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料理をデッサンする

-土台レシピ18・土鍋タジン-

閑と暮らす

森に暮らして34年になる。隣の家は1kmほど離れていて、人に会うことは滅多にない。車の音もしなければ、人の気配さえない。時折、動物の声や、雨風の音が聴こえるだけだ。
都会から移住した頃は人恋しくて、鬱になりそうなほどの疎外感に苛まれた。この暮らしを理解するほど、私が成熟していなかったのだ。けれど、いつしかこの暮らしが理想的であると思えるようになった。人やモノを意識せずにいられる自由さが、ここにはある。
この暮らしを一言で表すと「かん」だろうか。

「門」という字の中に、大地を覆う「木」の象形を入れて「閑(かん)」。「静か」「落ち着いた」「のんびり」のほかに、「習う」「上品で美しい」という意味もある。森の暮らしを表わすのに最適な一語ではないか。

森は、人間の目には見えないスピードで春夏秋冬、その表情を常に変化させながら、そのまんまを生きている。ここでは生き物すべてが横並びだ。人間社会に何が起ころうと、森は平然とただ生きている。与えられたもので楽しむのではなく、自らで生み出していくことが求められる。
木が美しいのは、一本一本が独立独歩で生きているからだ。曲がろうと、折れようと、蔦に絡まれようと、すべてを包み込んで成長していく。

外へ外へと意識が向かいやすい「忙」の社会の中で、内側に意識を向けさせてくれるのが森の閑だ。個として、個でいられることは、何よりも幸せな生き方ではないだろうか。たとえ社会の雑音で心が乱れたとしても、森で独り見つめ直せば、それはなぎとなり、心が鎮まる。
「安心なさい、大丈夫だから。」
そんな声が森から聴こえてくるのだ。だから余計なことは考えず、暮らしに大切なことだけを拾って生きる。これが閑の力なのかもかもしれない。

森は言う。「生きることは瞬間瞬間の連続なのだ。思惑など捨てよ。捨てて平然と生きよ」と。
「閑」は暮らしをととのえるための所作のようなものだ。

台所に聞く

ここの暮らしはとてもシンプルだ。
鳥の声で目が覚め、日が沈めば真っ暗になる。ネオンはないから、夜に出歩くこともない。一見すると単調な生活に見えるかもしれない。けれどそうではない。森は日々、その表情を変え、人はそれに添って呼吸する。

閑を台所で表すならば、

- 湯を沸かし、煮炊きをして、
普段どおりに台所支度をする。
食材を生かすことに努め、食べる人を想う。
料理は温かいうちに食卓に運び、
「いただきます」と手を合わせて感謝し、
食を共にする人たちと愉しむ。-

当たり前のことをただ当たり前にするということだ。けれど、今の時代は寒い季節に夏野菜を食べ、レトルトごはんを温める。家族みんなで食事をする余裕はなく、お茶はペットボトルから注ぐ…。そんな暮らしかたが当たり前になってしまった。
その時代の「当たり前」は変化していくのだろうけれど、昔も今も変わらない「当たり前」もあるはずだ。台所で料理する風景は、この先もずっと続く日常であってほしい。

素描料理のあらまし

さて、こんな森の生活は私の料理を大きく変えた。静かに台所で自分と向き合うことで「素描そびょう料理」という独自の’台所道’に行き着いた。数年前のことである。

素描料理のあらまし

余計なものはいらない。
飾らずともきれいなひと皿。
手を動かし、頭を働かせて、
目、耳、鼻、舌、心で「聞く」。
自分の素を引き出そうとする。

呼吸するように、自然のリズムに従う。
ひと呼吸の中に答えがあるから、
息を止めて料理しちゃいけない。

台所道具のちからを借りて、
今、目の前にある食材を生かそうとする。
それは結局、自分を生かすことだ。

ひとつひとつの料理の骨格を覚えて、
あとは自由にやる。フリージャズみたいに。

閑かに手を動かし、素直に料理する。
そうすれば、素のおいしさに気づくはず。
それが今日の「ひと皿」となり、
「わたし」を形づくる。

素描そびょうとはデッサンのこと。鉛筆や木炭という黒一色で、画の’骨格’を描いていく下絵である。観察力、想像力、描写表現など、個性や素性がデッサンの中にすべて表現される。その上に色を塗ってしまえばデッサンは見えなくなってしまうが、デッサンと完成画は表裏一体で、見えない裏の線画がすべて表の完成画に現れる。

料理で例えると、台所仕事がデッサン(素描)、できあがった「ひと皿」が完成画だ。台所で考え、動き、料理した結果が、今日のひと皿になるということだ。見えないところでの働きが暮らしを支えているといっても過言ではない。

台所仕事というのは食べる人には分からない裏方の仕事だけれど、食卓に並んだ料理は、かならず食べる人のからだと心に浸透し、生きる力となる。レシピ通りに作ることも大事かもしれない。けれどその裏側を読んでいくことのほうがむしろ、料理には大切なのではないだろうか。
飾らず、ごまかさず、今できることをやること。それが素描料理の中心にある。

3つの言葉で表すと、
Back to the basic. (基本に立ち返る) 
Simplicity(簡素に)
Creativity(創造性)

便利で何でも買える時代で、この3つは常に心にありつづけなければならない道筋のようなものだと思う。表面的なことばかり追い求めたらいつかは崩壊する。そうなったとき、基本に立ち返ってシンプルに考え、自らの力で創造していく。そうすることで人はまた大事な何かを取り戻すのだ。

「いただきます」の合図で、作る人も食べる人も等しく喜び合う。どちらかが文句を言ったり、威張ってしまったら、それは冒とくというものだ。作る人は黙って手を動かし、食べる人は「ありがとう」を伝えてあげる。それだけで愛情の行き来が成立するところに、食の素晴らしさがある。

誰かのために台所に立つ。喜んでもらうために料理する。これを尊い行いと言わずして何と言おうか。料理は祈りに近いのかもしれない。
おいしい香りと湯気で家族や人を励まし、みんなの心が荒まないように心配りをすることが「料理する」の裏の意味なのだ。

ひとつひとつを毎日やり尽くすこと。人として一番大切なことではないだろうか。

土鍋タジンの作り方

さて、今回の土台レシピは「土鍋タジン」。
モロッコ料理のひとつで、専用の土鍋で作る無水料理だ。使うスパイスは家庭によって違う。
この料理をモロッコで暮らす友人からタジンを教わったが、それ専用の土鍋は日本の家庭にはない。この料理のためにわざわざ購入するわけにもいかない。そこで日本の土鍋を使ってみたら、びっくりするほどのおいしさだった。素描していきながら、’蒸し焼きカレー’のような料理ができあがった。今では我が家の定番料理だ。

野菜タジン、肉タジン、魚タジン、豆タジンなど、様々なタジンが作れるが、今回は野菜タジンを作る。

作り方は2工程でわかりやすい。
1.食材を切って、調味料などを入れてしばらく置く。
2.それを土鍋に入れて蒸し焼きにすればできあがり。

この料理で必ず使う野菜は、玉ねぎ、トマト、コリアンダー葉、にんにく、生姜。あとは旬の野菜など、食材は自由に選ぶ。
コリアンダー葉は火を入れると違った味わいになる。スパイスと混ざり合い、とても魅惑的な香りだ。生葉が苦手な人もぜひ使ってほしい。

使用する土鍋は上記のような一般的な形の土鍋でOK。


↓今回は容量1.2Lの煮込み鍋を使った。これで2〜3人分ぐらい。

今回使った煮込み鍋「茶坊主」
(窯八の土鍋)


土鍋タジン
材料(2〜3人分)
野菜(玉ねぎ、ジャガイモ、人参、キノコ、カリフラワー、ズッキーニ、パプリカなど数種類を5カップ前後)
トマト 1個
コリアンダー葉(1cmぐらいのざく切り)4本ぐらい
《材料A》
塩適量、オリーブオイル大さじ2、カレー粉大さじ1・1/2、野菜ブイヨン小さじ1(固形または顆粒)、おろし生姜&ニンニク ひとかけ分
《材料B》
カレー粉大さじ1、バター10g
(カレー粉はトータル大さじ2・1/2)

2つの工程をイラストと写真を交えながら、作り方を説明する。
(このイラストは目ですぐ分かるように、自分用としてノートに描いたもの。)

1. 野菜を材料Aでマリネする。

手順1
手順2

イラストを解説すると、

1.野菜と材料Aをマリネする。
野菜はなんでもよい。必ず入れるのは玉ねぎ。ジャガイモとカリフラワーは積極的に入れている。
今回は下記の野菜を使用。

左上から横に
玉ねぎ1/2個
ズッキーニ1/3本
パプリカ1/4個
カリフラワー1/3株
(下)マッシュルーム5個
人参1/3本
ジャガイモ1個
(この分量で1.2リットル容量の土鍋に9分目)

切った野菜ボウルに入れ、材料Aを入れてよく混ぜ、15〜30分マリネする。

*塩は全体を混ぜたあとに味見をして、程よい塩加減にする。
*野菜の量は土鍋に入れて計ると便利。土鍋9分目までOK。
そのあと、ボウルに移してマリネしてもいいし、直接、土鍋の中でマリネしてもよい。ただし、スパイスの香りが土鍋に移る可能性があるので、気になるようであればボウルに移す。
*カレー粉はお好みのものを。今回はギャバンの「手作りのカレー粉セット」を使用。
*野菜ブイヨンはアルチェネロ(有機)顆粒を使用。(モロッコではビーフブイヨンをよく使うそうだ。)

野菜を計るときは、土鍋に入れて、それを目安にするとよい。

ボウルで野菜と材料Aをマリネ。
土鍋の中で直接、食材をマリネしてもOK。
 

2.マリネした野菜を土鍋に入れ、、材料Bを加えて蒸し焼きする。

土鍋に入れる順番は、
マリネ野菜(水分もすべて入れる)→トマト(角切り)→カレー粉→バター →コリアンダー葉をのせて蓋をし、火をつける。


最初は弱めの中火で火を入れ、湯気が上がってきたら、

湯気が上がるまで弱めの中火
鍋からおいしい香りが立ち込めてくる

弱火にして野菜がやわらかくなるまで火を入れる。
途中、蓋を開けて混ぜ、野菜の柔らかさや、底が焦げていないかをチェックする。
野菜がやわらかくなったら蓋を取り、水分が残っていたら飛ばしながら火を入れる。
味を見て、必要に応じて塩を足す。出来上がり。

このまま食卓に出しても!



一部の文章は、アノニマ・スタジオWeb連載「宮本しばにの素描料理」からの転載です。

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