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むずかしいけど愉しいこと

土鍋田楽湯豆腐


最近は布で何かを表現するのがたのしくて、暇さえあればチクチクと手を動かしています。こんなに愉しいことが世の中にあったのか、とさえ思います。何かが開けていくような…。こんな気持ちは初めてかもしれない。
 
「愉しい」という感覚は、一体どういうものだろう。
 
手探りの中から、自分なりに面白さや意味を‘そこ’に見出していくこと。
朝起きたら「やらなきゃ」じゃなくて、「やりたい」と思うこと。
時間を忘れ、ひたすらに没頭すること。

つまり能動的な’愉しみ’です。
与えられたモノやコトで’楽しむ’のではなく、内側から自然と湧き上がってくる喜び。他人の評価はどうでもよくて、ただ「わたし」の心地よさを追求していくこと。それが’愉しい’の意です。
一方で’楽しい’はどちらかというと受動的で、外側から来たものを受け取って楽しむこと。旅行や外食などはこちらでしょうか。
’楽しい’と’愉しい’はどちらも喜びを表現した言葉ですが、音読みが同じでも、外側から入ってくる楽しさと、内側から湧いてくる愉しさでは、だいぶ意味が変わってきます。楽しさは短時間で終わるけれど、愉しさはずっと続いていく。

湧き上がる喜びを見つけるには、それなりに時間がかかるかもしれない。今まで難しかったことがじわじわと愉しくなってくることもあるでしょう。目の前にあっても’それ’が愉しいことであることに気づかないこともあります。反対にすぐに、愉しい!という瞬間が訪れるかもしれない。
今、したいことをすぐやる。これが鍵かもしれません。
 
10年以上も前のことですが、京都のカフェ「ラ・ヴァチュール」の故・松永ユリさんがどこかのインタビューで、こんなことをおっしゃっていました。

あなたもね、自分が信じた道をかわらずにずっと続けてごらんなさい。何かひとつだけでいいの。そのたったひとつをずっと続けるのよ。むずかしいけれどたのしいことよ。それをずっと続けたあとには私のような幸せの日々が待っているわよ、きっと。何かをはじめるのに遅すぎるということはないのだから。気がついたときに、その日から始めればいいのよ。

96歳で亡くなるまで、松永さんはずっとお店でタルトタタンを焼き続けました(今はお孫さんが継いでタルトタタンを焼いています)。生涯ずっとひとつのことに打ち込んだあとの、何と爽やかな言葉でしょう。
 
むずかしいけれどたのしいこと。
名言ですねぇ。
むずかしいからこそ、人は夢中になるのです。むずかしいからやめるのではなくて、そこからさらに続けた先に愉しいことが待っている。「愉しい」にはそんな意味が隠れてる。

松永さんの言う「何かひとつだけ」はたぶん、遠くにあるものを必死に取りに行くことでなくて、日常を顕微鏡で覗き込むような、小さくて美しいコトかもしれません。肩肘を張らなくていい。お金をかけてなくてもいい。日々の暮らしにひっそりと隠れているようなことです。そしてその愉しいことは、一日の中にある、ほんの数十分かもしれない。けれど、それでいいのです。小さくても大切な何かが、光のごとく内側に注がれただけで、それは大きな力になりますから。
その大切な‘宝もの’を魂に入れ込んでいくことが、人として生まれた理由なのではないかとさえ思うのです。
 
私にとってそれは、料理と布あそびでした。
手仕事であることが私には重要で、下手でも面倒でも、手を使ってモノを作っていくことが、私には「暮らす」ということなのです。手で何かを作ることに惹かれるのは、手の力を信じているからかもしれない。手は自由で、おおらかさがあって、美しいものを生み出してくれるすばらしい道具ですから。
 
日々にある曖昧なことに少しずつエッジをかけて暮らしを象っていく。純粋なところで手を動かす。思惑とか計算しないで、‘そこ’に集中する。つまり、目論みがないということです。それが「わたし」というひとりの人間の素を描くことにつながるのだと思います。
暮らしを自らで愉しくしていくこと。それが結局、生きるすべてなのではないでしょうか。
 

土鍋田楽湯豆腐

朝晩まだ少し肌寒いときにからだがホッとする料理「土鍋田楽湯豆腐」をご紹介します。
シンプルな手順で丁寧に。素描料理のお手本のような料理です。

土鍋で温ためた湯豆腐+田楽みそ+大根おろし。
という図式です。

・豆腐はできれば豆腐屋さんのもめん豆腐を使ってください。こういうシンプルな料理ほど、素材の味が決め手となります。

田楽みその作り方は以前、noteでご紹介しました。こういう料理にぴったりの土台レシピなので、ぜひ作ってみてください。

・大根おろしは鬼おろしでおろします。鬼おろしは素材の味を損なわず、大根の甘みを引き出してくれる、江戸時代に造られた道具ですが、この道具がないときはおろし金でOK。

・だしは昆布だしを使います。カツオの強い香りは豆腐の繊細な味を殺してしまうような気がします。顆粒だしなどは使わずに、昆布だしを。
昆布だしの引き方を記しておきますが、あくまでこれは私の引き方で、いつもの引き方で構いません。

昆布だしの引き方
1.水に昆布を入れて15分ほど浸けます。
*500mlの水に対して10〜15gの昆布(8cm角x2枚前後)。
私は羅臼昆布を使っています。利尻昆布や真昆布など、昆布によって旨味の出方が違うので、そのあたりは臨機応変に。昆布に何か所かハサミで切れ目を入れます。こうすることで切れ目の断面から旨味成分が出てきます。
2.鍋に水と昆布を入れて、弱火でゆっくり火を入れます。鍋底から気泡がたくさん出てきたら80度ぐらい。火を止めて昆布を出します。
*500mlのだしを引く場合は、30分前後で80度に上げるイメージで。
*1リットルのだしを引く場合は、2倍の昆布量で、1時間で80度になるぐらいにします。

昆布はカツオと違い、すぐにはだしが出てこないので、ゆっくり火を入れます。沸騰させてしまうと雑味がでてしまうので注意しましょう。
ちなみに私は土瓶でだしを作っています。土瓶は遠赤効果があって、だしが濃くなります。

とにかく乱暴に、へんな(←人工的に旨味を作っている)だしの素を使わないようにするのが、料理をおいしくする秘訣ですね。

土鍋田楽湯豆腐の作り方
もめん豆腐1丁
田楽みそ 適量(作り方はこちら
大根おろし 適量
日本酒:昆布だし=1:2の割合の量
薬味、海苔、スプラウト、ごま、七味唐辛子など(トッピング)

1.土鍋に豆腐一丁を入れて、豆腐が半分ぐらい浸かる程度のだし汁と日本酒(2:1ぐらいの割合)を入れ、蓋をして火をつける。弱火で温める。沸騰させないように注意する。


2.そのあいだに鬼おろしかおろし金で大根おろしを作る。
*豆腐の上にこんもりとのるぐらいの量。


3.豆腐が温まったら田楽みそを豆腐の上にのせ、大根おろしをのせる。
田楽みそは多めのほうがおいしい。


4.土鍋ごと食卓へ。

5.食卓に薬味(細ねぎ、みょうが、大葉など)、海苔、七味唐辛子、スプラウト、ごまなど、お好きなトッピングを用意する。

各自、豆腐をスプーンですくって小鉢に入れ、お好みで5.をのせる。

薬味やスプラウトを混ぜ合わせて食卓へ
大根おろしの上にのせても!


この料理は以前、「土鍋みそ豆腐」という名前でアノニマ・スタジオWeb連載「宮本しばにの素描料理」でご紹介しました。少し作り方を変更しましたが、基本は同じです。


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