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アイデア論 実践編1

 前回は、データと分析法に加えどんな分析をするかというアイデアが必要といる話でした。

 データが揃って、それを分析するスキルを身に着けていても、今やるべきテーマは勝手に決まらないというものです。そして、如何にアイデアを導くかという話をしたわけですが、少々抽象的な内容に終始した感があります。

 そこで今回は、この前紹介したバレーボール学会での発表を元に、テーマを決め、アイデアを出し、分析に至るまでの一連の流れを解説してみたいと思います。

 同じ方法が他でも使えるわけではないのですが、根幹となる論理の展開は案外共通する所が多いので、1つ知っておけば色々と役に立つと思います。

テーマ決め・巨人の肩を登る

 私のテーマは、『スパイク決定率のシーズンを挟んだ安定性を知りたい』というものです。

 テーマが決まったら、最初の作業は前回説明したように、巨人の肩に立つために、巨人の足元から登っていく必要があります。要は、先人の知見を収集することになります。そして、収集した資料を基に、「今どこまでわかっているか」をまとめます。

 ここが最初のハードルになります。ここに躓く人に良くある問題として「何をテーマとして良いかわからない」というものがあります。

 例えば、バレーボールの事をもっと知りたいというだけでは、興味の対象が広すぎて、何をして良いものか決めることができません。

 こういう時には、バレーボールに加え、いくつかのキーワードを掛け合わせる方法があります。上記のテーマの場合、バレーボール、スパイク決定率、安定性といったところでしょうか。キーワードを増やしていくことでテーマを絞ることができます。

 バレーボール以降のキーワードが出てこないという人は、いくつか方法があります。1つは、手当たり次第に資料にあたることです、色々な研究が進行していますので、その中から気に入ったものを選ぶという方法です。

 2つ目は、ニーズを汲み上げるという方法です。現場に行って、何か知りたいこと、困っていることは無いかと聞いてみることから始めます。困ったときは、自分だけで考え込まず周りを頼るというのは重要なスキルです。

先人の知見に対する約束事

 テーマが決まって先人の知見をまとめたら、ここからどのように展開していくかという話になります。その前に確認しておくべき約束事があります。それは、

 100%正しい真実や真理であることを証明する方法は存在しない。

 ということです。これが意味するところは以下の2つです。

・どんな先人の知見も修正すべき点は存在する。
・自分も完璧なものを作ることはできない。

 1つ目は、自分が選んだテーマが先人にやりつくされていて、手を付けるところは無くなるようなことはない、という意味です。修正すべき点を見つけることが難しい場合もありますが、そこは腕の見せ所です。

 2つ目は、先人が完璧なものを作ることができなかったのと同じように、自分も完璧なものを作ることはできないという意味です。自分の至らない点は、次の研究として自ら修正するか、それとも後続の誰かに託すことになります。

 完璧なものでなければ意味がないと考える人もいますが、落ち着いて考えてみてください。バレーボールで全てのゲームで25対0で勝てる作戦でなくても、勝率が何%かでも上昇する作戦であれば十分採用に値すると思います。完璧ではなくても、わずかな修正を積み上げて、現実的な利益を得ることを目指すべきです。

先人の知見を批判的に読む

 約束事を理解してもらったら、先人の知見を修正していく作業に入ります。先人の知見を修正するには、先人の知見を「そうなのか、勉強になるなぁ」と思っているだけでは話が進みません。先述したように、どんな知見にもどこかに修正すべき点はあります。それを探す必要があります。

 このように、先人の知見に修正が必要な点を指摘することを“批判”といいます。これに加えて、批判のセットとして実現可能な改善方法の提案が必要になります。

 世の中には、この実現可能な改善方法の提案をせずに批判ばかりしている人がいます。そういう人は舌鋒鋭く優秀に見えますが、100%完璧なものは世の中に無い以上、実は批判するだけならそんなに難しいことではないのです。批判だけしているような人はあまり信用できる人ではありません。

 また、改善方法を提案していたとしても、どう考えても実現不可能な絵空事を言っている人も、批判しかしない人と同等です。“現状で実現可能”という条件も重要です。

論理の展開

 少し具体例として、自分の研究発表のテーマをあげます。このテーマの先人の知見をまとめると、

 スパイク決定率のシーズン間の安定性は低い。

 ということがわかっています。この知見に対し批判的に考えると、「実はスパイク決定率はシーズン間では安定している可能性もあるのでは?」と考えることができます。

 しかし、これは、単純に、先人の知見が正しくない可能性をあげたに過ぎまず、現段階では単なるいちゃもんに過ぎません。

 この批判を妥当なものにするには、

・このような可能性を考えるに至った理由
・なぜ現状はスパイク決定率のシーズン間の安定性は低いという結果となっているのか

 この2点について、論理的に妥当な説明が必要です。前者は自分のアイデアを説明するということになりますが、後者は自分のアイデアが正しいのであれば、なぜ現状は相反する結果となっているのかについての説明が必要ということです。

 個人的には、ここがデータを分析する上での要になる場所だと考えます。ここの論理の展開によって、以降の方針が大きく左右されるからです。

 これには正解が無く、ある種閃きのようなアイデアが求められることは前回もお話しした通りですが、アイデアにもよく見られる論理展開というものがあり、こうした基本を押さえておけば、後はその応用でケースバイケースに対応していくことができます。

 今回はこのよく見られる論理展開を3つ紹介しておきたいと思います。

 1つ目は、測定器具の更新です。より高い精度でデータを測定することのできる機材を導入することができれば、これまで見てきたデータとは異なるものが見えてくる可能性があります。これに対し、先人の知見は測定機材の精度が不十分だったという論理です。当然、新しい測定機材を導入可能という条件が付きますので、いつでも使える方法ではありません。

 2つ目は、データの解析方法の変更です。データ分析の結果は、解析方法の違いによって変わる場合があります。先人の知見での解析方法に問題があるため、必要な解析方法を新たに導入するという論理です。

 ただし、解析方法を変えれば必ず結果が変わってくるというわけではないので、先人が使っている解析方法と自分が使おうとする解析方法の数学的、統計学的な性質を良く理解しておく必要があります。

 3つ目は、先人の知見では“扱われていなかった要因”を導入するということです。先人の知見では扱われていなかった要因を導入すると、自分の仮説が正しく、先人の知見では逆の結果となってしまう。この2点を満たす要因をピックアップするという論理です。

 ただ、先人がありとあらゆる要因を検証しているということは稀で、扱われていない要因は無数にあることのほうが多いです。この無数の要因を全て自分は検証するというのは大変というか不可能です。より影響の大きい重要な要因を選んで、ピックアップするというのが現実的です。

 私の研究発表では、3つ目の方法を取りました。1つ目と2つ目の方法がハマるケースはそんなに多くないので、3つ目の方法を使いこなすスキルは重要だと思います。

 私が着目した先人の知見で扱われていない要因は“移籍”です。所属するクラブが変われば、チームメイトとの関係は作り直しになるわけで、シーズン間の安定性を妨げる要因になるだろうと考えました。

 ということは、移籍しなかった選手のスパイク決定率は安定し、移籍した選手の決定率は安定性を欠くという結果になるのではないか、そして、これらの選手の違いをひとまとめに見ている先人の知見では、全体的に安定性が低めに評価されているのではないか?と考えました。

 どこから「移籍」が出てきたの?と聞かれれば、『それは閃きです』と答えます。

 この分析とは別に、イタリアの選手の所属クラブの流動性はどうなっているのかな?ということが気になり、クラブを移籍する選手が多いというデータを確認していたので、この知識が閃きにつながりました。

 こんな感じで、研究発表序盤の今回の分析に至る過程が構築されていったわけです。

これもスキルなので経験がものをいう

 こうした過程は研究発表でわざわざ説明することは無いのですが、いざデータ分析を始めようと発起した初学者には、結構なハードルとして立ちはだかります。

 これも論理を展開するというスキルなので経験を積んで身に着けていくしかありません。データの分析計画を立ててみて、誰かに批判を受けて修正するという経験を積むということです。学生であったら教員や先輩が上手く導いてくれると思いますが、1人だとなかなか難しいかもしれません。

 ただ、アカデミックな環境に身を置いていなくても、SNSを活用すれば経験を積むことができるようになったとは思います。そういう良い環境が今のSNSにあるかは疑問ですが、ツールとしての可能性はあるでしょう。

おわりに

 長くなりましたが、考え方の例を紹介させてもらいました。今回の内容は、バレーボールの研究に限らず、アナリストの業務や、他競技・他分野であっても通じることだと思います。要は「問題を解決する」方法であるからです。多くの人のお役に立てば幸いです。

 次回は、先人の知見からの論理展開について、少し異なるパターンを紹介してみようと思います。

タイトル画像:いらすとや

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