コロナでスリランカから出れなくなるの巻。

タイトルそのままである。帰る予定の日からすでに11日経過している。
断っておくが、今日本で絶賛吊るし上げ中の「こんな時期に海外旅行に行ったバカ」ではない。
そもそも日本在住ではない。私が帰るところはタイ王国だ。
そして私はかなり早い段階からスリランカにいる。一回用事でタイに戻ったことを抜けば、12月の半ばからいる。
まだ世の中が「中国大丈夫かよ」と対岸の火事みたいにしていた頃で、
1月の終わりごろから中国人への風当たりが,ここスリランカはウェリガマでも若干強くなってきてはいた。
しかし。私の国籍は日本である。そして見た目は国籍不明。アジアが入っているのは分かるけど、なに人?という感じなので、中国人に間違われて酷い目にあうということもなかった。

三月上旬ですら、コロナの話題は、多国籍な旅行者たちと朝ごはんしている中でもほとんど上がらなかった。
時々上がっても、「イタリアがやばいらしい」くらいで、ヨーロッパから来ている旅行者も「騒ぎすぎ」とマジで言っていた。
スウェーデン、ドイツ、イギリス、オーストリア、みんなそんなテンションだった。

慌ただしくなったのは、スリランカが19日から空港を閉めるという発表をした時だ。
同時に欧州でも、たくさんの国が国境閉鎖となって、流石に呑気なサーファー勢も、これはやばいとなってきた。この時点で私のフライトは19日の夜。
予想通りキャンセルの通知が来た。マジかよ。流石にちょっと引いたが、持ち前の気楽さで、立ち直る。
「空港が開くのが25日だからそれ以降考えよう、だって飛行機飛んでないし」と、その時点でも呑気にしていたら、今度はタイが事実上の国境封鎖に踏み切った。この間、わずか3日。事実上というのは、「医師によるコロナフリーの健康診断書と、10万米ドルをカバーする健康保険」を揃えたら入国できるからなのだが、ほとんどの国で「コロナフリーの健康診断書」を発行するのは難しいのが、この時点での現状。

いつもなら「じゃあもう元通りになるまで、スリランカで呑気にサーフィンでもしてるわ!」となるのだが、今度はスリランカが戒厳令発動。
指定された時間以外は敷地の外を歩くこと禁止、全てのショップも閉まり、町から町への移動も事実上不可能。サーフィンどころか、散歩にも行けない。詰んだ。

そもそも、ここに陥った経緯を、私は激しく呪った。自分の見通しが甘かったせいもあるが、それでもちょっとした偶然が積み重なってこうなった。
私の帰国便は、19日の朝になる予定だった。(そして悔しいことに、この便は運行していた)
そして18日の夜だけ、スリランカのデート相手の家に泊まる予定だったのだ。ほら、せっかくだし最後の一夜はデート相手と過ごしたいじゃない?
そして彼は仕事上、朝5時半に起きる。完璧である。私も空港に朝6時に向かう予定だったので、このプランで飛行機をとろう。
そしたらだ。彼は広い大きなお家に四人のルームメイトと住んでいたのだが、先日私を連れて帰った時に、ルームメイト二人から相当な非難を食らった。
理由は衝撃なことに、「アジア人なんてコロナを持ってるかもしれないじゃないか」
最初これを聞かされたとき、本当に悪い冗談かと思った。
今時こんなことを言う人がいるのだろうか、ネットでは聞いていたけれど。
(しかし、これが悪い冗談でないことはすぐに証明された。彼どころか、もう一人のルームメイトが私をかばったせいで、本当に家から蹴り出されて、路頭に迷うその人に偶然会って聞かされた)
彼も本気でぶち切れた。過去三年間一緒に暮らして来た二人と大げんかになった。
「彼女はもうずっとスリランカにいる!もしコロナだったら俺もお前らも今頃コロナだぞ!ぶん殴るぞ!」
と抵抗してみたものの、大家はコロナヒステリック勢に味方した。
よって、反逆罪を問われ、彼も家なき子になった。

それでも、まだ戒厳令など発表されていなかった時だったので、
「せっかく君の最後の夜だし、こんな嫌なことは忘れて、素敵な日にしよう」と提案してくれ、この地域で唯一の外資系高級ホテルに部屋をとった。
まあ、せっかくこんなところで過ごすなら、早朝急いで出ることもないよね、ゆっくりフカフカのベッドで朝ごはんでもして、大きなバスタブに海を見ながら浸かって、ワインで乾杯しましょう、となって、便を夜のフライトに変更した。そして、上記のことは全て実行した。確かに最高の一晩となった。(結果的に二晩)
この時点で運命の神様がほくそ笑んでいたのだろうが、私には知る由もなく。

全てをあのアジア人差別のせいだと言うわけではないけれど、あの日あれさえなければ、と思うと、私もあの家に飛び込んでいって、もう何なら咳をゴホゴホとしまくって、「お前ら全員コロナじゃあああああ」くらいの芝居は打ってもいいと思った。

しかし過去を悔いても呪っても現状は変わらない。
家なき子になった彼は無事新しい家を見つけたが、原則どこも「部外者を呼ぶこと禁止」されているので、そこで世話になるわけにはいかない。
しかも今はキャッシュが尽きそうな局面である。友人たちと割り勘という生活が不可能だ。
現金こそ王様である。特に途上国の田舎においてはそうだ。
今はできるだけ、宿泊も食事もカードで済ますに限る。(2020年の時点で、私のタイで発行されたカードはキャッシングができない。この件に関しては、過去の記事にあるので是非)

そういうわけで、全部カードでなんとか出来る、小さいけど快適なブティックホテルに移った。ここから私のスリランカ戒厳チャプターが始まった。


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