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#20 - 書評『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』


巷でよく聞くアドバイスに「成功者の話をよく聞いてその真似をしよう」というものがある。既に確立された、上手くゆくとされている方法を謙虚に受け入れ、その通りにやろうということだ。その考え方からすると、グレイトフル・デッドというバンドの原則は、ちょっと型破りかもしれない。それはとにかく「人と違うこと」をやろうというもの。本書では、この稀有なバンドのさまざまな戦略が、ビジネスの視点から読み解かれている。

グレイトフル・デッドは、例えば学年の中に一人だけいる"変なやつ"を、アメリカ中から集めてきて、その人たちをみんなファンにしてしまう、というようなことを成し遂げたバンドだ。それが二百人に一人だとしても、アメリカ中とか世界中なら当然すごい人数になる。アップルやスターバックスのファンと同じように、グレイトフル・デッドのファン、通称デッド・ヘッズは、デッド・ヘッズとしてのアイデンティティに誇りを持っている。

平易な言葉で様々なアイデアが述べられた本書では、抽象的、学術的な議論が繰り広げられるわけではない。だが本書の内容を読み解いてゆくと、その深層には〈差異を売れ〉という思想が見えてくる。

「人と違う、特別な存在」であるということは、なぜかミュージシャンとかアーティストといった存在に特有の条件のように考えられがちであるが、もちろん、あらゆる人間の前提条件として差異は存在している。ではミュージシャンとかアーティストの仕事とは何かというと、それを商品化することなのである――これは芸術的達成とはベクトルの違う話ではあるが。

それからグレイトフル・デッドの方法が示唆しているのは、最初からとにかく人と違うことをしておいて、あとは、ついてきてくれるファンがなるべく面白がってくれる、楽しんでくれるようにする、そして好きなように任せておく、というやり方がいちばん賢いということだ。世の中には、自分が特別だというアピールばかりしているわりに、結構普通のことしかしていない人のほうが多いけれど(これは自戒をこめて)。

デッドの方法論には、ここ最近の話題を独占しているイーロン・マスクのやり方との共通点がある。常識を疑い、型破りなアイデアを考案しては実験を繰り返し、失敗のなかで学んでいく、という手法である。マスクは新しく買収したツイッター社で実験を繰り返し、新機能を数時間で撤回するなど、生き馬の目を抜くような速さで組織を変革している。既存の枠組みを打ち破る仕組みを作り出すには、常識の前提を疑う必要があるのだ。

そして、ふつうの宣伝方法をとらず、真にひとりひとりの心をつかむためのマーケティングをやろうとしていること。マスクの経営するテスラ社は広告予算を持たないことが知られている(「多くの企業が、実際の製品とは関係ないところに、お金を費やしています」マスク談)。

リファラルマーケティングといって、信頼できる友人からの口コミが一番効果的であることを生かして、紹介によって認知を広めるシステムを作るという考え方があるが、マスクはそれを自動車業界に持ち込んだ。マスクがデッドヘッズかどうかは知らないが(たぶんエレクトロニカの方が好きだ)、そこにはデッドのマーケティング方法――ファンにライブを自由にレコーディングさせ、ブートレグの流通を許し、それが宣伝となっていった――の遺伝子が息づいている。

それにしても、ある種、個人による社会との闘争のなかで生まれたヒッピー文化の果てに生まれたインターネットが、結局、いまの社会をあまりにも分断していることを考えると、私たちの目指すべきマーケティング、いやコミュニケーションの形とは、本当に、ひとりひとりに直筆で手紙を書くようなやり方なのかもしれない、ということを考えさせられる昨今の状況である。

そんなことを考えさせられる本だった。

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