【2つめのPOV】シリーズ 第1回 「土台」Part.2 (No.0145)


パターンA〈ユスタシュの鏡〉


[side:D]


 アルバイトでショッピングモールの清掃業務をする事になった。
オープニングスタッフとしての入職なので、まとまって一斉に研修が行われると言われた。


しかし初日と聞いていた日の前日に電話があり、何故出勤しないのか?急な休みなら電話をしろと怒りを込めた連絡が入った。


私は聞いていた日にちは明日である事を告げたがなかなか信用されず、メモを探して当時面接を担当した人物の名を伝え確認を求めた。
しばらく間があった後、どうやら向こうの連絡ミスである事が判明し、電話の男も私に謝った。
私も疑いが晴れたのでそれで充分であったが、研修を1日逃した事が不安だったのでその対処について尋ねた。
電話の男は大して気にもせず3日あるのだから明日から出席すれば良いと話した。
私はその言葉を信じ、後日約束の時間に研修に参加した。


現場の責任者には、担当から連絡が行っていたようで、朝に事務所で顔を見せるとすぐに理解をしてくれた。


私は研修を1日取り逃した事を心配していたためその気持ちを素直に告げたところ、心配ないし解らなければ教えるから、と軽く流された。
私はそれでも心配は消えなかったが、責任者の雰囲気に乗っかるようにその言葉を鵜呑みにして研修に向かった。


しかし実際現場の研修に参加すると、責任者や前日の男が電話越しに軽く話したようなものでは無かった。


昨今の様々な事情からか入館時のセキュリティなど大変に厳しく、時間にもうるさい上に業務のサイクルも厳密であった。
大変広い施設なのでキチンと分担して業務に当たらなければならないのは良くわかるが、どうやらスムーズに進めても業務時間一杯掛かってしまいかねない内容であった。


そのうえ私には研修を1日逃すという枷があり、研修担当も理解は示してくれたものの特別に追加があるわけでは無かったので、各作業手順や業務サイクル、施設の基本ルールなど沢山の取りこぼしがあった。


2日間の研修は追いかけるだけで精一杯のもので、結局教わりきれないものが沢山ある中で次週からすぐに現場で独り立ちということになった。


まあ、それでもやれば何とかなるだろう、と思いつつ週明けから早速現場入りしたが、しかしそう簡単に行かなかった。


現場入りする時点で従業員ゲートを間違え、真反対に来てしまい警備の人に注意をされた。
慌てて施設をグルリと回り込む羽目に会い、少し余裕を持って出勤した分の時間を全て消耗し、初日は食事抜きで開始となった。


無線機などの無い現場のために割り当ての業務はどうにかこなさなければならないのだが、平日でも人が多く思うように作業は進まない。


また作業のポイントも理解しておらず、トイレの紙を置く場所や一箇所に設置する予備の量、水石鹸の薄める分量などもいい加減だったようで、リーダーに厳しく注意を受けた。
このあたりはやはり研修初日に行われたようだが、私は後追いでリーダーからサラリと教わったことを雑にメモした程度であったから上手く出来なかったのだ。


以後もちょくちょくと掛けられるお客様からの声に答えたり、落とし物を見つけたりとルーティンに無い業務に手を取られてしまい、一週間経っても自分のルートを一人で完遂することは出来ず、いつもヘルプに甘えてしまっていた。


リーダーはどうにも私をお荷物と感じていたようで、週終わりの作業後に責任者に呼び出されてしまった。


責任者はリーダーから聞いた私の失態を話半分に捉えてくれ、深刻な話し合いにはならず私への理解を示してくれた。


しかし、私としてはどうも納得が行かなかった。責任者に恨みはないが、この事には私自身の能力以外にも原因があるという気持ちが消えなかった。
話し合いも和やかに終わりかけていた時、私はやはり自分が初めから感じていた研修の事を責任者に話した。


私はどうしても研修の初日に参加できなかった事が引っ掛かっていたのだ。


私は現場で休憩時間が重なった同期の人から初日の研修について話を聞いていた。
内容は私が参加した2日目、3日目とはまるで違ったのだ。


私の参加した日にちの内容は、殆どが現場の実務を時間を掛けて行う程度のものだったのに対し、初日は現場責任者やベテランが座学で業務内容を事細かく解説し、その作業の意味も変遷もスライドを活用して丁寧に説明してくれたというのだ。またこのショッピングモール全体の責任者も顔を出し、当モールの理念や従業員の心構えなども教わったのだというのだ。


私はその参加し損じたものに、自分の足りない何かを見出していた。


現在の私は、ただ言われた業務手順を手順通りに行うだけであった。

その作業ひとつひとつにある意味や、それぞれの繋がりがまるで見えずにいた。
それ故なのか、各作業が終わる度に次にするべき業務を見失い時間を無駄にすることが多々あったのだ。


他の同僚と違い私だけがただの小間使いの様な気分であった。


私はその事を責任者に告げたが、馴れるから、といった言葉でかわされてしまった。
その態度は初日の時と変わらないものだったが、私は同じようには受け取れなかった。


私がこうして辛い気持ちで作業にあたっている理由は、そもそも事務的な手違いのせいであり私には落ち度が無いのである。
それなのにリーダーから責任者まで私に責任を被せているのが納得できないのであった。
その気持を汲んでくれないこの責任者の態度も大いに不満であった。


責任者は不満そうな私の顔色を読んだらしく、ならば一度登録の派遣会社の人と相談しなさいと言われた。


私はすぐに派遣に電話をし、その足で事務所に向かった。


面接をした担当は不在であったが、初日の前日に怒りの電話をしてきた男が相手をしてくれた。


私は率直に先程あった責任者とのやり取りと現場での苦労を話した。
男は同情を示しつつも、やはり責任者と変わらない物言いで私の気持ちを絡め取った。
その日の疲労に加え、1日で二度目の同様の対応に嫌気が差し、私は研修初日と同様の事を私にもしてほしいと告げた。


男は電話の時ともそれまでの相槌とも違う冷たい声で


「もう遅いよ」


と、言い捨てた。



私はその場で退職の意思を告げた。


後日、現場に私物の受け取りや貸与物の返却などで足を運び、責任者とも顔を合わせ軽く話もしたが、やはり気持ちはまるで晴れなかった。


何か、詐欺に騙されたような、なにかを盗まれた気持ちで帰路についたが、その気持は家に戻った後も消えなかった。


[side:D] おわり


Part.3につづく


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