困った時の宝石商
世界中を気が向いた時にフラフラする(本人はそのつもりはないけど)私、海外生活も早20年弱。覚えてる限りでも何度か「これはヤバイな」と思うことがあった。命にかかわることも何度かあったが、旅先において、すべてのことはやはりお金が解決する。しかし、お金に関するトラブルが発生した場合。これは危機度合いがかなり高い。場合によっては予定を繰り上げて帰国する必要もある。
幸運なことに私は一度もお金を盗られたことがない。スリには二度、ローマとロンドンでやられたけれど、どちらも財布ではなく、ストールという、逆に「それ盗んでどうするんだ」という代物である。財布を落としたことも一度たりともない。携帯電話もない。特にガチガチに警戒して、海外旅行初めての昭和のツアー客のように、現金を腹に巻きつけているなんてこともない。むしろカバンのジッパーを開けっぱなしで歩くことが多いから(自慢ではない)、何度か現地人に注意されたこともあるぐらいだが、絶対大丈夫な自信があった。自分で推測するには、多分まだ経済発展直前の非常に混沌とした時代の中国留学で培われたリスクヘッジ能力のお陰かと思っている。不注意に見られるが、多分無意識のうちに注意することが染み付いていて、プロの窃盗犯も見てわかるのではないか。例えば大きめのカバンを肩からかけている時も、財布が入っている方を自分の視界、もしくは腕の下にくるように持ってくるのは基本中の基本だし、他にも自然に身についていることが多々ある。
しかし、お金のトラブルは「盗難・紛失」だけでは無い。現金が尽きた、もしくは両替ができない、クレジットカードが使えない、この辺りも時にして起こり得る。
現金が尽きるのは本人の計画性の問題なのでここであえて話すことでも無いとして。両替について、「充分な量を最初に両替しておかないほうが悪い」という声も聞こえそうだが、だが待ってほしい。そりゃあ期間を決めて、全ての行程も決めてあるのであれば、大体いくら使うか分かるだろう。しかし無期限で旅する人間にとって、多額の金額を現地通貨に最初に換えるのは、結構リスキーだ。しかもそれがマイナー通貨であればあるほど、純粋に、嫌だ。必要分だけにしたい。更に付け加えると、私の給料はそのマイナー通貨の一つで支払われているため、他所の国で両替してくれるところも少ない。してくれてもレートが悪すぎて腹たつ。旅前にUSDに換金することもあるが、そこから両替すると更に損が出て、右の頬をぶたれて更に左までぶたれる感じがする。なのでクレジットカードをどんどん使っていきたいのだが、これまた途上国では現金オンリーな店の方が多かったりする。
そこで最善なのが、キャッシングである。私はマイナー通貨でお金を稼いでるとはいえ、ちゃんとマスターカードを持っている。よって、最近スリランカに行った時は、初日3日の経費だけ換金して、あとはキャッシングすることにした。
そしてスリランカ着からきっちり三日後。張り切ってATMに行く。すでに目の前で他の外国人がお金を下ろしていたので、何の心配もなく自分もカードを挿入し、金額を打ち込むが、機械が不穏な間を空けてから、こう告げてきた。
「このトランズアクションは拒否されました」
何でや。。。
2回ほど繰り返すが同じ答え。どんどん血の気引いてくる。とりあえず冷静になろう。落ち着け落ち着くんだ自分。そのまま最寄りのビーチに行って、そこで椅子を借り、タイの銀行に電話する。事情を説明するとあっさり「スリランカではキャッシングが出来ません」と言われた。
「いや、出来ないってことはないだろう。モロッコのサハラ砂漠の近くとかアトラス山脈の麓でもキャッシング出来たのに、こんなインフラ整ってる場所で使えないっておかしいんじゃないの」
ダメもとで言い返してみるが、「無理なものは無理です、でも買い物はできます♪」とあっさり言われた。いや、この辺ほとんどカード使えないし。買い物しにスリランカ来たわけじゃないし。どうする。落ち着け、落ち着くんだ自分。みんなが幸せそうに太陽の光を浴びるビーチにおいて、一人暗くなりかけた。が。こんなことは初めてではない。とりあえず、ウルトラCを出してみるか。
私はビーチを去り、すぐ大通り沿いの宝石店へと足を運んだ。スリランカは宝石の産地としても有名なので、それこそ50メートルに一軒はジュエリーショップを見かける。
理由は特にないが、泊まっている場所から一番近くのジュエリーショップを訪ねてみた。モスクでの午後の礼拝から帰ってきたばかりで、店を再開させる準備をしているムスリムのおじいちゃんと、なかなかハンサムな孫がいた。店内は珍しく冷房が効いていて、綺麗だ。
「すみません、私、日本から来たんですけど、お願い聞いてもらえますか?」
突然現れた日本人がお願い聞いてもらえますか、とか、びっくり通り越して、不審でしかない。しかもいちいち日本から来たと自己申告するところに、未だ海外での日本ブランドを信じて疑わない私の昭和臭さを感じる。いや、それでも外国人の信頼を得るには大切なファーストステップだ、と思いたい。
私はキャッシングが出来ない旨を説明し、こう続けた。「そういうわけで、このお店で私のクレジットカードを切ってください。そして私に現金ください。3パーセント手数料として載せてもらって大丈夫ですから」
なかなか鋭い顔をしたおじいさんも、さすがに呆れて口をぽかんと開けたまま反応できない様子。そしてやっと喋ったと思ったら、まるで親戚かのようにキャッシュの準備不足を説教された。「はい、そうです、私がばかです。だけどまさか、キャッシング出来ないなんて誰が想像しますか。とりあえず事実としてお金がないので、この方法しかありません」と言い切るが、渋い顔をしている。そしてイケメンの息子にシンハラ語で何か言って、息子が私にこう言ってきた。
「その場合は、うちで商品を買ったことになるのですが、うちもちゃんと申告をしなきゃいけないんですよ、どの商品が売れたかとか」
え、そんな真面目にやってたの!?と言いそうになったが、真面目にやることに何の問題も無い。私は1分ほど考えてから言った。諦めるという選択肢はない。
「じゃあ、ここで指輪をオーダーメイドする。それの金額に載せればいいんじゃ無い?」
えっ、と二人は驚いたが、私はすでにショーケースの中にある、ペリドットの大量に入った皿を手にしていた。
「石、これいくら?800円?じゃあ、金は?小指用の指輪だからそんなに使用量ないでしょ?」聞くと、指輪の制作費はトータルで150USDくらいであった。
「でも、その十倍以上の金額なんてどう申告するんですか、怪しいですよ」
「オーダーメイドなんだから、デザイン料って言えばいいじゃない。バカな観光客がデザイン代でぼったくられた、それでいい。それと、私はすでにウェリガマにいないとして、コロンボまでの輸送代って申告すればいいんじゃないのかな」
おじいさんと息子はしばらく何やら話していたが、最終的にその作戦に合意してくれた。私はまず、希望の額の現金を見せてもらった。カードを切るだけ切ってキャッシュがないとかは避けたい。そして現金を確認してカードを機械に通し、無事、全てが上手く行ったのだった。この二人には本当に感謝しかない。(ちなみに指輪も満足の出来で、とても気に入っている)
これはあくまで最終手段のウルトラCなので、出来るだけこのような方法ではなく、ちゃんと充分な現金を持っていくのに越したことはないけども、それでもそのお金を盗まれてしまったり、ってこともあるわけで。なので、途上国において、充分な現金を常備していて、尚且つカードマシーンがある、銀行と違って多少のフレキシビリティがある、この条件が揃ったところが宝石店であるということは、頭に入れておいて損はないかも。商品を買わずに手数料のみで対応してくれたところもある。ただし、ゼロを一個多く入力されたり、などリスクも色々あるので、この作戦を使う時は自己責任でお願いします。
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