見出し画像

【古代戦士ハニワット】巫女隊のスマホ


*この文章には少しだけ『古代戦士ハニワット』8巻のネタバレが書いてあります、未読の方はご注意ください*

ハニワットのディティール

古代戦士ハニワット8巻刊行おめでとうございます!

最近すっかりシステマのトレーニングアカウントだったのがハニワットに関するつぶやきも多くなってしまいました、アカウント分けようかな…

とにかく大好きな漫画、『古代戦士ハニワット』の8巻はうれしいですね。打ち切り回避されて初の単行本という事になります。ぼくもさっそく電子書籍版を購入してさっき読みました。

くらくらするほど面白かったです!1ページ1ページ読むのが惜しいくらいでした。

そして面白くってついつい語りたくなってしまう。

それにしてもどうしてこう『ハニワット』は語りたくなる漫画作品なのでしょう?その一つに圧倒的なディティールがあると思います。

ハニワットは8巻になって急速にその作品世界のディティールが深まったと感じました。打ち切り回避が決定したことで、作者の武富先生がフルに筆を振るってハニワット世界の描写に取り組まれてらっしゃるからでしょうか、とにかくハニワットは元来物語のディティール描写が細かかったのが、8巻になってより一層「こういうところも描くのか」「こんなシーンまで入れてくれるのか!」「こんな人のこんなエピソードまで!?」といった楽しみが随所にみられるようになったと思いました。

激動のアクションシーン、その中で描かれる緊迫した心理、ハニワット的オカルト・超常現象的ギミックの解説、そして蚩尤とハニワットの「機体」「構造」の深みとダイナミックな変化、主要な登場人物の内面描写から立場と利害が異なるたくさんの陣営の思惑が入り乱れることで二重振り子どころではない動きの読めない乱戦になりつつある「政治情勢」の描写、いままで背景でしかなかった「市民」の動き、世間との歩調・・・修行シーン、兵站シーン、装備換装シーン

もう、ちょーーー濃いの!要素の量も質もすさまじすぎるんです!これ1巻の漫画本ですか?この漫画大河ドラマですか?

さらにそのどのシーンにも徹底的に登場人物たちの「生活感」「(心理、物語背景を含む)背景描写」がこれでもかというふうに書き込みが満載というぜいたくさ。ハニワットを読んでいると博物館とかにあるでっかいミニチュアの精巧な箱庭模型をじっくり見ているような気になります。「おお、こんなところまで作ってあるのか!」という驚き「ここの端にいる人、何をしているんだろう~?」「この建物はどういう役割なんだ?」という探して想像する楽しみ。ミニチュアドールハウスが子供の頃から大好きだった自分にはまるでそういったミニチュア世界を楽しむようにハニワットを楽しんでいるのです。

ところで、個人的に大好きなコマが8巻にありましたのでその話をしたいと思います。

巫女隊のスマホ箱

8巻の中に、呉葉ちゃんという個人的に大好きなキャラクターがスマホを渡されるシーンがあります。(8巻には呉葉ちゃんファン特別攻撃悩殺シーンもありますがそれはまた別の機会に語ります)

それがすごかった。

どういうシーンかというと「蚩尤収めの合間にスタッフから呉葉ちゃんが自分のスマホを段ボール箱から渡される」というシーン。

まず、これほんと小さな1コマなのですが、めっちゃくちゃいろんなことがこのシーンから読み取れる構造です。すぐわかるのは以下の二点です。

・巫女隊や主巫女は(そしておそらく弓隊とか現場に出る他の蚩尤収めのスタッフも)蚩尤収めの儀式中は「全員」スマホが禁止、回収されているという事

・スマホが禁止されているだけでなく、律儀にそのスマホが役職ごとの名前を書いた段ボールに入れて回収されているという事

ですがここからさらに多くのことが予想、あるいは推察できます。

スマホを禁止する理由は明言されてないが、おそらく蚩尤収め中にアラームや着信が鳴ってしまって、祈りの作業の邪魔になることが予想されるという事、あるいは私物の所持そのものが蚩尤収めに臨む際邪魔になるから取り上げているが、その中でもスマホは「特に」「専用の段ボール箱を作るほど」徹底的に管理されているという事。

巫女隊や弓隊は直接蚩尤と戦うわけではありませんが、ハニワットの話が進むにつれ埴輪徒と同じくらい、いや時として戦意が揺らぐ埴輪徒その人より強固な決意と意志で蚩尤収めに臨んでいることが描写されます。そのディティールとして現代人の日常を象徴するツールである「スマホ」をちゃんと管理しているという描写がなされるわけです。

しかもそのスマホの管理の仕方が丁寧な点に何とも言えないリアリティを感じてしまいます。「段ボール」に「役職ごとの名前を書いて」まとめて入れているわけです。つまりこの段ボールは同じようなことがあるときいつも使われるからちゃんと名前が書かれているのです。それぞれ専用のロッカーに着替えと一緒にスマホを入れておらず段ボールにした理由はなんでしょうか?蚩尤収めはどこでいつ始まるかわかりません、だから移動もバスやトレーラーで行うし、出発点も違うでしょう、専用の衣装へ着替えるのもどこで行うかもわかりゃしません、あるいは近くの施設を徴用するとしても、私物の管理もシステム化していなければ即時対応できないでしょう。または着替えても緊急連絡用に儀式直前までスマホだけは持たされているのかもしれません。現地でスマホだけきっちり回収して儀式をスタートするからこその段ボールだったのかもしれません。だからあの段ボールは明確に書いてませんが、いつも蚩尤収め、あるいはその実践想定トレーニングの時に使う「使いまわしの」段ボールだと思います。何度も同じことをしているような雰囲気でスタッフが持ってきているのです。

とにかく、そのリアルさ、そのディティール、そして蚩尤収めに臨む現地スタッフのガチさ、が一気に説明される名シーンだと思ってうなって読んでいました。

ちなみにこの後出てくる呉葉ちゃんその人のスマホは一瞬ですがめっちゃデコってあるギャルスマホで、蚩尤収めという非日常時にはまとめて取り上げられているスマホと、その後のスマホから垣間見える日常の生活感の対比が非常にうまく印象に残る仕組みになっています。

武富先生の作風にはこの手の何気ないシーンで多くのことを示唆的に説明してしまう、あるいは匂わせて奥行きを描写するという技術がよくつかわれていると思うのですが、漫画の技量が圧倒的すぎてもはやそっけなくてホントに気が付きにくいのですが、高度な漫画技術の結晶、デザイン技術の結晶のようなシーンだと思っています。一つの絵で説明できる内容が多いというのは、つまり作品世界が細部まで作者の手の上で奥行きをもって広がっているという事でしょう。

まさに精巧なディオラマのようです、ミニチュアのようです。

他にも類似の裏設定が透けて見える構造のシーンは多いのですが、ぼくは8巻では特にこのシーンが大好きです(呉葉ちゃんが大好きっていうのもあります)

描かれない設定があるのは是か非か

ちょっと前にツイッターで作品の「裏設定」あるいは「非公式設定」はあったほうがいいのかという議論が盛り上がった時がありました。描かれない設定をたくさん決めてしまうとそれで身動きが取れなくなってしまうという作者もいらっしゃれば、描かれないもの一切は不要だという作者もいましたし、また自分は大量の「裏設定」をしているという作者さんもいらっしゃいました。

勿論それぞれのプロのご意見なので、どれも正しいと思います。

ぼくはそのたまたま「裏設定はほとんどしない」という作者さんの漫画を読んだことがあったのですが、たしかにアクションシーンで飛び散る瓶の形やラベルや家具の形、出てくるモノの形とかも適当だし、登場人物の身の回りの服装もめちゃくちゃ適当で、描きたい内容だけビシッとかっこよく描かれるタイプの作家さんでした。別に適当なのが悪い訳じゃないと思いますし、裏設定をしないがゆえに生活感をそぎ落としてシンプルに見やすい魅力的な構造の物語を提示できているという事もあると思います。

でもぼくは好みとしては「ハニワット」のように使うのか使わないのかどうなのかわからに設定がもう1コマの中からにじみ出ているような漫画が大好きです。

本当に好きです。なぜかというと目線が公平だからです。それぞれの登場人物に(ここでは描かれないけれども)それぞれの物語が用意されているような雰囲気を感じるからです。それぞれの登場人物や背景物がそれぞれの生活や歴史を営む中で、この漫画という舞台に居合わせてそのシーンを切り取られているような気がするからです。

主人公だけがかっこいいわけではない、生活感が全くなく、生まれ持って強い主人公だけが不敵に笑って独善的な強さを発揮するわけではない。超常生物との闘いの前にスマホを段ボール箱で回収されたり、普段は学生生活を送っていたり、家族を持っていたり、どこでもみるような仕事をしていたり、普通の車に乗っていたり、そういう人生に地に足をつけた人々が演じるすこしだけ勇気のいる物語がどうしようもなくいとおしく感じるから、スキなのです。

ハニワットはそういう小さな登場人物や小さな背景物をちゃんと公平に拾ってくださって、すべては描ききれないけれども、ちゃんと生きているよ、見ているよと言ってくれているような気がするのです。

そしてハニワットに仮に語られない、確定していない設定が山のようにあったとしても、それでいて自由に、お互い邪魔せずこの奇妙だが、温かみのある、時として残酷で驚きのSFアクション漫画はストーリーが粛々と進んでいきます。その様子はまるでミニチュアの街の住人が勝手に動き出すのを見るような興奮です。夢中でページをめくっている間に8巻を読み終えてしまいました。この読後感、豊かでダイナミックな味わいがこれからも読めるかと思うと、いち漫画読みとして幸せだなと思うばかりです。

以上です、読んでくださってありがとうございました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?