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対話型鑑賞ファシリテータと内部監査

今年は、オンラインで対話型鑑賞法を使った絵画鑑賞イベントを半年実施しました。
対話型鑑賞とは具体的にどんなことをしているのか、ファシリテータとしてどんなことを配慮したかを振り返りつつ、私の本業の1つである内部監査という「堅い」仕事と共通点があることに気づいたのでそのお話をします。

■オンラインの対話型鑑賞イベント

もともとはアート思考という自分起点の考え方を多くの人に知ってもらいたくて、そのなかでその思考法を鍛える一つの方法としての対話型鑑賞をオンラインイベントで開催しました。
対話型鑑賞とは、絵画についての知識を不要とし、一人一人が思うことや感じることをそのまま他の人と対話する鑑賞法です。

最初はオンラインイベントで対話型鑑賞ができるのか心配でしたが、むしろオンラインだからこその大きなメリットもありました。
おそらく他と比べて、私が実施する対話型鑑賞イベントの大きな特徴は、対象の絵画を事前に決めないという点です。ですから私自身も当日どんな絵を使ってファシリテートをするのかわかっていません。Google Arts & Cultureで、参加者の気になる色を選んでもらい、リストされた中から今度は他の参加者に何行目、何列目と選択してもらって1枚の今日の絵画が決まります。

これはオンラインで多数の絵画にアクセスできるからこそのメリットです。
風景画や人物画、宗教画や抽象画など、対話が弾みやすい絵画もあればそうでない絵画もあります。緊張はしますが、どんな絵画でも参加者に楽しく盛り上がってもらえるか即興で考えるのはワクワクします。

■対話型鑑賞では具体的にどんなことをしているのか

具体的にどんなことをしているのか、少しご紹介したいと思います。
(※質疑応答の内容は後で思い出しつつ記載しているので一部だけ)

ある日の対話型鑑賞イベントで使用した絵はこちらです。参加者は4名で、ティール色のカテゴリからこの絵を皆で選択しました(絵というか絵を描いているところを撮ったもの)。

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まずはファーストインプレッションを忘れないうちに参加者に表現してもらいます。
【この絵を最初にみた最初の感想を教えてください】
・おどろおどろしい
・悲しみを感じる
・ぶきみ
・綺麗
といった感想が出てきました。そしてここから色々と幅広い気づきを得てもらうための質問をします。

まず、見えているものに対して具体的に意見をいってもらいます。
【9つの頭のうちどれが印象的ですか?】
 -左上の真右を向いている坊主頭の人
 -無表情で冷静に今の状況を静観しているから
【(中央で)手を差し伸べているのは何故ですか?】
 -良くないもの(赤部分)が迫ってくるのを押しとどめようとしている。
 -社会を風刺し、清涼な世界に悪いものが迫っていることを表現しているのでは?

そして次が重要なのですが、見てるつもりで見えていないものに気づいてもらう質問に繋げます。
【右側の人(ならざるモノ)以外に注目するものは?】
 -下にある絵の具チューブ
 -白い絵の具がこのチューブから出ていて青い色を下から浄化しているように見える。
【もしこの絵に手を加えるとしたら?】
 -黒の絵の具で一番右端の頭に繋がっている首を塗る
 -一番右の首だけ他の首を見ていて何かを伝えようとしているから強調する

更に、質問に答えるだけでなく、自分で疑問に感じるところを見つけてもらい、他の参加者にリレー方式で質問をしてもらいます。答えるほうは正解でなくてもいい(そもそも正解はない)ので必ず答えてもらいます。

こうやって1枚の絵画に20分もかけて何度も意見を出し合っているとそのうち皆の頭が緩くなって絵にまつわるストーリーが出来上がり、一緒にこの絵を育てているような感触になります。そのため、毎回その絵画と参加者に合わせて質問を変えながら対話型鑑賞をファシリテートします。

■対話型鑑賞ファシリテータとして大事にしていること

対話型鑑賞イベント後に感想を頂くのですが、そのなかで「どうしたら対話型鑑賞ファシリテータになれますか?」というご質問を何人かの方に頂きました。
自分自身、特に対話型鑑賞のファシリテータとして勉強したわけではありません。意識したのはひとつだけです。それは参加者の人にイベントに参加した時だけ楽しんでもらうのではなく、イベント後の振り返りで気づきを得たり、対象物の世界観を「じぶんのこと」として見つめて意識を変えてほしいという点です。
これは「初めての自転車乗り」をサポートする感覚に近いかもしれません。子供が初めて自転車に乗る時に後ろから支えますが、いつか一人で走れるようになります。その瞬間の感動を忘れず、そのままどこまでも走って行ってほしいという思いです。そしてサポート側もその成長が嬉しいのです。

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そのため、どれだけ参加者と同じ立ち位置になれるかに意識を向け、事前に絵画を決めておかないことや参加者自身が問いを作ることに繋がっています。

■対話型鑑賞以外でも生かされていたスキル

対話型鑑賞のファシリテータとして勉強したわけではない、と言いましたが、なんとなくどこかで似たようなことをやっているなぁ、と考えてみたところ、それがまさかの内部監査業務でした。私が携わっているのは認証系の内部監査業務です。つまり、

QMS(ISO9001):品質マネジメントシステム
ISMS(ISO27001):情報セキュリティマネジメントシステム
ITSMS(ISO20001):ITサービスマネジメントシステム

などです。企業として認証取得のためには定められた要求事項を満たす必要があります。そして外部機関による本審査を受けて合格しないといけないのですが、そのために事前に組織内で内部監査を実施する必要があります。

原則として、内部監査も要求事項を満たしているかをチェックリスト等で実施するわけですが、内部監査員を15年経験している私はかなり独特な切り口で行っています。そしてその時の心構えが対話型鑑賞のファシリテートをする時と同じでした。
つまり、「認証取得をするため」ではなく、マネジメントシステムを活用して品質や情報セキュリティをより良くしていくために「じぶんのこと」としてどうするべきかを捉えてもらえるよう誘導しながら実施しているのです。
そのようなスタイルに変えたきっかけは、被監査チームの担当者に任命される人は入社歴の浅い人など、面倒な仕事として押し付けられている場合が多く、任命された担当者も指示されたことをやるだけで精一杯ということも多く、こういう何も生み出さない、後ろ向きな進め方を変えたかったのです。

私は内部監査の冒頭で、被監査チームのトップに対してこの質問をすることが多いです。
【貴方は認証が取れればいいですか?それとも活用して良いマネジメントシステムを作りたいですか?】
つまり、この活動についてどう思っているか個人の思いを表現してもらうわけです(もちろん、ここで建前しか言わない人もいますがそこを引き出すのもファシリテータの手腕でしょうか)。そしてその思いに寄り添って監査を開始します。「上から言われたからやってる、不適合が出なければいいよ」という人に対しては「これは大事なんです」と伝えても響かないので、その思いをいったん受け止めつつ、マネジメントシステムを回すことの良さに気づいてもらえるような質問に変えつつ誘導しています。そしてうまくいった時は私自身、この仕事にやりがいを感じます。

具体的な内部監査の進め方は、被監査チームは嫌な指摘を受けるのではないかと身構えている場合があるので、まずは被監査チームの業務紹介と称して、話しやすい話題で緊張を解きます。その中から、要求事項の中で一番ポイントとなる部分について被監査チームの関わりをしっかりと確認します。
例えば、QMSなら、
【貴方のチームの中で一番自信を持ち、自慢できる仕事は何ですか?】
ISMSなら、
【貴方のチームで扱っている仕事の中で一番大事なデータは何ですか?】
等と聞くことで、自分たちの仕事を振り返ることができます。
ここまでできれば、後はそのポイントを取り巻くプロセスや業務について、なるべく要求事項をそのチームに伝わる表現に置き換えて質問し、説明してもらいます。すると、被監査チームの担当者が徐々に「あれ?俺たちはきちんとやれてるぞ!」「今の業務のここって大事だったんだな」と気づくようになり、どんな改善が必要なのか監査員から指摘されるまでもなく自分たちで気づけるようになります。
自分たちで課題を見つけられるようになったら、後は監査が終わった後も自チームに戻って前向きにマネジメントシステムを活用するようになります(なるはずです)。

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自分がどうあるべきかを自問することがアート思考であり、そのような誘導やクセをつけられる方法の1つが対話型鑑賞だったりします。でも、組織構築でも既に、しかもファシリテータ側の立場も活用していたんだと自分自身、今回改めて気づきました。

■実は誰でも日常的にファシリテータになれる

このファシリテータスキルは、内部監査だけに限らず、人材育成やプロジェクト管理等、様々な場面でも活用ができます。
対話型鑑賞は、「絵画」を軸に自分の興味や疑問に目を向け、掘り下げて自分なりの思いを伝えているわけですが、どのような仕事でも「じぶんごと」として他の人と違う興味や得意分野があり、課題を掘り下げて解決していくことができるわけです。

世の中には数多くのビジネスフレームワークがありますが、それは基本の「枠」であり、それを型どおり実現する人材より、それを自分や組織に合わせて伸縮しデフォルメする力が重要となります。
そのためにも対話型鑑賞は役に立ちます。一部のファシリテータしかできないことではないので、ファシリテータのスキルをつけたいと思う方は、是非家族や友達と一緒に試してみませんか。

※今回の記事は、”ファシリテータ”のアドベントカレンダー(https://bit.ly/34prQ0C)の記事として繋げさせて頂いています。”ファシリテータ”に興味のある方は是非他の日の記事もお楽しみください。

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