【2つめのPOV】シリーズ 第1回 「土台」まとめ記事


『パターンB〈ラウディのサングラス〉』




[Remove sunglasses]



いつの頃からかレジ袋が環境問題の対象として目をつけられ、やれ燃やすとダイオキシンが発生するやら原料が環境に悪いやらと叩かれ続け、その都度の業者の努力も虚しく、遂に完全に有料として扱われることになってしまった。これでレジ袋が使われる量が減ることでゴミとしての量も減りゴミ問題やそれから現れる環境破壊が改善に向かうというのなら、まあそれも受け入れる事も出来るが、しかしレジ袋に使われる材料は早い話が石油でありプラスチックである。

ペットボトルは増産され続け、瓶に戻る気配は無いのに、それよりも遥かに少ない原料で出来るビニール袋がどうして環境問題の悪玉として扱われるのであろうか。

プラスチックストローも相当の店で手配を辞めており、氷を入れた飲み物は大変に飲みづらい思いをするようになった。

地球の自然環境が人類や地球の生命にとって大切なのは認めるところだが、そのための対策がビニールとストローなのはあまりにバカバカしい。

ビニール袋で言えば、持ち運ぶ道具のあとはゴミを纏める袋として”再利用”される。これが有料として扱われることでゴミを纏めることが特別になり、結果ゴミの散乱や、食べ残しをビニールに入れて縛り蓋をする衛生管理も失われ、虫が湧く原因にもなり生活環境は酷く悪化する懸念が大いにある。


現在も高値で動くマスクだって、原料は化学繊維、つまりは石油である。ビニール袋と変わらない。ビニール袋で包まれたゴミは虫から守られるが、マスクで覆われた口はウイルスを防がない。

全く役に立たないものには環境問題の責務を剥がし、昔から利用され続けてきた便利なものには環境問題を一心に背負わされる。


本当に地球の環境問題を考えるのなら、もっと真剣に手を付けるべき事はたくさんあるだろう。世の中にはわざと環境を汚す者たちが山程いるのだ。

それは便利で役に立ち環境負荷も少ないはずのビニール袋を使って金を儲けようとする者たちと同じ心理である。

こういう輩によって環境問題は煽られ、その煽りに乗り真剣になって環境問題に取り組んだところで根本的に解決することは許されない。

それは、煽るものと食い止めるものが全く同じだからである。毎日莫大な量の廃棄食品を出しているコンビニ大手がビニール袋で環境問題を取り扱うなど馬鹿馬鹿しい話である。その弁当1つの廃棄で、一体ビニール袋何枚分の環境負荷になるのか考えたことはないのだろうか?

しかしそんなことは考えもしないしどうでもいいのだろう。


コンビニは廃棄させることを目的として、絶対に売れ残る量を生産し店舗に”買わせる”のだから。

会社としては店舗に”買わせた”時点で目的が完了しているのだから、あとのことはどうでもいいのだ。


そして、その問題の矢面に立たされ世間から怒られるのは、一方的に押し付けられ何の権限もないチェーン店舗なのである。


店舗を叩いても解決しない。

ビニール袋を減らしても解決しない。

ストローを無くしても解決しない。


本当に問題を解決されたいのなら、物事を根本から考えていき実行しなければならないのだが、そうすると現在利益を確保し財産や権力を持つ既得権益者に必ずぶつかり、それを批判したり傷つけたりすることは色々な意味で死を意味する。その壁を迂回した結果、ビニールやストローが叩かれるのである。


そうして既得権益者の都合が生み出した歪んだ現実を、物事の根本に触れない次の世代が引き継ぐ。

この世代は何故ビニール袋やストローなのかを考えようとしない。

次の世代はもっと形骸化する。環境問題とこれらを結び付けることすら出来ない。




[Put on sunglasses]


初めて利用するものとそのあとに利用するものとでは状況が違う。

同じ状況で利用できると考えるのは間違いであり、風呂ひとつとっても一番風呂とそのあとでは湯の当たりが違うし汚れも違うが、風呂であることは同じなのでつい同列に考えてしまう。


その習性を上手く利用することで、原理原則を奪い軽視させるのである。ガラスをプラスチックに、シルクをビニールに変えるのだ。


人権や権利や選挙権を経年劣化させる。

水を垂らした角砂糖のように、ジワジワと溶かしていく。

そのためには、人々を愚かにさせることが必要である。


人生の大切なものに一切触れないように生活をさせる。


人生の原理原則を決して教えてはいけない。

その場しのぎの風だけを教える。


人々が笑いながら人間としての全ての権利を放棄するように人生設計をする。

そのための洗脳機関は充分に用意がある。






パターンA〈ユスタシュの鏡〉



[side:D]


 アルバイトでショッピングモールの清掃業務をする事になった。

オープニングスタッフとしての入職なので、まとまって一斉に研修が行われると言われた。


しかし初日と聞いていた日の前日に電話があり、何故出勤しないのか?急な休みなら電話をしろと怒りを込めた連絡が入った。


私は聞いていた日にちは明日である事を告げたがなかなか信用されず、メモを探して当時面接を担当した人物の名を伝え確認を求めた。

しばらく間があった後、どうやら向こうの連絡ミスである事が判明し、電話の男も私に謝った。

私も疑いが晴れたのでそれで充分であったが、研修を1日逃した事が不安だったのでその対処について尋ねた。

電話の男は大して気にもせず3日あるのだから明日から出席すれば良いと話した。

私はその言葉を信じ、後日約束の時間に研修に参加した。



現場の責任者には、担当から連絡が行っていたようで、朝に事務所で顔を見せるとすぐに理解をしてくれた。


私は研修を1日取り逃した事を心配していたためその気持ちを素直に告げたところ、心配ないし解らなければ教えるから、と軽く流された。

私はそれでも心配は消えなかったが、責任者の雰囲気に乗っかるようにその言葉を鵜呑みにして研修に向かった。



しかし実際現場の研修に参加すると、責任者や前日の男が電話越しに軽く話したようなものでは無かった。


昨今の様々な事情からか入館時のセキュリティなど大変に厳しく、時間にもうるさい上に業務のサイクルも厳密であった。

大変広い施設なのでキチンと分担して業務に当たらなければならないのは良くわかるが、どうやらスムーズに進めても業務時間一杯掛かってしまいかねない内容であった。


そのうえ私には研修を1日逃すという枷があり、研修担当も理解は示してくれたものの特別に追加があるわけでは無かったので、各作業手順や業務サイクル、施設の基本ルールなど沢山の取りこぼしがあった。


2日間の研修は追いかけるだけで精一杯のもので、結局教わりきれないものが沢山ある中で次週からすぐに現場で独り立ちということになった。



まあ、それでもやれば何とかなるだろう、と思いつつ週明けから早速現場入りしたが、しかしそう簡単に行かなかった。


現場入りする時点で従業員ゲートを間違え、真反対に来てしまい警備の人に注意をされた。

慌てて施設をグルリと回り込む羽目に会い、少し余裕を持って出勤した分の時間を全て消耗し、初日は食事抜きで開始となった。


無線機などの無い現場のために割り当ての業務はどうにかこなさなければならないのだが、平日でも人が多く思うように作業は進まない。


また作業のポイントも理解しておらず、トイレの紙を置く場所や一箇所に設置する予備の量、水石鹸の薄める分量などもいい加減だったようで、リーダーに厳しく注意を受けた。

このあたりはやはり研修初日に行われたようだが、私は後追いでリーダーからサラリと教わったことを雑にメモした程度であったから上手く出来なかったのだ。


以後もちょくちょくと掛けられるお客様からの声に答えたり、落とし物を見つけたりとルーティンに無い業務に手を取られてしまい、一週間経っても自分のルートを一人で完遂することは出来ず、いつもヘルプに甘えてしまっていた。


リーダーはどうにも私をお荷物と感じていたようで、週終わりの作業後に責任者に呼び出されてしまった。



責任者はリーダーから聞いた私の失態を話半分に捉えてくれ、深刻な話し合いにはならず私への理解を示してくれた。


しかし、私としてはどうも納得が行かなかった。責任者に恨みはないが、この事には私自身の能力以外にも原因があるという気持ちが消えなかった。

話し合いも和やかに終わりかけていた時、私はやはり自分が初めから感じていた研修の事を責任者に話した。



私はどうしても研修の初日に参加できなかった事が引っ掛かっていたのだ。


私は現場で休憩時間が重なった同期の人から初日の研修について話を聞いていた。

内容は私が参加した2日目、3日目とはまるで違ったのだ。


私の参加した日にちの内容は、殆どが現場の実務を時間を掛けて行う程度のものだったのに対し、初日は現場責任者やベテランが座学で業務内容を事細かく解説し、その作業の意味も変遷もスライドを活用して丁寧に説明してくれたというのだ。またこのショッピングモール全体の責任者も顔を出し、当モールの理念や従業員の心構えなども教わったのだというのだ。



私はその参加し損じたものに、自分の足りない何かを見出していた。


現在の私は、ただ言われた業務手順を手順通りに行うだけであった。その作業ひとつひとつにある意味や、それぞれの繋がりがまるで見えずにいた。

それ故なのか、各作業が終わる度に次にするべき業務を見失い時間を無駄にすることが多々あったのだ。

他の同僚と違い私だけがただの小間使いの様な気分であった。


私はその事を責任者に告げたが、馴れるから、といった言葉でかわされてしまった。

その態度は初日の時と変わらないものだったが、私は同じようには受け取れなかった。


私がこうして辛い気持ちで作業にあたっている理由は、そもそも事務的な手違いのせいであり私には落ち度が無いのである。

それなのにリーダーから責任者まで私に責任を被せているのが納得できないのであった。

その気持を汲んでくれないこの責任者の態度も大いに不満であった。


責任者は不満そうな私の顔色を読んだらしく、ならば一度登録の派遣会社の人と相談しなさいと言われた。


私はすぐに派遣に電話をし、その足で事務所に向かった。



面接をした担当は不在であったが、初日の前日に怒りの電話をしてきた男が相手をしてくれた。


私は率直に先程あった責任者とのやり取りと現場での苦労を話した。

男は同情を示しつつも、やはり責任者と変わらない物言いで私の気持ちを絡め取った。

その日の疲労に加え、1日で二度目の同様の対応に嫌気が差し、私は研修初日と同様の事を私にもしてほしいと告げた。



男は電話の時ともそれまでの相槌とも違う冷たい声で


「もう遅いよ」


と、言い捨てた。



私はその場で退職の意思を告げた。


後日、現場に私物の受け取りや貸与物の返却などで足を運び、責任者とも顔を合わせ軽く話もしたが、やはり気持ちはまるで晴れなかった。


何か、詐欺に騙されたような、盗まれた気持ちで帰路についたが、その気持は家に戻った後も消えなかった。




[side:D] おわり




[side:F]


初めて海にやってきたビーバー親子達は、その大きさにとても驚いていました。

走り回ったり、珍しい生き物や風景に心を踊らせて時が過ぎるのを忘れて楽しみました。

しかし沢山の水があるこの状況からか、やっぱりダムが作りたくなりました。


「おとうさん、やっぱりウズウズしますね。」

「うん、やっぱり私達はビーバーなんだなあと思うよ。黙っていられない。」

「でもどうしよう。周りは砂ばかりで木が無いし。」

「うーん」


親子が悩んでいると、そこにカモメがやってきて言いました。


「こんなところにビーバーとは珍しいね。君たちは何をしているんだ?まさかダムを作ろうっていうのでは無いだろうね?」

「いやそのまさかだよ。しかし木がなくて困ってるんだ。」

「カモメさん、何処かに木はありますか?」


聞かれたカモメは大変呆れましたが、彼らのつぶらな瞳に段々と心配になってきました。


「ビーバーさん達。あなた達はこのあたりの事を知らないから仕方ないけど、海には色んな連中がいるんだ。それは山や川とはまるで違う考えの持ち主たちなんだよ。そいつらは君たちを餌としか考えないんだ。よく注意が必要ですよ。」

「カモメさん、これはご忠告有難う。しかし一体注意しろと言われても何に気をつけて良いやら解らないなあ。」

「あなた達も海を見て色々なものがある事が解ったでしょう?波もあるしカニもいるし、水は辛いしサメだっているのです。いつもと違うところに行けば何時もとは違った問題があるものですよ。」

「うーん」

「ビーバーさん、よく考えることです。お子さんもいるのですからお気をつけて。」


カモメは飛んでしまいました。


それからビーバー達は、それなりに注意をしながらも海で遊びました。


帰る予定の日取りも近づいた日の夜、焚き火を囲みながらビーバーの父は言いました。


「息子よ。やっぱりダムを作りたいな。」

「お父さん。僕もそれは何時も思っていました。でも、やっぱりあのカモメの事が気になるのです。」

「確かにカモメが言ったことは気になっていた。彼の言う通り、波もカニも危険であった。恐らくはサメというのも危ないのだろうな、しかし見なさい」


父親は小枝を取り息子の鼻先に突き出しました。


「こうして木の枝が沢山落ちているところも見つけたのだ。これなら作れるに違いない。」


父親は小枝をポイッと投げて焚き火に焚べました。

フンフンと鼻息荒い父親と違い、息子は少し浮かない顔をしていました。


「どうした?君もダムを作りたいと言っていたではないか?」

「お父さんはどうしてダムを作りたいの?」


息子の言葉に父親は大変驚きました。


「息子。それは勿論ダムは私達にとって家のようなものだからさ。ここなら良いのが出来そうだぞ。」

「でも僕たちはこの海へ遊びに来たんだよ。家は他にあるのだから、ここに作っても仕方ないんだよ。」

「しかし、これだけの水があって、木の枝も見つけたのだし、やはり作るしか無いだろう。だって、私達はビーバーなんだからね。」


父親の言葉に息子もさっきからウズウズと心がくすぐられるのですが、やはりどこかに踏み留まる理由があるような気がしてならず、父のように明快な返事が出来ませんでした。


「お父さん、やはり僕たちは遊びに来たんだから、ここに家を作ってはいけないんじゃないかなあ、、、」

「何だか情けないぞ息子、カモメの言葉を真に受けたか?鳥なんて何処にでもいるし何時だって碌なもんじゃない。まあいい。父がやっているところを見ていなさい。」


翌日、父親は流木を集めだしせっせとダムづくりを始めました。息子は黙って浜から見ていました。

父親は今まで我慢していた分に加え息子に良いところを見せたい思いが重なり、実の住まいを造ったとき以上に張り切りました。


しかし波打ち際に組み立てた小枝は、ひと波来る度に崩れてしまいました。

その度にまた組み立てていくのですが、すぐに波が来て壊してしまうのです。

その日に帰宅する予定は完全に失われ、夕方まで一心不乱に父親は組み立てては壊れるダムの欠片と格闘していました。


日が暮れて息子が用意した夕飯を二人で食べました。

父親は嘗て無いほどにグッタリと疲れこんでおり、口数は少なく食事が終わるとすぐに寝てしまいました。

息子もそんな父親にあまり声を掛けられずにいました。


次の日も、同じように父は張り切って小枝を組み始めましたが、やっぱり昨日と同じことでした。


その次の日も同じように父は夕方まで作業を繰り返しました。


その次の日も、その次の日も。



もはや息子とも全く口を聞かず、息子も言葉を掛けられない日々が一週間続いた時、いつもどおり浜で呆然と父の背中を見守る息子の元に、あの日のカモメがやって来ました。


「あっ! カモメさん。」

「息子さん。大変な事になっていますね。」

「はい!でもどうして良いか解らずにいます。困っているんです。」

「うん、解ってる。私が初めに話したとおりになってしまった訳だね。」

「ええ、でも僕も父もあの時にカモメさんが話してくれたことは結局今でもよく解っていないのです。」

「そうだろうね。でも、君のお父さんは私の言ったとおりに危険に飲まれてしまった。」

「はい、どうやらそのようです、、、でも、それは一体何なのでしょう?」


カモメは脇目も振らずに小枝を組み続けるビーバーに背を向け、息子に告げました。


「諦めて家に帰りなさい。あれはもうダメだ。」

「えっ、父を置いて帰るのですか?! そんな、、、」

「いや、辛いだろうがそれしか無い。いずれは離れる運命だ。受け入れて行くしか無いよ。」


息子は助けを求めるように父に目を向けましたが、父は息子もカモメもまるで気にしている様子はなく、ただひたすらに枝を組んでいました。

父の背中を見ながら大粒の涙を流した息子は、カモメに言いました。


「わかりましたカモメさん。有難う。私は帰ります。」

「うん。それで良い。辛いだろうけど置いていきなさい。」


強い西日に照らされて息子は帰りました。


途中、彼は一度だけ振り返りましたが、そこには夕日に染まった砂浜で何時までも無意味な事を繰り返している一頭のビーバーの姿が見えるだけでした。




[side:F]


おわり



パターンC〈セルゲイのMix Up〉



閑散とした会場

中央のリングでボクシングをする二人の選手

ライトに照らされたリング以外は暗く、客の数は少ない

時々出される応援や野次の声と繰り出されるパンチの当たる音

両者のセコンドが出す指示の声だけが鋭く響く

右のまぶたが切れて血が目に入る青いグローブの選手

手が出せず赤いグローブの選手に一方的に殴られる

投げ込まれる白いタオル

誰も騒がず、単調なゴングだけが鳴り響く


青いグローブを付けたままセコンドに囲まれた選手が廊下を自分で歩く

セコンドの男にドアを開けてもらい控室に入る選手

試合前まであったロッカーも椅子も無く、ただ真っ白な部屋

振り返るとセコンドもおらずドアも無く真っ白な壁

床も天井も真っ白な部屋

呆然とする選手のまぶたから一滴の血が白い床に垂れる




波打ち際に立つ一人の男

辺りに人の気配はない

散策するが草木だけで文明の跡はなく、落ちている棒きれも簡単に折れてしまう

大きな葉をつけた枝をもぎ取って砂浜に戻り、葉を敷いて眠る


強い西日に当てられ、ふと目を覚ますと敷いている葉が茶色く枯れている

周りを見渡すと、さっきまで鬱蒼としていたはずの茂みが全て消え失せ、青々した草木は全て茶色く枯れ果てている

遥か遠くまで見通せるが、何処までもただの茶色い景色だけで何もない

砂浜には、背中から強烈に差してくる西日で作られた男のシルエット以外は何も動くものはない

風ひとつ吹かず、波の音もしない

男は西日が差す海へ振り返る

見渡す限りの水面にはビッシリと死んだ魚が浮き上がり、波打ち際まで埋め尽くされている

どれ1つとして動いておらず波で押し出される事も無ければ海に引き戻される事もなかった

立ち尽くす男の顔から垂れる汗が足元の砂浜に落ちるが、乾ききった砂は汗の跡で黒ずみを作る暇もなく瞬時に汗を吸い込んでいった




タワーマンションの最上階にいる男

贅沢な間取りの部屋だが家具は一切なく、カーテンすら無い

窓ガラス越しの眺望に目を取られる

男は息苦しさに気づく

慌てて窓を開けるが、まるで収まらない

男は息が出来ない事に気づく

都会を一望できる景色に目をやる暇は無い

空っぽの部屋に戻り床で息苦しさ藻掻いていると、広い空っぽの部屋のフローリングに何かが落ちていることに気づく

苦しさに冷や汗を垂らしながら這ってそれに近づく

それは煙草の箱くらいの四角い金属の塊で、赤くて丸いボタンが1つだけ天井を向いて付いていた


男はその金属の塊に手を伸ばし赤いボタンを押す

するとカチリという音と共に塊からシューという音がする

その音に合わせて、男は一度だけ呼吸が出来た

しかし、また男は息が出来なくなる

慌てて男はまたボタンを押す

すぐに音がして男はまた呼吸が出来た

安心した男は窓を閉めようと思い、立ち上がりつつ拾い上げようとしてこの金属の塊を掴んだ

しかし、この塊は床にくっついていて持ち上がらなかった

どんなに力を込めてもこの金属の塊は動かせなかった

男は窓に背を向け、このボタンの前に座り込んだ


数秒に一度、ボタンを押す音が部屋から鳴り響き続けた



深夜、土砂降りの雨の中

鬱蒼とした山の中にある無縁仏の墓地

誰も居ないなか、一人の男が墓を掘り返していた

すべり台のように斜めに掘った穴の中から、男は木の棺を引っ張り上げた

軽トラックのライトに照らされた棺

男は手に持ったバールで力いっぱい棺の蓋を引き剥がす

蓋を放り出し男が中を見ると、中には敷いたばかりのような真っ白な布だけがあり誰も居なかった

よく見ると、その真っ白な布には小さい血の染みがあった

男はその染みを見るなり走り出した



朝早い時間の街なかを自転車に乗ったトレーナーと走る男

穏やかな速度で走る男の後ろを、トレーナーはバランスを失いフラフラと自転車を漕ぎながら声を掛ける

男は息が上がっているが、そのトレーナーの声に応えるように速度をあげる

トレーナーの声も調子があがる



小さいアパートの部屋で料理をする男

鶏のササミやブロッコリーなどをキッチンに出し、ぎこちないながらも丁寧に秤で量を測っている


テーブルには簡素な食べ物が並ぶ

壁には大きな白い紙が貼られ、体重のグラフが色マジックを使い手書きで書かれている

手を合わせ食べ始める男

料理の見た目と違い、満足げな男の顔



夕方の土手、全力で走り込む男

汗だくになって倒れ込む男

夕日に包まれた空に目を奪われながら、荒ぶった呼吸を整える

手のひらに触る草をぎゅっと握る

汗をかいた顔は嬉しそうにほころぶ

男は手に握られた千切れた草を見つめ、空中へ放り出す

ふいに立ち上がり男はシャドーボクシングをする


そして男はまた走り始めた



パターンC〈セルゲイのMix Up〉


おわり






パターンD〈ホロウマンのネガフィルム〉




昔から繋がってた

弟が生まれたときは包まれてよく顔が見えなかった

今も弟は繋がっている

お父さんもお母さんも、よく見ると繋がってる

でも学校に行くと繋がってない人も沢山いた

先生は全員切れていた だから暗くてどんよりしている

友達の親も切れている人が結構居た

父兄参観日は面白かった

教室の後ろに一列に並ぶ大人たちが繋がってたり切れてたり、光ってたり暗かったりした

暗くて切れている親の子はやっぱり切れている子が多かった

でも中には親と違って繋がっていて、それでいて誰よりも光っている子もいた 彼とは今も友達だ


中学高校と進むごとに繋がっている生徒は減った 光っている子も少しずつ暗くなっていった

意外にも女子の方が切れるのが早かった 男子は切れていても光が強い子が多かった

すごく勉強の出来る真面目な奴がいたけど、そいつは誰よりも暗くてとっくに切れていた

私の友達仲間はほとんどが繋がっていたし光ってた でもみんな馬鹿だったな


大学に行くと生徒の殆どが切れていた

もうこの頃になると男も女も無くなってた

はしゃいで騒いで一見元気な連中の一人だって光ってなかった

その中で唯一繋がってた子がいた

静かで周りから軽んじられてたけど一番光ってた

だから好きになった 彼女と結婚出来たのは随分後だけど


子供の頃から知ってたけど大切さに気づいたのは案外遅かったな

大学を出て大手の子会社に就職したときだったか

今で言うブラックで連日終電帰りだった

ノルマが酷くて同期は気が狂ってしまった


あるとき自分の繋がりが弱ってるのに気づいた

光が無くなりかけていた

彼女に会うと向こうも気づいてた様子ですごく心配してくれた

彼女の輝きは変わってなかった


会社の誰も彼もが完全に切れてて真っ暗だったから彼女の輝きを見てやっと大切さに気づいたんだ

結婚のきっかけだったかな


仕事はそのすぐに辞めた

それからは意識して繋がりを大事にして生きようとしたんだ

だからまた繋がれたし輝きも取り戻せたよ


こうして小さいが個人でお店が出来て家族を養って来れたのもあのときの気づきのおかげだ


うん 確かにね 寂しいよ

でもね 彼女は最期まで繋がってたし あんなに痩せたけど輝きはあの頃と変わらなかったんだよ


そして彼女はその繋がりに引っ張られるように去っていったんだ


綺麗だったよ


私は必ず彼女に会いに行くよ

だから最期まで大切にして生きるんだ


思い返したって これ無しに生きてくる事は出来なかった

これは言ってみれば人生の土台なんだよ

覚えておきなさい 

君はまだ繋がっている


それを大切にね



〈2つめのPOV〉

第1回「土台」



おわり





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