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こういうのをストナーって言うんですよw

「オセロやりましょうよ!この人メッチャ強いですよ!!!」

週末の日付が変わる時間帯、オセロ屋には程よく酒のまわった酔っ払いのグループが、入れ替わり立ち替わりやって来る。
そして彼らは、自分がボロボロに負けた後、誰かにオセロをさせたくなり、行き交う通行人に片っ端から声を掛け出すw

「ちょっとお兄さん、やっていきましょうよ」
「そこのお姉さん、お金払わなくていいから」

見るからにヨッパライが3〜4人くらいで呼び込みをすれば、だいたい誰かが立ち止まりオセロをやっていってくれる。


夏の暑さがまだ残る9月上旬の夜0時過ぎ、この日は終電を諦めた感じのサラリーマン3人が、スーツを着崩し顔を真赤にして満面の笑みで通行人に声を掛けまくっていた。

「タダでいいんですか?」
立ち止まったのは20代前半の2人組の若い女の子達だった。

「いいですよ、オセロの修行をしているだけですから」
「やったー!なら私、先攻で!」

1人の女の子が椅子に座り、盤上にサッと黒いコマを置き白を1枚裏返した。僕もすぐに白いコマをナナメに置き、黒いコマを1枚裏返した。

「ちょっとお願いがあって…」

試合を見て呼び込みのサラリーマンたちのガヤにかき消されそのくらいの小さな声で、彼女は3手目のコマを置きながらそうつぶやいた。

「どうしたんですか?」

僕もつぶやくように、彼女にチラッと目をやって聞き返しつつ4手目を置く、定番の牛定石が出来上がった。彼女は悩んだ素振りをしながら、小さいな声で呟き出す。
(※本文はオセロの定石がわからなくても楽しめる構成で書いています)

「変な男の人たちにナンパされて、断ってもしつこくてこここまで逃げてきたんですが、多分すぐに来ると思うので巻いてもらえませんか?」

ふと、隣りにいた連れの女の子に目をやると無言でうなづいている。

「いいですよ、とりあえず最後までオセロしましょうか〜」

ここまでわずか1分足らず、なんとなく面倒くさい状況が見えてきた。
6手目、自分の大量取りで黒が2枚になったところで、チャラそうな若者が背後から5人ほどが走ってやって来た。

「ネェチャン、信号無視したら危ないっすよぉー」
「いやー、店が閉まると思って急いでいたから、つい渡っちゃいました〜(笑)」
「てかネェチャン、オセロ弱っっっ!!!!!」

若者5人はみな口々に弱い弱いと女の子をディスりながら、座ってオセロをしている女の子たちを取り囲んだ。

(コイツらがタチの悪いナンパ野郎か…)

若者のリーダーっぽい人がオレは強いと豪語しつつ、「そこ置け、ここ置け、それは駄目」とチャチャを入れる。呼び込みのサラリーマンもオセロの侵攻を見ながら勝ってる負けてると一喜一憂する。

(こんなんじゃ、集中してオセロ出来ないだろうなぁ、可哀想に…)

女の子たちはその場を離れたいのか、速いペースでただ淡々とオセロを打ち続けた。

試合は5分程度で終了した。結果はオセロ屋の圧勝。
若者のリーダーっぽい人が「俺ならこうはならん、俺なら圧勝出来る」と豪語しつつも、「飲みに行こうや」と女の子2人を誘う。

「そんだけ強がるなら1戦していきませんか?」

若いリーダーは「いや、今からこの子とご飯だから」と言うが、女の子の方が「お兄さんがやらないなら私勝つまでオセロしますよ」と言い出したので、若いリーダーは渋々オセロをすることになった。

女の子は「お兄さんのカッコいいところが見たい!」とおだて、サラリーマンは「プロとプロの戦いだ!」と騒ぎ、賑やかな状態で絶対に負けられない戦いが始まった。

リーダーが選んだのは後攻、2手目は横に白を置き、白と黒が3個ずつ並ぶ形に置いてきた。そして、そのままネズミ定石の逆の形に。

(コイツ、全然強くないやん…。普通に詰めて勝ってもオモロないし、ちょっと遊んだろw)

試合は序盤にして辺の取り合いへ。一見すると白が多い盤面、辺もほとんどを白が埋めており黒は盤面に数個しか残ってい状況。

「おいおいプロ、負けてないか〜?」とサラリーマンからヤジが飛んでくる。僕が一般人から理解されないような変な置き方をするせいで、サラリーマンや若者たちは口々に、「なぜそこに置くんだ」とか「こっちがいいんじゃないか?」とか言って勝手に盛り上がっている。

「オレ勝てるんじゃね?勝ったら飲み行こうな!!!」

若いリーダーも調子に乗り、女の子の表情も少し曇る…

(さてそろそろXに打つか〜)
※Xとはカドの斜め隣りのマスのこと

黒がXに打つと、白はすかさずカドに置いた。

「カドを取ったぞー!コレ、勝てるんじゃね?(笑)
ネェチャン、もう少しで終わらせるわ〜」

リーダーがまたまた調子に乗ってアレコレ言い出した。見守るサラリーマンたちも「ヤバいぞー」とか口々に言っている。
僕は黙ってそれを聞き流しながら「ここ置きますね〜」っと言って、白が置いたカドの横のマスに黒を置いた。

「それで、白は置くところありますか〜?なさげなのでもう1つ置きますね〜(笑)」

そう言い、白が置いたカドの並びのカドに黒を置き、1辺を真っ黒にする。

「あと4回くらいパスになるはずなので、間違いがないか見ておいてくださいねぇ〜」

そう言って次々と黒を置き、ついさっきまで真っ白だった盤面は、ものの20秒で真っ黒に染まった。

「お姉さん、この"強いお兄さん"が勝つまでにはまだ時間が掛かりそうなので、先に帰ったほうが良さそうですよ〜w」

「それじゃお先に」と帰る女の子2人、「ふざけるな、もう行く」と言うリーダーに「最後まで戦えよ」と帰り際の女の子とサラリーマンとが文句をいい、「逃げるおつもりですか?」と僕も茶化す。

「逃げねえけどもう無理じゃん!」

文句を言いつつも、リーダーは試合放棄できない空気に飲まれて帰ることができず、女の子2人は「ありがとうございます」と言って逃げるように帰って行った。

「こういう置き方をオセロの業界用語でストナーって言うんですよw、次やる時は気を付けて下さいね〜」

相手のコマが辺を中途半端に埋めている時、相手にカドを取らせ、カドの横のマスに自分のコマを置き、そこから相手の取ったカドの逆側のカドを取りに行くトラップをストナーという。
カドを取らせ相手を喜ばせた後に落とすこのトラップは、気が付いた時には既に手遅れでどうにもならなくなる。

「兄ちゃん、やっぱり強いなぁ、こうやって最後に"めくる"のかぁ」

奇跡の逆転に見える展開にサラリーマンは湧き、若いナンパグループは意気消沈しながら消化試合をする。
消化試合中、右は可愛くなかっただの、左は〇〇で好みじゃないだの、聞くに堪えない会話をしてグループ内で揉めだす始末。

結果は白が数個残るのみの大負けで、勝負が決まるとリーダーは舌打ちだけして仲間を連れてすぐに去っていった。
サラリーマンは「兄ちゃん強いね、楽しかったよ」と満足しながら帰っていく。


ナンパされ、巻きたくて、逃げたくてオセロ屋に来る女の子は多い。そして未だに、うちに逃げてきた女の子を持ち帰れた男性を見たことがない。
そういう相談をされれば、毎回シッカリと逃がしてあげている。

そもそも強引に女の子を持ち帰ったとて楽しい夜はやって来ないのだから、もっと上手にやればいいのになと思いつつ、オセロ屋は今日も夜の中州の人間模様を眺めている。

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