【グッドプラン・フロム・イメージスペース】Episode.7 「生きたくない人たちがいるなんて:前編」(No.0069)


 図書室の整理をしているユウタは、委員でもないのに手伝ってくれているトオルに一冊の本を見せました。

「この本はここが汚れているんです。」

ユウタの開いたページにはジュースのシミみたいのができていました。

「そうですね。」

トオルは何か意味があるのかと思いしばらくそのシミを眺めていたが、よくわかりませんでした。

「トオル、このシミには特に意味はないのです。」
「では何故見せたのですか?」

ユウタは本を閉じるとテーブルに置いた。そのテーブルには他にも何冊か本が乗っていました。

「このテーブルに乗っている本は全部シミがあるのです。」

ユウタはテーブルにある別の本をとって栞のあるページを開いてトオルに見せました。

「たしかにシミがありますね。」
「このシミはジュースです。みかんのにおいがします。」

トオルは顔を近づけると、甘い柑橘のにおいがしました。

「うん、しますね。ここの本が全部そうだとしたら、これはイタズラですね。」
「はい。全部そうなのです。私もイタズラと判断してます。」

二人はテーブルに積まれた本を見つめていました。

「残念ですねユウタ。こんなつまらないイタズラをするものがいるなんて。いやしかし、こういう輩はどこにでもいるでしょう。」
「はいトオル。本当に残念です。そんなやつがノコノコとこの図書室を日々利用していることも不快です。しかしこのようなことをして一体なんの意味があるのでしょう。」
「この手の連中は他にすることがないのですよユウタ。」

トオルは他の本のシミを確かめながら言いました。

「でも図書室の本にみかんジュースを垂らすこと以外に何もすることが無いなんて、そんな人物がいるものでしょうか。よくわかりません。」
「ユウタ。私はあなたよりも歳が上ですから、知っているのです。」

とりあえず二人はシミのついた本が西日で灼けてしまわないように隅にまとめて下校しました。


ユウタは気持ちが落ち込んでしまい、帰りの足取りも重く何も話そうとしませんでした。
トオルはユウタの気持ちを察して途中のパン屋に誘い奢ってあげました。

パンとお茶を持って二人は近くの公園へ行きました。
やや不貞腐れ気味にメロンパンをかじるユウタにお茶を勧めつつトオルは言いました。

「ああいうことをする連中は一体どんなやつなんだろう?と、ユウタは不思議に思っているのではないでしょうか?」

ユウタはモゴモゴと口を動かしつつ頷きました。

「ユウタ。ああいうことをする連中はみんな同じで、人生に希望が無いのですよ。」

トオルがストローを挿してくれていた紙パックのお茶を飲み、喉を潤してからユウタは言いました。

「どうして希望が無いのですか?」
「事情は色々あるでしょうが、大きく言えば今回のことみたいなやましい事を沢山してきたからですね。」

トオルは何やらジャムの乗ったタルトをかじりました。

「やましい事をいっぱいしている・・・、ジュースに限らずですか?」
「はいそうです。彼らはこういう下らない汚れた事を人生の中で沢山してきているのです。ですから周りの人にとても嫌われているのです。」
「それは周りの人にバレているからですか?」
「いいえ、バレては居ません。しかしそういう汚らしい気持ちを持っている事はバレています。ユウタ、君もわかると思いますが、日々生活していて気持ちの汚れた人はやっぱり見ただけでも何となくわかるものでしょう?」

ユウタは両手で持ったメロンパンのかじった跡を見つめながら言いました。

「たしかに変なやつはすぐにわかりますし、目を見たり話をしてみればほぼ100%解ると思います。」
「そうでしょう。しかし彼らはそれがわかりません。つまり自分が汚れた心の持ち主だとバレていることに気づいてないのです。」
「そうなんですか。どうしてでしょう?簡単なのに。」
「バレてほしくないからですね。だから都合の良いように解釈しているのでしょう。」
「しかしトオル。人は希望がなくなると本を汚したくなるものなのですか?私にはよくわかりません。」
「ユウタ。それは意外と当たっているのです。人は希望がなくなると本を汚したくなるのですよ。ただし、図書室などの本に限りますが。」

ユウタはハッとして立ったままのトオルを見上げました。

「何故です?! 何故図書室がひどい目に合うのですか?!」

スズメたちが彼らを遠巻きにして見つめています。

「ユウタ。それは簡単です。迷惑や嫌なことをしても抵抗しないし見つからないからですよ。不快な話ですが事実です。」

再びユウタはかじり跡を見つめました。

「トオル。その話はとっても不快ですよ。しかし多分、それは真実なのでしょうね。」
「はい。残念ですが。」

トオルはタルトを食べ終えました。

「ユウタ。君には少し早いかもですが、しかしもったいぶることもありませんから、この機会に伝えておきます。」
「なんですかトオル。もったいぶることなんて当然ありませんよ。さあ、教えてください。」

さっきの話がとても不愉快だったせいか、ユウタは少し気が立っているようでした。

「わかりました。では彼ら、つまりこういう下らない事をする汚れた奴らのことですが、彼らは人生に希望がありません。」
「それはもう聞いています。さあ、その先を。」
「はい。その希望のない彼らはただひとつだけ望んでいるものがあるんです。それは彼ら自身ほとんど気づいていませんし、伝えても認めませんが、しかし汚れた者たちは全てこれだけしか望みがありません。」
「その望みはなんですか?」
「その前にユウタ、お茶をください。」

トオルはタルトが少し喉に詰まっていたようで、ユウタの座っているベンチに置いたままのお茶を求めました。
ユウタは、フタを開けてトオルに渡しました。トオルはストローを使わずに500mlパックのお茶をグビグビと飲みました。

「はー。ありがとうユウタ。話を続けますが、彼ら全員の心の奥にある唯一の望みは死ぬことです。」
「死ぬこと?自殺したいのですか?!」

ユウタは思わずメロンパンをギュッとしました。厚手に盛られたクッキーがボロボロと剥がれて足元に落ちました。

遠巻きにしているスズメたちがザワつき始めました。


後編へつづく

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