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机上の理論と実践での価値

 今回のお話は、自分があるチームの監督等のコーチングスタッフだったと仮定して、ある日アナリストがデータを持ってきた。そんな場面をイメージしてみてください。

 アナリストはいいます。「今日は新しい指標を持ってきました。このデータは従来のデータに加え、新たにいくつかの要素を追加し、より総合的な評価が可能になったものになります。」

 さて、このアナリストが持ってきた『新しい指標』ですが、一見(一聴?)したところ、随分と良いものを持ってきたように思えます。しかし、これは現段階では50点といったところで、飛びつくにはまだ早い情報です。今回はこの辺りの解説をしてみたいと思います。

スパイク決定率と効果率を例に

 『新しい指標』では少しイメージが難しいと思いますので、スパイクの決定率効果率を例にあげて説明します。この2つのデータの計算式は以下のようになっています。

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 決定率は打数に対する得点の割合、効果率は打数に対する得点から失点を引いた値の割合を表します。得点のみを見ている決定率に対し、失点まで考慮する効果率のほうが良い指標だといわれています。

 しかし、それでは不十分だ(間違っているわけではない)。というのが今回のテーマです。

 なぜなら、“得点と失点まで考慮する”というのはあくまで概念上で幅広く評価しているに過ぎないからです。この段階では机上の理論に過ぎないということです。

 バレーボールという応用の場がはっきりしている以上、データを導入する意義は、机上の理論としての価値ではなく、実践において具体的にどのようなメリットが提供できるかという点になります。

実践でのメリット:野球を例に

 実践でのメリットとは何かを考える例として、野球における打率と出塁率を紹介したいと思います。この2つのデータの計算式は以下のようになります。

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 どれだけ安打を打って出塁することができたかを表す打率に対し、どれだけ安打と四死球で出塁することができたかを出塁率は表します。
※バレーボールと野球では打数の意味は異なります。

 打率に対して出塁率は、安打だけではなく四死球まで考慮している点において、スパイクの決定率と効果率の関係に似ています。これは概念上のメリットであり、机上の理論といえます。

 それでは、打率に対して出塁率の実践でのメリットは何かといわれると、過小評価されていた選手を見出すことができた点にあります。

 一般に、安打の多い打者は高く評価されます。一方、以前は四死球、特に四球で出塁することは打者としてそれほど評価はされず、消極的と捉えられるような場合もありました。

 しかし、打率はそこまで高くなくても出塁率の高い、つまりは四球による出塁の多い打者を抜擢した結果、打率の高い打者と近い貢献をチームにもたらすことがわかりました。この辺りは『マネーボール』という本で紹介されています。

 実践でのメリットは、埋もれている戦力の発掘だけではありませんが、有名でわかりやすい例として紹介してみました。

効果率の問題

 それでは、効果率が実践にもたらすメリットはなんでしょうか?

 実は、これについて明確な説明がされたものを自分は見たことがありません。例えば、決定率はもう一つだが、効果率のほうが良いのでこの選手を抜擢したら大活躍したというような話を寡聞にして聞いたことありません。

 また、効果率は実は決定率と大差ないという問題もあります。以下の図1-1と図1-2に、少し古いデータですが、2009年から2017年までのワールドリーグ(男子)とワールドグランプリ(女子)、現在のネイションズリーグでのスパイクの打数が大会通算100以上ある選手の決定率と効果率の関係を示します。

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 男女ともに、非常に強い正の相関関係を確認できます。一緒にR²値を載せていますが、これは効果率の約86%が決定率によって決まることを表すものです。

 こうしたデータから、実は効果率として見ているデータは、決定率とほとんど変わらないことがわかります。概念上で幅広く評価した良いデータを見ているつもりでも、実際にはほとんど変わらないものを見ているというのは、データの活用法として望ましいものではありません。

アナリストとの対話

 以上のような例もあることから、アナリストが持ってきたデータを、なんとなく良いものだとそのまま受け入れてしまうことにはリスクを伴います。

 では、コーチングスタッフも統計に通じて、例えば効果率と決定率の相関のような問題点を指摘できるようになる必要があるかというと、そこまでは必要がないと考えます。

 コーチングスタッフに求められるのは、アナリストだけではなくチーム全体で共有する目的である『チームの強化にとって具体的にどのように役立つか?』これを強く求めることで十分です。

 「そのデータを導入することで、チームに具体的にどのようなメリットがあるの?」とアナリストに尋ねることです。

 この問いに対し、ここまで紹介したような机上の理論でしかアナリストが説明できなければ、それは未だ道半ば、採用するレベルにないといえます。

 大切なのは、道半ばというところで、間違っているというわけではないということです。多くの優れたアイデアは、最初は机上の理論でした。この机上の理論を育てていくころで実践にあれやこれやとメリットが還元されることになります。

 そういう意味で道が半ばなわけです。答えられないから誤っているのではなく、アナリストには再考を求める必要があります。その際、より現場に近い立場から感じたこと、考えたことがあればアナリストに伝えてもらえると、それが大きな実践的なメリットとなって返ってくることもあるでしょう。

まとめ

 データの客観性と有用性が理解されるようになり、データをいじっている身としては非常に有難い時代になったと思います。その一方で、この客観性と有用性が印籠のようになってしまい、机上の理論が先走ってしまうリスクに備える必要も出てきました。

 様々な専門性を持ったスタッフによってチームは構成されますが、チームを強化するという目標は共通です。この目標に対してどれだけ具体的に貢献できるかをお互いにしっかりと求めあうことがその対策になります。

 今回は例としてスパイク効果率の問題を指摘しましたが、これで効果率が使えない指標というわけではありません。次回は、この効果率の意味と意義について解説してみようと思います。

タイトル画像:いらすとや
データ:FIVB

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