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「君たちはどう生きるか」覚書(ネタバレ含む)

宮崎駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」を見てきた。

最初に言っておくと、僕はこの作品が宮崎駿が監督した作品の中で最高作であると感じた。ラストシーンで震えと寒気が止まらなくなり、自分でも分からなくなるほど興奮していたと思う。

とはいえ、今日(2023/08/05)時点で、この映画の評価はめちゃくちゃである。

映画.comの情報では全部で1300件余りある評価の内、星1,2が合わせて14パーセントという一方、星5も30パーセントという状況であり、クソミソにけなす人もいれば絶賛する人もいるという有様だ。

まず、大雑把な意見として、この作品は今までのスタジオジブリ長編映画作品と違って、何も考えずに見ても楽しめない、と思う。

なぜならば、今回のジブリ作品は、一貫したストーリー、もとい作品の筋という、今までのジブリ作品を一般大衆に対してエンタメたらしめていた要素が全くないからだ。

僕の意見では、そもそもジブリ作品とは、啓蒙的であり、教養的であり、それでいてアイコン的な性質をもつ作品として制作されている。これは監督の誰であるかによらず、すべてに見られる。宮崎駿だからとか高畑勲だからとかいうことはない。ジブリのどれもかならずこの3要素が柱になって物語を構成している。ゆえに、面白い。

エンドロールを見終わって立ち上がった後の感想は、「この作品は今までのジブリと違う。しかし、僕はこの手の作風をどこかで見たことがある」だった。

僕の感想があまり的外れでなければ、これは、村上春樹の書く小説の超お馴染みパターンであり、深夜アニメ業界で1990年代に流行った「自己の内面をえぐりぬき、葛藤するジュブナイル」作風とかなり類似している。

具体的にはエヴァンゲリオンである。あとは時代が違うが押井守作品とか。このような作風は、一言で言ってしまえばファンタジー要素を込めた「私小説」である。壮大な世界を冒険するようなストーリーでありながら、その本質は自己の苦しみの吐露という点に存在をしている。ちなみに『シン・エヴァンゲリオン劇場版』なんかはモロである。庵野秀明の何といじらしいことか…

いろいろな考察記事や解説記事に同じことが書いてあったので「やっぱりそうだ…」と確信して言うが、この作品はセルフオマージュの嵐である。

最初の火災のシーン「千と千尋の神隠し」を意識しすぎているほど建物、カメラワークが似通っている(階段を駆け下りるシーンなど)。さらに、高畑勲の「火垂るの墓」を彷彿とさせる空襲火災シーンから、屋敷のばあさんが湯婆婆やポニョのトキさんを彷彿とさせる容姿をしているところ、池の前で大群の魚(ポニョ)、カエル(千と千尋)に襲われるところなど、こういったシーンが数多い。

僕が思うに、これは恣意的にやっている。ファンタジーというテーマ上1つや2つモチーフが似通うこともあろうが、今回のは、さすがに想起させるシーンが多すぎるだろうと思う。

この時点で、この作品を宮崎駿は「自己の内面をさらけ出すために作ったのではないか?」と感じる。先に述べるが、このパヤオが表現したい「自己の内面」の大部分が、後に出てくる「下の世界」に他ならないと考える。

次に、現実の世界から「下の世界」に書かれている内容についてだが、本当に目まぐるしくシーンが移動する。それで、モチーフと思えるものが多すぎるほどに出てくる。

今思えば、モチーフだ比喩だとこねずに素直に楽しめればよかったものの、公開当初から見たいみたいと思い続けてX(旧:Twitter)で感想を流し目にではあるがかなり読んでしまいながら、気づけば視ずに3週間たっていたため、このシーンくらいからもう御宅心がビンビンに反応しながら鑑賞している。

ストーリー的には、あの世界を作っているのは大叔父ということになる。ブロックを積み重ねて、世界のバランスを保っている。

傷ついて死にかけたペリカンが「我々はわらわらを食べるためにこの世界に持ち込まれた」みたいなことを言っていたが、この発言からも外の世界から何らかの変化を及ぼして「下の世界」が構成されていることが分かる。この変化をもたらしたのは大叔父であり、バランスというもののを取ろうとした結果であろう。

大叔父が「マトリックス」のアーキテクトみたいな存在だったということだろう。

この「創造者たる上位存在」への反逆もテーマの一つとしてあると思う。ちなみにインコのモチーフは人間な気がする。

どうでもいい話だが、宮崎駿が徹底して上手いなと思ったのは、後半「下の世界」の根幹をなす存在については全くオマージュを感じさせない点である。魅せるラインと、視聴者に求めている考えるラインがはっきりしているというか。というか、蛙とか魚とか、一般にデフォルメしてもキモさの拭えない生物をアニメ映画で異世界の住人として登場させるってファンタジーとしてどうなんだ。「千と千尋の神隠し」や「崖の上のポニョ」をあんなに面白い作品に出来る、やはり宮崎駿とは恐ろしい才能の持ち主であった。

細部で気になることは死ぬほどある。ペリカンとインコの違いとか(「下の世界」での役割は同じことがアオサギの台詞から示唆されているのに)、なぜ現実世界が132なのか?とか、「悪意」は何か?とか。

これまでのジブリ作品と違って、こういった作風は啓蒙的であり、教養的であり、それでいてアイコン的な性質と正反対のものであり、きわめて内面的な作品なのである。さらに、宣伝もなかったので、それゆえに、面白く見る根拠として今までのスタジオジブリの作品を求めて見に行った人は、この作品は面白くないと感じる原因になったのだろう。



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