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お腹が空いている、心が飢えている、数年前からずっと。

※舞台「空腹 可愛いコンビニ店員飯田さん」のネタバレを含む、筆者のエッセイのようなものです。読むことは推奨しません。


もう三ヶ月も大学に行けていない。かろうじてアルバイトにはきっちりと時間通りに出勤はできてはいるが、それ以外自分と社会をつなぐものはひとつもない。偉そうに勤務先の塾では世間を知らない高校生相手に人生の講釈を垂れる。「男子高だと大学で女の子と仲良くしたいもんね〜、絶対インカレに入りなよ」なんて笑って、大学で問題なんてないように振る舞う。貴方の目の前にいる先生様はもうドロップアウト寸前。
八畳の自室は真っ暗だ。カーテンを最後に開けたのは何週間前だろうか。蛍光灯も太陽光もまぶしくて、焼き尽くされてしまうんじゃないかと怖くて。日が暮れないと外に出ることはできない。朝も昼も夜も一度だって部屋の電気をつけることはなかった。光で蒸発して消えてしまうかもしれない。消えた方が社会のために良かったかもしれない。

大学へ行けなくなり始めたのは、大学院に進学してからだった。
実験が上手くいかず、教授に相談したら怒鳴られた。「お前は理解していないのか」と詰められて「私はこう考えます」と必死で答える。無言。無言。今でも敵を睨みつけるような教授の目を思い出して涙が出る。私が無知でごめんなさい。「すみません、一度調べさせてください。……やっぱりさっき答えたように考えています。すみません、間違っているのでしたらご教授いただけないでしょうか。すみません、申し訳ないです」
結局私の答えで正解だったらしい。
静まりかえった実験室の中で、後輩や先輩たちがこちらを見ている。あーあ、という顔。
あーあ、あーあ、なんでこうなっちゃったんだろう。そんなこと私が一番思っている。助けて、と誰にも言えない。耳鳴りがする。最近右耳が聞こえなくなった。

隣の研究室に進学した同期はみんな消えた。パワハラまがいの教員に耐えかねてボイスレコーダーを持ち歩いていると言っていたから当然だろう。
それに比べて、私はたった一度厳しく注意されただけ。だけ。だけ。こんなことで。

徐々に大学に通う日数が週三、週二と減り、就活が終わったある日急にベッドから起き上がれなくなって、とうとう週ゼロ、月ゼロになった。
一日のほとんどを寝て過ごしたかと思えば何日も眠れなくなる。何も食べられないかと思えば、朝から晩までウーバーイーツの注文を繰り返す。ああ、またスタバを頼んでしまった。徒歩5分なのに。
貸与型奨学金を借りて学費の安い公立大学に進学しているほどにお金はないし、あと半年もすれば卒業で返済が待っている。地獄の小さな救いは糖質と脂質。未来を前借りしてハリボテの救いを得る。そもそも未来なんてないかも。内定はある。でも卒業できないだろうし。
卒業できなければ数百万の奨学金を私どうやって返すんだ? お金、お金、お金。お金があったら、実家が太ければ、こんなことで悩まない。一応大卒ではあるんだからサラッと大学院なんて辞めて、適当に就職したり、ニートしたり。縛られることなんてない。どんな悩みも最終的にお金にたどり着く。ある程度お金で解決できる。お金さえあれば、軽やかに、どこにもしがみつく必要なく生きられるんじゃないか? 幼少期に家計を察して諦めた夢も諦める必要なかったんじゃないか? たられば。

心の余裕がないと、大好きな小説も読めやしないし、趣味の執筆もできない。というか、言葉通りの意味で文字が読めなくなった。何度も何度も同じ一文を目で追う。全く意味が理解できない。やることがないので真っ暗な天井を見つめる。すると当然しにたくなるので、おすすめに出てきたYouTubeをぼんやりと眺めて時間を潰す。そうしていると夏が終わり秋が来る。修士論文提出〆切である冬の匂いが、締め切ったはずの窓から部屋へと入り込んできた。来ないで。

私だって頑張ってきたのになあ、どうしてこうなっちゃったんだろう。

日下部は私だったかもしれない。
最後の彼のシーン、彼の気持ちが痛いほど分かった。
暗証番号は母親の誕生日? お前を捨てた母親をお前は大切に思っていると言うのか?
俺を捨ててなんていない、育て上げてくれた感謝するはずの親に、俺はこんなにも迷惑をかけているのに、逃げ回っているのに。お前はそんな最低の母親すら大切にできるのか。
ふざけるな。
お前が母親を憎んでいてくれないと困るんだ。お前は不幸で可哀想でいてくれよ。頼む。じゃないと、俺が情けなくて惨めで仕方がないじゃないか。まるで、自分のことでせいいっぱいで家族を犠牲にした俺が、俺が悪いみたいじゃないか。悪人だって言うのか?
正しく清廉でいないでくれ。環境や生まれを憎まずに真っ直ぐにお前が生きていられるとさあ、俺に問題があるって見つめ直さなきゃいけないんだよ。

私には両親がいる。離婚はしていないし死んでいないし捨てられてもいない。家賃は出してもらっていたし、両親の仲は良い。恵まれている。恵まれている。
ちょっと、かなり、教育ママで、毎晩家で発狂したように叫んでいたし、怒って私の髪を引っ掴んで勝手に切ったりもしたし、父親は子供にお金を渡して耐えろと言って家に帰ってこなかったりしたけれど、私が有名大学に進学してからは母も父も穏やかだったし。今だって私が大学院で上手くやっていると思っているから、「今度そっちに行ってなんでも好きなもの買ってあげる、お買い物しよう」なんて可愛いラインが届く。
電話もする。『研究室の教授がさ、……ちょっとひどくてさ。……つらいかも』『うーん、そんなこと言われても大学に行くしかないからね』助けてほしい。なんでもない。
でも私を愛してくれているはず。だって、子供に良い大学に入ってほしいのも、良い就職先に勤めてほしいのも愛ゆえなはずだ。恵まれている。
それなのに、親に嘘をついて大学をサボっている。サボり。怠惰の極みみたいな三文字。

中学時代の親友は、父親のDVから逃げて私の学校に転校をしてきた。彼女は相当ひもじい思いをしてきたし、今では仕事が長続きせず転々としている。でも生まれや環境に文句なんて言わずにそれを楽しんでいる(ああ、「でも」だなんて傲慢だ。暴力性)。「家族が大好き」って幸せそうに笑う。
ねえ、なんで幸せそうなの。なんで私は不幸そうなの。私は親不孝もの。

現状を見兼ねた研究室の同期は、「就職先や教員に相談すべきだ」と言った。うるさい。うるさい。うるさい。分かっている。お前は良いよな。

俺だって、私だって、頑張ったよ、でも上手くいかなかった。こんな地獄にいるのは、生まれが、環境が、運が、悪かった。そうだろう? なあ、そうだって言ってくれ。だって事情があったんだからさ。

私は悪くないって、仕方ないって、そう言って。
助けて。

助けてって言えないよね、日下部。
問題なんて悩みなんてありませんってヘラヘラ顔を装備しなきゃ外にも出られない、人とも喋れない。違う?

俺が、私が、惨めなんて、どうしようもないクズだなんて、認めさせないで。
認められないから助けてって言えない。
逆境を言い訳に努力をやめた弱者だって自覚したくない。直視させないでくれ。

助けてと言えずに孤独に逃げて逃げて逃げた先には、もう破壊という選択肢しかない。選ぶ余地がないので選択肢という言葉は違う?
死に際の獣みたいだ。獣と違って余計な自意識があるからもっと厄介かも。

そうして日下部は友人を殺した。
私は死ぬつもりだった、あの秋。うっかり生き延びたけれど。

生き延びて、温情で卒業させてもらって、悪くない会社で何にも問題なんてありませんよって顔でもう1年以上社会人をしている。
蓋をしていた。自分の過去に。
空腹を観て色々と思い出した。色々と考える。

知り合いたちを思い出した。
たくさんの武藤や朝桐たちと出会ってきた。彼らを思い出した。

通っていた小学校の学年四十八人の内、児童養護施設にいる友人は四人くらいいて、学年の半分の両親は離婚していた。中学に進学して、他の小学校から来た子たちがそれを知って可哀想と言った。「親が離婚しているような子、うちの小学校にはいなかった」ようなってなんだろう。可哀想ってなんだろう。お前誰?
大学にいる子たちはみんな裕福だった。就職先で出会った子たちはもっと裕福だった。東京は田舎以上に富める人間が更に富む。ボランティアって本当に彼らのこと見えていますか? それって本当に助けですか? 施しですか? 社会勉強になると思って? 就活のガクチカのために? 彼らは勉強道具でも資料でも試験体でもない。「勉強になりました」なんて口が裂けても言うなよ。
電話友達は生活保護受給者。持病で働けなくて、少ない生活保護で必死に生きている。「もうさ、今週の食費オーバーしちゃった。でもさ、どうしてもアイスが食べたい」「仕方ないよ、心に必要なものだから」いつもそう答えている私は正しいのだろうか。でもあのスタバの紙袋が散らばった真っ暗な八畳の部屋にいた自分は、正しさは暴力だと感じていたから。正しい助言なんて、美濃部のようには伝えられない。
そして、こうやって出会ってきた人たちをnoteに使用する私。暴力的。最悪。しにたくなる。他人のくせに偉そうに分かったように書きやがって。腹が立つ。自分は分かっている側知っている側ですよーみたいな口ぶり。大学行っている時点で恵まれているだろ、日本の半分近くは大学に進学していないというのに。
なんだ冒頭から自分の半生をだらだらと書いて、言い訳ですか? 立ち向かえなかった自分を正当化したいのか? 空腹の内容からもズレていないか? お前はなんなんだ。こんなぐちゃぐちゃのものをエッセイなんて言って世に出す気持ち悪さ、自分の醜さ。己の甘え。消えてくれ。

空腹。
とんでもないものを見てしまった。最悪。つまりは最高って意味。
あまりにも、あまりにも人間で、リアルで、最悪。だってこんなにも見たくない見なきゃいけないことが描かれている。薄々分かっていたことが目の前に突きつけられる、見ろ、と。最悪なことが最高。これを観ていない人生にならなかったこと、心底良かったと言える。
人間や貧困に現実にこんなに向き合って丁寧に表現してくれる世界があるんだな。知らなかった。演劇ってエンターテイメントで、コミュニケーションで、対話で、カウンセリングで、問題提起? まだ私には演劇も舞台もちゃんと分からないけれど。だって自分で観たいと思って自分でチケットを買った舞台作品はこれがまだ二作目で(一作目は空腹の出演者橋本菜摘さんが以前出演していた呪いの子だ)。
日本中、世界中の劇場で今舞台上から投げ込まれているボールを、客席で全て受け取ってみたいかもしれない。そう思った。明日も頑張ろうと勇気づけられるボール、己の最悪な過去や人間性や人生そのものをぐちゃぐちゃに掻き回すそんなボール。重くて落としちゃうかも。抱えきれなくなるかも。でも受け取ろうとしたい。そう思った。

さて、こんな最悪の人間のつまらなく雑然とした自分語りを最後まで読んでいるなんて、相当な物好きか私を面白がっているに違いないでしょう。ありがとうございました。いつかそんな貴方と劇場で一緒にボールを受け取る日が来ることを願う。


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