海霧さん(ボカロP)に聞いてみた。/インタビュー059
ーー海霧さんはどのような方でどんな作風のボカロPなのか初めて見る読者に向けて自己紹介をよろしくお願いいたします。
皆様、はじめまして。
ボカロPとして活動している海霧(かいむ)と申します。
2019年9月27日にボカロPとしての活動をスタートしました。
私の音楽歴としては、3歳のときから12年間ピアノを習い、中学生のときは吹奏楽部でコントラバスを弾いていました。
同時期に、ギターとアコーディオンを独学で練習し始めました。
その後、13歳で作詞、16歳で作曲を始め、大学に入ってからはバンドのベーシストとして活動していました。
私の作る曲は、情感に訴える洗練された言葉選びと、ピアノを軸とした湿度のあるサウンドが特徴です。
音楽ジャンルをひとつに絞らずに、バラードからロックまで、そのとき作りたいと思った音楽を歌詞を読み込んで作ることを心掛けています。
学生時代にいじめと不登校を経験したことから、“救われた側から救う側へ”という信念のもと、一人ひとりに寄り添うことができる音楽を届けるために、日々言葉と音を紡いでいます。
ーー海霧さんの代表、もしくはお気に入りの楽曲をお聞かせください。
一番聴いていただいているのは「......よしもない」という曲です。
この曲は、リリカルでお洒落な曲を作りたいという思いで、10分ほどで歌詞を書き、大まかなメロディーを同時に作ったかなり突発的な曲でした。
しかし、その制作スピードとは裏腹に「作曲家として自分が有名にならなければ、この曲は誰にも認知されずに消えていってしまう」という、音楽クリエイターとしての苦心を描いた曲に仕上がりました。
曲のサビでも
「誰かの為に作った唄を
誰かに聴いてもらうこともなく
独りぼっちで生まれてきては
独りぼっちで忘れられていく」
とストレートに歌っています。
そんな重苦しい歌詞とは真逆の、一度聴いたら覚えられるようなキャッチーなメロディーと、いわゆるVOCALOIDオリジナル曲らしい軽快なピアノサウンドが特徴です。
苦しい物事を、苦しいという感情だけで表現しないひねくれ加減が、私らしいなと思っています。
ーーこちらの曲を製作しようとしたきっかけや秘話を伺えますでしょうか?
この曲を作るきっかけとなったのは、押見修造先生の『惡の華』という漫画作品です。
私は、小説や漫画を読んで「もしもこの作品が他コンテンツ化したときに、私が主題歌を作ることになったら」と想像しながら曲を作ることが多いです(私はif主題歌と呼んでいます)。
『惡の華』の11巻にて、仲村さんという登場人物が、日が沈んでは昇る様子を「ぐるぐる ぐるぐる キレイ...でしょ?」と言うシーンがあります。
そのシーンが、私の中で強く印象に残っていたんです。
どれだけ人が悩もうが、もがこうが、この世から消えたい、死にたい気持ちになろうが、日は沈んでは昇ることを繰り返していて。
私たち人間は、その様子を見て綺麗だと感じて心救われることもあるけれど、日は人を救おうと思って沈んで昇ってはいなくて、人間側の一方的な都合や解釈によってそういう「綺麗な世界」は作られているんだと思うと、この世のいろんな基準や物事がなんだか馬鹿らしくなってきたんです。
当時の私が感じたその怒りを携えて、後に押見先生がTwitterにアップされていた海辺のスケッチを見ながら、この曲を作りました。
「......よしもない」の他にも、押見先生の作品から影響を受けて作った曲がいくつかあります。
例えば、1stアルバム『波音』に限定収録されている「Sometimes」という曲は、私が高校生のときに感じていた生きることに対する無意味感を、同じく『惡の華』の仲村さんの心情と重ね合わせて作った曲です。
また「美しき轍」という曲は、押見先生の『血の轍』という漫画の1巻を読んでif主題歌として作った曲です。
ーー…よしもない以外にも楽曲を製作なさっていますが、どのようなソフトで、どのようにしてるのか、楽曲や歌詞、ミキシングの編集などのやり方がわからない初心者様に向けて少しお教えいただけますでしょうか?
ソフトは、GarageBandとStudio Oneの2つを使用しています。
主に使用している機器は、タブレット端末とノートパソコンのみです。
私は、これまでの手掛けたほとんどの曲を、歌詞を先に書き、後からメロディーをつける「詞先」という方法で曲を作っています。
まずは、10代の頃に書き溜めていた数百曲ある歌詞の中から曲にしたいと思ったものを選び、何度も読み込んでメロディーをつけることから始めます。
携帯のボイスメモ機能を使い、鼻歌でメロディーを録音し終えたら、GarageBandでデモ(完成前の制作途中の音源)を作成します。
テンポを決め、適当なドラムを打ち込んだ後で、メロディーに合うコード進行を選んでいきます。
その後、ベースやピアノ、ギターなどの楽器隊を打ち込み、仮歌のレコーディングをしてデモは完成です。
このデモが完成した時点で、ニコニコ動画とYouTubeに投稿するMV作成のために、歌い手様や絵師様、動画師様に音源を共有することが多いです。
次に、その音源をStudio Oneに取り込み、完成音源を作っていきます。
デモで使った音をそのまま使用することもあれば、新たにいちから作り直すこともあります。
また、曲によっては自然の音を取り入れるため、雨の降る音や鳥のさえずりを録音しに外に出掛けることもあります。
全ての音を入れ込んだら、VOCALOIDの歌声を入力して調声を行っていきます。
私がこれまでに発表したVOCALOIDオリジナル曲は、初音ミクちゃん、鏡音リンちゃん、鏡音レンくんの3人に歌ってもらっています。
この時点ではノートパソコンのみで曲を作っているので、ひたすらマウスでクリックしては音を動かすという動作を繰り返しながら、理想の歌い方をしてもらえるように調声を行います。
最後に、ミックスとマスタリングで音のバランス調整や空間・音圧処理などを行い、曲の完成です。
ーーとても詳細な内容を伺えて光栄です。
プラグインなどのソフトで調整をすると思いますが、オススメのがございましたら、ひとつソフトをお聞かせください。
iZotopeのOzone 9です。
AI分析のマスタリング機能がついているので、とても便利です。
DTMでの曲作りに慣れていなかった初めのうちは、この機能を駆使しながらマスタリングのあれそれについて勉強していました。
今はサポート的に使うことが多いのですが、自分の理想の音に近づけるようになったのは、このプラグインソフトのおかげだと思っています。
ーー海霧さんの今後の目標や夢を伺えますでしょうか。
私の夢は、孤独を感じている人に寄り添うことができる曲を作ることです。
私は、学生時代にいじめに遭い、不登校を経験しました。
その後、周囲の大人の手によって強制的にまた学校に通わされたのですが、この一連の出来事は、一時的にとはいえ、持っていたはずの感情を全て失ってしまうほどのショックなことでした。
感情を無くしたまま生活していたときに、私に唯一手を差し伸べてくれたのが音楽でした。
音楽に救われた私だからこそ、作ることができる音楽があるはずだ。
周囲に救いの手がない人たちの背中を押すのではなく、そっとその孤独に寄り添うことができる音楽を作りたい。届けたい。
この夢を叶えるためには、もっと確実に人に音楽を届けられるだけの力をつけなくてはなりません。
そのために私が掲げている具体的な目標は、YouTubeのチャンネル登録者数1,000人を達成することです。
そして、孤独な少女の物語を描いた1stアルバム『波音』(2021年発売)の先の物語である2ndアルバムをリリースすることを目指して、活動していきます。
ーーインタビューをお引き受けいただき、誠にありがとうございました。
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