唱の収録に参加した方からの意見です。

確かにこれは合唱とは言えない取り組みです。しかし一人で歌った録音を聞き返すことで、自分の声がどういうものなのか、お手本歌唱と比較したりしてよく分かりました。この期間は、自分にとってベストの録音を提出することを目標としてスキルアップのための期間にしていきたいと思います。また提出したものが後でMIXされて一つの作品になることはとても大きなモチベーションとなります。そうして自分の声としっかり向き合うことを重ねてコロナ禍が明けた際には、満を持してリアル合唱を堪能したいと思います。

 合唱という手段を取らずに合唱に挑戦することで、今まで見えなかったものが見えるかもしれませんね。ぜひチャレンジしてみてください♪

ご依頼はこちら

 リモート合唱に適した合唱編曲・楽譜制作はご要望に合わせてご対応いたします。石若雅弥 [studio.811★gmail.com] (★→@) までご連絡いただければと思います。
 また、リモート合唱自体に関するお問合せは、Chor.Draft [Chor.Draft★gmail.com] までご連絡ください。ミックス作業の代行・演奏動画の制作など、お手伝いさせていただきます。
 作例はこちら→
【リモート合唱】生きる/いきものがかり【100日後に死ぬワニ】(Chor.Draft)

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