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【時事通信社 Janet 掲載】【コラム】「語学屋の暦」(41)「茶番政治」を脱するカギ──英国と都議補選から学べ 元朝日新聞記者 飯竹恒一 飯竹恒一(2023/06/27)

【写真】東京都議会補選に立候補した森愛氏(左)の応援に駆けつけた立憲民主党の鈴木庸介衆院議員(右)、共産党の田村智子政策委員長(中央)=6月1日、東京都大田区のJR蒲田駅前(撮影・飯竹恒一)

この記事は下記の時事通信社Janet(一般非公開のニュースサイト)に2023年6月27日に掲載された記事を転載するものです。

 たかが飲み会が国政を根底から揺るがしうるのが英国の議会制民主主義のようだ。問われているのが政治家の誠実さであり、国民に対する責任であるのならば、容赦がなく厳しい手が打たれるのを、世界が目の当たりにした。

 2020年春以降の新型コロナウイルス対策で、当時のジョンソン首相の下、ロックダウン(都市封鎖)が徹底された際、英首相官邸などで規則違反のパーティーが繰り返されていた、いわゆる「パーティーゲート(Partygate)」事件。

 「下院と国民にとって最も重要な問題で下院を欺き、それを繰り返し行った」(He misled the House on an issue of the greatest importance to the House and to the public, and did so repeatedly)。与野党の議員で構成する英下院の「特権委員会」(Committee of Privileges)は最終報告書で、規則違反を繰り返し議会で否定していたジョンソン氏を厳しく批判し、懲罰として90日の議員停職処分を勧告した。特権委員会は日本の国会の懲罰委員会に近いとされる。


 ジョンソン氏は昨年、この件を含む一連のスキャンダルで首相を辞任している。今回は報告書を事前に受け取ってその内容に憤り、もはや行き場がないと判断したのだろう。「つるし上げだ」(kangaroo court)と侮辱的な言葉で反発し、議会の採決を待たずして、自ら辞職する道を選んだ。その際、「一連の集まりは、職務遂行の上で必要なのは理にかなっていた」(these events were reasonably necessary for work purposes)、「違法だという認識があったら、公式カメラマンを同席させるはずがない」(Why would we have had an official photographer if we believed we were breaking the law?)などと、未練がましく言い分をぶちまけた。

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 強く出てみたり、苦し紛れにその場しのぎの発言をしたり。最後まで反省の色もないままだったジョンソン氏が議員辞職に追い込まれる経緯を見ていて、ならば、日本でも議員辞職があってしかるべきだと思ったのは私だけだろうか。

 例えば、放送法の「政治的公平」の解釈を巡る安倍政権時代の官邸と総務省とのやりとりを記録した文書について、高市早苗・経済安全保障担当相が自身に関わる部分を「捏造(ねつぞう)だ」と国会で言い放った一件はどうなのだろう。

 というのも、そのあと総務省が問題の文書について「行政文書」と認めたのを受け、高市氏は「正確性や作成者が確認できない」「私に関するものは不正確だ」などと発言が後退し、一貫性を欠いたからだ。さらに、この問題を巡る自身に対する「レク」(説明)について当初は否定したものの、同省があった「可能性が高い」と認めると、「確認する方法はない」などと言葉を濁した。「答弁が信用できないんだったら、もう質問しないでください」と開き直りの発言をしたのは、もはや閣僚としての役割をかなぐり捨てたと言ってよいだろう。

 この問題では、参院予算委員会で問題の文書を示しながら追及した立憲民主党の小西洋之議員が「捏造でなければ閣僚や議員を辞職するか」と問うと、高市氏は「結構だ」と言い返した。根拠も示さないまま、国会議員でもある閣僚が官僚制を揺るがしかねない発言をしたのだから、英国議会の基準をもってすれば、調査や処分の対象になり得たと思うが、いつのまにか辞職の話も、うやむやになってしまった。

 こうして日本の国会が緊張感を失うのに決定的だったのは、かつて故安倍晋三元首相が在任中、自身の「桜を見る会」を巡る問題について、118回も虚偽答弁を重ねながら、結局、何のおとがめもなかったことだろう。

 虚偽答弁は、「桜を見る会」前夜祭について、「事務所はくみしていない」「(会場の)ホテル側から明細書の発行を受けていない」「不足分の補塡(ほてん)していない」の3点に集約される。安倍氏を擁護する議論として、「たかが食事会を巡る問題で、日本の先頭に立って活躍する首相の足を引っ張るべきではない」という理屈を聞いたことがある。

 確かに、この問題に限れば、大疑獄でも、とんでもない違法献金を手にしたという話でもない。しかし、ジョンソン氏も、たかが飲み会なのに、それを巡る議会での発言で退陣や議員辞職に至っている。その点、特権委員会の最終報告書は「この調査は英国の民主主義の核心に迫るものだ」(This inquiry goes to the very heart of our democracy.)、「英国の民主主義は、閣僚が下院で発言することが真実であると国会議員が信頼できることが前提になっている」(Our democracy depends on MPs' being able to trust that what Ministers tell them in the House of Commons is the truth.)といった理念を高らかに宣言している。

 日本の衆院は今月、「与党も野党も茶番!」とする紙を壇上で掲げたれいわ新選組の櫛渕万里共同代表に対し、10日間の登院停止とする懲罰を賛成多数で議決した。参院法務委員会での入管難民法改正案の採決を阻止しようと委員長席に向かって飛びかかったなどとして、山本太郎代表に対する懲罰動議も提出された。

 れいわのスタンドプレーに品位を欠く行為だと眉をひそめる向きもあるだろうが、その思いに共感を覚える人も少なからずいるはずだ。安倍氏や高市氏の発言を巡る問題と突き合わせた時、どちらが本質的に国民や議会を裏切っているかは明らかだろう。

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 ところで、スナク現首相はジョンソン政権で財務相を務め、問題のパーティーの一つだったジョンソン氏の誕生日を祝うパーティーに参加したことで、ジョンソン氏と一緒に罰金を支払った経緯があり、微妙な立場にある。ただ、昨年7月、数々のスキャンダルに耐え切れずに辞任した閣僚の一人で、ジョンソン政権退陣のいわば引き金を引く役割を果たしたことは、注目に値する。

 当時を振り返る英紙ガーディアンの報道を見ると、「擁護を続けるのにうんざりの取り巻きにとって、(ついに)限界が来た」(For colleagues tired of defending him, enough was (finally) enough.)とある。スナク氏もその一人だったのだろうが、英政府の公式サイトに、ジョンソン氏宛ての自身の財務相辞任の申し入れ書(resignation letter)が今も掲載されている。

 「忠実に尽くしてきた」(I have been loyal to you)と、ジョンソン氏が保守党の党首就任にあたって貢献したことなどに触れつつ、意見対立があったことも明確につづっている。

 「だからこそ、私は、あなたが目指すことを実現するために、常に妥協しようとしてきました。内輪で意見が対立しても、公の場ではあなたを支持してきました。(中略)今日のような困難な状況にあって、首相と財務相が結束し続けることは特に重要です」(That is why I have always tried to compromise in order to deliver the things you want to achieve. On those occasions where I disagreed with you privately, I have supported you publicly. … it is particularly important that the Prime Minister and Chancellor remain united in hard times such as those we are experiencing today.

 「国民は真実を聞く覚悟があると確信しています。国民は、真実と言うには余りにでき過ぎた話は、真実たり得ないことを分かっています。より良い未来への道がある一方で、それは簡単ではないことを知ってもらう必要があります。来週の経済に関する共同演説の準備をする中、私たちのアプローチは根本的にあまりにも異なっていることが明らかになりました」(I firmly believe the public are ready to hear that truth. Our people know that if something is too good to be true then it's not true. They need to know that whilst there is a path to a better future, it is not an easy one. In preparation for our proposed joint speech on the economy next week, it has become clear to me that our approaches are fundamentally too different.

 抑制された言葉を紡ぎながら、極めて強い批判が込められていることが読み取れる。

 まさに、議院内閣制の下で、政局の歯車が一つ動く際の象徴的な事例とも言えるだろう。ジョンソン氏を支えてきたスナク氏としては、次を狙う政治的思惑も働いただろう。しかし、同じ党内で仕えたトップを批判する声を上げるのは、それなりの勇気と覚悟が必要だ。それを可能にする英国の政治文化の土壌は、まぶしく映る。

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 実は、同じように自身が仕えてきたボスに盾をつき、信念を貫いて勝負に出た例を、東京のローカルな選挙で最近、目の当たりにした。今月4日投票の東京都議補選大田区選挙区だ。

 6人が二つの議席を争う構図。トップ当選した森愛氏はもともと、東京都の小池百合子知事の与党「都民ファーストの会」に所属する都議だった。離党して4月の大田区長選に臨んだものの、次点で落選した。改めて都議復帰を目指した今回の選挙では、小池知事が進める明治神宮外苑の再開発に反対の立場を表明した。かつて都民ファにいた際、外苑再開発の見直しを主張したところ、「(元首相の)森喜朗さんの利権だから」と言われたという話も堂々と口にした。主要4候補の得票結果は次の通りだ。

 森愛氏(無所属)         48,719票
 鈴木章浩氏(自由民主党)     40,349票
 細田純代氏(日本維新の会)    30,363票
 奥本有里氏(都民ファーストの会) 20,710票

 この都議選では、衆院解散の観測が飛び交う中、自民党との協力関係に亀裂が走った公明党が自主投票となった。投票率は25.33%で、戦後の大田区における選挙としては過去2番目の低さだ。自公が協力していれば、低投票率は両党が支援する候補を利するというのが通例だが、今回はそうなっていない。自民の鈴木章浩氏は当選を果たしたものの、公明がもたらしたであろう票を失った結果、森氏のトップ当選を許したと言えるだろう。

東京都議会補選に立候補した森愛氏(左)の応援に駆けつけた立憲民主党の鈴木庸介衆院議員(右)、共産党の田村智子政策委員長(中央)=6月1日、東京都大田区のJR蒲田駅前(撮影・飯竹恒一)
東京都議会補選に立候補した森愛氏(上)の応援に駆けつけた立憲民主党の鈴木庸介衆院議員(右)、共産党の田村智子政策委員長(中央)、都議会会派「ミライ会議」の米川大二郎都議=6月1日、東京都大田区のJR蒲田駅前(撮影・飯竹恒一)

 注目すべきは、森氏を支援したのが、野党共闘を掲げる「市民連合おおたの会」で、その仲介の下、立憲民主党や共産党などによる野党共闘が実現した点だ。この結果から言えるのは、自公協力がなく、かつ野党共闘が成立すれば、政治が大きく動くということだ。

 実際、選挙終盤に大田区のJR蒲田駅前に行くと、立民の鈴木庸介・衆院議員、共産の田村智子政策委員長、都民ファを除名されて都議会新会派「ミライ会議」を結成した米川大二郎都議らが、森氏の応援演説に駆け付けていた。

 また、森氏の集会に行くと、共産党機関紙「赤旗」を堂々と広げる男性がたまたま私の隣に座っていて、「2021年の衆院選の東京8区を思い出す」と意気込んでいた。立民の新顔吉田晴美氏が、元党幹事長の自民党の前職、石原伸晃氏を破って初当選した選挙区だ。れいわの山本太郎代表が公示を目前に8区からの出馬を表明したものの直後に撤回し、共産も独自候補の擁立を見合わせた末、野党共闘が実現したのは語り草だ。

 最近、立民の党内で、小沢一郎衆院議員らが次期衆院選に向け、野党候補の一本化を目指す「有志の会」を設立した。日本維新の会などから冷ややかな反応がある上、れいわの山本代表も、否定的な反応を示している。山本氏は先に、「『戦うことを忘れた野党』も『戦うふりをしている野党』も、悪質さでは同じようなものですね」と、維新や立民をやゆする意図と見られるツイートをしたことが話題になっていた。

 しかし、上記の都議補選やその手本ともなった東京8区の教訓を生かすならば、維新はともかく、れいわは冷静に自身が果たしうる役割を認識すべきだ。確かに、櫛渕氏と山本氏に対する懲罰動議に立民は賛同しており、これも「茶番」の一例かもしれない。しかし、その原因は立民の現執行部を率いる泉健太代表の路線であり、さらに言えば、自民の長期政権ゆえのおごりだ。そこを変えようとする小沢氏らの試みは、一考に値する。

 その際、英国の動きは、民主主義が息を吹き返し、緊張感のある政治が復活するための処方箋であり、理念だととらえるべきだろう。その点、米メディアでこんな言葉に出会った。

 「米国や世界各地で民主主義が危機にひんする中、英国はそれに抵抗するすべを教えてくれている」(As the U.S. and democracies worldwide face threats, Britain shows how to fight back

 トランプ前大統領のことを踏まえてのことだろうが、日本に対するメッセージと受け止めることも可能だ。今日本に必要なのは、この認識を野党が共有することだろう。

飯竹恒一(いいたけ・こういち)
フリーランス通訳者・翻訳者
朝日新聞社でパリ勤務など国際報道に携わり、英字版の取材記者やデスクも務めた。東京に加え、岡山、秋田、長野、滋賀でも勤務。その経験を早期退職後、通訳や翻訳に生かしている。全国通訳案内士(英語・フランス語)。

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