STRUGGLE R

プロローグ

 時々聞こえる声のようなものの正体を知りたくて、ぼくは西部緑地の奥へ歩を進めていた。まだ七時くらいだというのに、生い茂った樹々に囲われていて辺りは薄暗い。近くの道路を照らす街灯の光もここまでは届かない。
 ざく、ざく、と足音を立てながら歩いていると、一本の木が目に入った。見知った木だが、遅い時間に見たことはなかったのでいつもと違うようにも見えた。
 その木の周りには他の木は生えていない。他の木がその木を避けているのか、その木が周りを避けているのかはわからないが、孤立して生えている木だ。幼少期に見かけたときからぼくは、「コボク」という愛称で呼んでいた。
 きっと、コボクがぼくに声をかけていたのではないかと思う。その声が最近は強くなったような気がする。正直なところ、なにを言っているのかはわからないけれど、ぼくを必要としていることはなんとなく伝わってきた。
 同じ部活の友人、剣一に「最近、だれかがぼくを呼ぶ声がするんだ」と話したら、「疲れているんじゃないか」と真顔で心配されてしまった。彼は良いやつだよ。普通なら冗談だろとか頭がおかしくなったのかとか言われそうなことなのに。
 でも、ここに来て、それが疲れではないことがわかった。ぼくがコボクへ一歩近づくと、それは音も立てずに、まるで溶けるように姿を変えた。

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